27. 一つの区切り /その②
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その後ジャンダルはさんざん苦労したが、十日もするうちに距離感を掴み、最も威力の乗る打点で敵を捉えることができるようになった。
一度感覚を掴みさえすれば、飛礫を使わずとも一人で二体同時に相手取ることができるようになるのも早かった。
それでも力押しでこられたときは苦戦する。ジャンダルもファルハルドもまだまだ筋力が足りていない。それは今後の課題として残った。
そして、いよいよ一層目に潜る最後の日、因縁の相手とも言える迫る溶岩に出会した。
この日、なぜか続けて強力な怪物たちと鉢合わせする。
最初に、初めての敵、悪魔型の石人形が姿を見せた。その姿は異形。身体は生物で言えば骨と皮。全体的に細身な造りながら、突き出た口には牙が並び、不自然に大きな角、大きな翼、長い尻尾を持つ。
二体の虎の石人形、三体の猿の泥人形と共に現れた悪魔型の石人形は、翼をはためかせ真っ直ぐファルハルドに迫る。
翼をはためかせるとはいっても、飛ぶことはできない。しかし、それまでに出会った石人形とは桁違いの速度をみせる。
「避けろ」
背後からのバーバクの声に反応し、ファルハルドは壁に張り付くようにして突進を避ける。
悪魔型の石人形は細身の分、重量は他の石人形よりも軽い。だが、勢いのついたその突進は、体格の優れたバーバクをして受けきれなかった。盾で受け、受けきれないと判断したバーバクは斜めに逸らし、後ろに通す。
同時にハーミが守りの光壁を顕現させ、泥人形たちを閉じ込める。
「泥人形は儂が片付ける。悪魔型はバーバクに任せろ。二人は虎の石人形に注力しろ」
わかった、とファルハルドたちは応えた。ジャンダルは投げナイフを解禁する。自分に迫る一体の石人形に、一呼吸で二本のナイフを投げる。
目にあたる部分を狙う。石人形の目の構造がどうなっているのかはわからない。石の塊がどうやって見聞きしているのかはわからない。それでも生き物と同じく、目を潰せば見えなくなることはわかっている。
ナイフを投げ、すかさず腰に巻いた鎖も投げつける。左の前脚と後脚を絡め捕り、倒れこんだ石人形を滅多打ちにする。
その間ファルハルドは、もう一体の虎の石人形と危なげなく戦っている。躱し、受け、打つ。普段通り着実に追い詰めていく。
ハーミはファルハルドたち、バーバク両方に気を払いながら、泥人形を閉じ込め浄化する。三体まとめての分だけ時間は掛かったが、問題はない。
バーバクは後ろに通した悪魔型の石人形と向かい合う。悪魔型の石人形は奇声を発しながらバーバクに襲いかかる。
鋭い爪と牙、鞭のように撓らせた長い尻尾による攻撃。それぞれを、石でできた身体の重量を載せ繰り出してくる。どの石人形よりも素早く、手強い。
しかし、バーバクにとっては恐れるものではない。未だ右肩の動きは悪く、体力は完全には戻っていない。それでも五層目で戦っていた熟練の戦士が一層目の敵に手古摺る筈がなかった。
悪魔型の石人形の攻撃を全て盾で受け止める。勢いをつけた突進でもない限り、バーバクの防御を崩すことなどできない。
全ての攻撃を盾で受け止め、移動を許さずその場に足止めする。動きが止まった一瞬を狙い、一気にその首を刎ねた。
それほど時間も掛けず、全員が敵を倒し終わる。被害はジャンダルが軽い傷を負った程度だ。ジャンダルも自ら手当てをしながら話をするだけの余裕があった。
「いやー、悪魔型の石人形なんて初めて見たけど驚いたね」
「そうだの。悪魔型は二層目では珍しくないが、一層目には滅多に出てこんからの」
「そうだな。あいつ一体だけなら二人に任せても良かったんだがな。他のもいたんで今回は安全策を取った」
「ああ、それが正しい。やはり初めての敵は戸惑うからな。ジャンダルが投げナイフや鎖を使ったのも正しいと思う」
「だな」
「そうだの」
「へっへー。だよね。おいらもなかなか強くなってきたんじゃないの」
調子に乗るな、と笑い合う。
ジャンダルの手当てが終わり、立ち上がったその時。通路の気温が急に上がった。
瞬間、ファルハルドとジャンダルの頭に、ヴァルカたちと共に『迫る溶岩』に襲われたあの時の光景が過ぎる。
素早く周囲に視線を巡らす。あそこだ。ファルハルドが赤熱した壁を指差すその前に、ハーミの光壁が一行を包み守った。
壁を破り、轟音と共に迫る溶岩が姿を現した。あの時と同じ個体なのかはわからない。
しかし、ファルハルドとジャンダルにとって、迫る溶岩は初めて共に迷宮に潜った仲間を引退に追い込んだ仇だ。逸り、光壁から飛び出そうとする。
二人をバーバクが抑えた。
「馬鹿野郎。こいつは魔法じゃなきゃ手が出せない。死ぬ気か」
済まない。二人は冷静さを取り戻し、謝った。バーバクはハーミに目をやる。ハーミは頷き、新たな祈りの文言を唱えた。
「我は闇の侵攻に抗う者なり。抗う戦神パルラ・エル・アータルに希う。悪しきものより、その本たる力を奪い給え」
光壁の向こうから声にならない叫び声、大気の震えが伝わってくる。熱く焼けた岩石が光壁を叩き破ろうとぶつかってくる。しかし、ハーミの光壁は揺るがない。
大気の震えが止んだ時、光壁の向こうには奇妙な石像が見えた。上半身だけが人に似た輪郭を形作り、下半身は床に広がった岩と一体となった、まるで荒く作りかけの石像のようなもの。
それこそが迫る溶岩の本体。流れる溶岩態であった時はわからなかったが、こうして半ば人型をとっていれば迫る溶岩の異称の一つ、溶岩野郎の呼び名の由来も理解できる。
その熱量の大半を奪われ、動きが儘ならなくなろうとも迫る溶岩は未だその活動を止めてはいない。身体を軋ませ、動く度石の欠片を零しながら、それでも迫る溶岩はゆっくりとファルハルドたちに向かって来る。
バーバクはファルハルドとジャンダルの二人に目を向け、静かに頷く。ファルハルドたちはハーミに目を向ける。ハーミは頷き返し、光壁を消す。
迫る溶岩はまだ素手で触れれば身を焼くだけの熱量を保っている。その床に広がる熱い溶岩の上を、ファルハルドとジャンダルは一歩ずつ歩む。
迫る溶岩の本体まで、残り十歩。
二人は歩みを止める。
ファルハルドとジャンダルは目を合わせる。ファルハルドは鞭を抜き、馳せる。
迫る溶岩は熱く燃える石礫を放つ。
躱し、撃ち落とし、盾で受ける。
盾が焦げる。盾が煙を漂わせようともファルハルドの勢いは止まらない。
迫る溶岩はその熱を右腕に集め、滑らかな動きでファルハルドを迎え撃つ。
ファルハルドは全ての意識を攻撃に集中する。
ファルハルドに迫る溶岩の滾る右腕が肉薄する。
赤く発熱した右腕がファルハルドの顔を抉ると見えた瞬間、狙い過たずジャンダルのナイフが刺さる。右腕はファルハルドに触れることなく、割れ落ちた。
おおぉおおおぉぉぉぉっっっっっ。
ファルハルドの咆哮が響き渡る。爪先から指先まで、その全身の力をただ一点に集中する。激しい音を立て、繰り出す鞭は迫る溶岩の胸に突き刺さる。
迫る溶岩はその動きを止める。
静寂。全てのものが動きを止めた。
ファルハルドがその腕にさらなる力を籠める。鈍い音が響き、鞭が迫る溶岩を貫いた。
迫る溶岩に亀裂が走る。見る間に亀裂は進み、音を立てながら迫る溶岩は粉々に砕け散った。
ファルハルドとジャンダルは砂礫の山を静かに見詰める。バーバクとハーミはなにも言わず、ただ二人の肩を叩いた。
次話、「帰郷」に続く。




