29. 帰郷 /その②
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それは二層目で戦い始めて四日目のことだった。
二層目では敵が五体より少ないということはなく、毒霧や粘液と出会う頻度も高かった。四度連続で毒霧と粘液に出会い、さすがのハーミも額に薄っすらと汗を浮かべていた。
そのまま休息所に向かおうと進み始めたところに、今まで迷宮内では聞いたことのない音が聞こえた。ファルハルドとジャンダルはまさかと思う。だが、聞き間違えようがない。
馬蹄を響かせ、通路の先から三頭の馬型の石人形がまっしぐらに向かって来る。実際の馬と比べれば一回り半は小さく速度も遅かったが、今まで迷宮内で出合った敵の中では悪魔型に次ぐ速さだ。
その馬型の石人形が通路を塞ぐようにして駆けてくる。ファルハルドやジャンダルでは盾で受け止められるかはわからない。それでも避けられるだけの余地はなく、走って逃げたところで追いつかれるのは目に見えている。
止む無く覚悟を決める。二人は盾を構え身を固くする。
その時ハーミが疲労に関わらず、素早く守りの光壁を展開した。石人形たちは激しい衝突音を立てながら、次々と守りの光壁にぶつかっていく。何度も体当たりを繰り返す。
ハーミは祈りの文言を変え、唱え直した。一箇所だけ光壁が薄くなる。そこに当たった馬型は光壁を破り、突っ込んで来る。それを待ち構えていたバーバクが一振りで頭を落とす。
残り二頭も同じ箇所から出てくる。一頭はバーバクが、もう一頭はファルハルドとジャンダルが相手する。
向かってきた時の勢いから考えても、馬型相手では距離を取り走らせてしまっては手に負えなくなる。
ファルハルドは積極的に前に出る。ジャンダルはファルハルドを蹴り上げようとした敵の後脚に鎖を投げ、絡め捕る。体勢の崩れたところにファルハルドは身体ごと叩きつけるように鞭を突き刺した。
敵は動きを止めたが、ファルハルドたちは気を抜かない。現れた敵は三体。二層目に降りてからの経験上、敵は五体以上で現われる筈。つまり。
移動速度の違いから、遅れて三体の熊型の泥人形が姿を見せた。その背丈はファルハルドよりも低い。だが、身の厚みは圧倒的だ。おそらくファルハルドやジャンダルでは熊型には力負けする。
バーバクが叫ぶ。
「一体引き受ける。一体はファルハルドとジャンダル二人で掛かれ。おっさんも一体相手取れ」
おう、と全員が応え、先頭の一体の攻撃をバーバクが受け、次の一体にジャンダルが飛礫を当て引きつける。最後尾の一体をハーミが光壁で包み、分断した。
熊型は四足歩行のままジャンダルへ向かって突っ込んでくる。目の部分に飛礫を当て、余裕があるうちに避ける。
敵が行き過ぎ、振り返ったところにファルハルドが迫る。今回は鞭ではなく、小剣を抜く。
低い位置にある熊型の頭部を斬りつけ、削ぎ切るように耳を落とした。
敵は怒りにかられ、ファルハルドを標的に見定め二本足で立ち上がり、その前脚でファルハルドを挟み込もうとする。
後ろに下がり、素早く避ける。熊型は前に出る。
一歩踏み出したところをジャンダルが投げナイフで牽制。ナイフは首と胸に刺さり、熊型の泥人形は苦痛の声を上げのけ反った。
すかさずファルハルドは右肩の付け根を狙う。一振りで前脚を落した。
その時、泥人形の腹から新たな前脚が生えた。
油断せず、警戒していたファルハルドは盾を合わせ、防ぐ。
しかし、受けきれず撥ね飛ばされ、壁に叩きつけられた。泥人形から腕が生える可能性は頭に置いていても、その力強さは予想を越えた。
壁に叩きつけられ、片膝をついたファルハルドに泥人形が迫る。ジャンダルが投げナイフを当てる。が、止まらない。
ファルハルドは横に跳び、なんとか避ける。泥人形は壁にぶち当たる。その身体の一部が崩れるが、傷はたちまち修復された。同時に斬り落とした前脚も新しく創られる。最初より一回りは小さくなったが、全ての傷は修復された。
二人は攻めあぐねた。だが、手を拱きはしない。攻めあぐねたときはどうするか。その対処法はすでに確立している。
攻めかかろうとした泥人形に、ジャンダルがあらん限りの飛礫を放つ。気勢を削がれた敵にファルハルドが迫る。一撃で決めることは無理でも、着実に傷を与え削り弱める。
新しい脚が生え、意外な方向からの攻撃も繰り出されるが、ファルハルドは全てを躱す。
泥人形が新たな手足を生やすといっても、無制限に行える訳ではない。新たに生み出せるのはあくまで元々あった身体の一部。熊型の泥人形から突然翼が生えたりはしない。
そして、新しく増える部位はせいぜい二つ。仮に腕を落としたとすれば、元の腕の代わりと合わせて三つまでは新しい部位が生えてくる。だが、それが限界だ。
一撃で致命傷になりかねない力の強さは予想外だったが、それにさえ気を付ければあとは想定内。愚直に攻撃と回避、防御を繰り返し、時間を掛け弱らせる。
敵の動きが鈍ってきたところで、ジャンダルも鉄球鎖棍棒を振るう。ジャンダルが鉄球で頭部を叩き潰し、ファルハルドが胸に剣を突き立てた。
かなりの時間を掛け、二人掛かりでやっと倒した。




