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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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26. 一つの区切り /その①



 ─ 1 ──────


 光の神々の三日間が過ぎ、街は日常に戻った。ファルハルドたちも、日常である迷宮に潜る日々に戻る。

 そして、久しぶりに行った最初の戦闘で、バーバクたちは目を見張る。


「おっ」

「ほう、これは……」


 ファルハルドの戦い方が変化していた。ファルハルドは死闘を経て、その実力を上げた。

 突然、筋力が上がった訳ではない。突然、技能が上がった訳ではない。今までと比べ、より『見える』ようになっていた。


 元々、ファルハルドは敵の攻撃をかわすことを基本としていただけあり、他の者よりもよく敵の動きを見極めていた。

 それが今では敵がどの瞬間に攻撃を仕掛けてくるのか、どんな攻撃を繰り出してくるのか、自分の攻撃にどのように対応するのか、まるで一呼吸先の未来が見えるかのように動きが無駄のない的確なものに変化していた。


 それはときに熟練の戦士たちが見せる戦い方に似ている。ファルハルドは一層目の敵相手に限るなら、熟練の挑戦者であるバーバクたちと同等の戦い方ができるようになったとも言える。



「やるじゃないか。動きが的確で無駄がないから、余裕が出てきたな」

「うむ、その通りだ。どうやら暮れの戦いは相当な死闘だったようだの。集中力の維持と切り替えが今までと違っておる」

「いやー、やっぱり兄さんはたいしたもんだね。おいらもうかうかしてらんないや」


 仲間は口々に褒めるが、ファルハルドは聞いているのかいないのかべんを構えたままじっと考え込んでいる。


「ん、なに。兄さん、どうしたの」


 ジャンダルが近づき、目の前に手をかざす。


「おっ。あぁ、済まん」

「いや、いいんだけど、どうしたの」


 ジャンダルはファルハルドの顔をのぞき込む。ファルハルドは自分自身よくわかっていない様子で、考えながら口を開く。


「どう言えばいいのか……。こう、敵の動きがよくわかるんだが。それが声が……とも違うか。なんだかわかると言うより、人から教えられているようなと言うか……」


 これを聞き、バーバクは大きく笑う。


「突然、今までと違うことができるようになって戸惑ってるんだろ。俺も覚えがあるな」

「うむ。儂も昔、見習いとして修業中に似たような体験をしたの」

「そう、か」


 ファルハルドはあまり納得がいっていないようだったが、それでも一応は納得をした。これ以上考えても仕方がないと割りきったようだ。



 ファルハルドの戦いぶりが変わったことから、改めてこれからの予定を話し合う。今必要なのは、ファルハルドが戸惑うことなく戦えるように慣れること。ジャンダルが接近戦でも危なげなく戦えるようになることだ。


 並び方を変えて、ファルハルドとジャンダルが前に立つ。バーバクとハーミは後ろから付いて行く。

 敵の数が多い場合や法術でなければ倒せない敵の場合を除き、基本ファルハルドとジャンダルだけで戦い、バーバクとハーミは助言と援護に徹する。


 今月いっぱい様子を見て、来月には二層目に挑戦すると決めた。


「おぉーし。気合を入れていくぞ」


 ジャンダルが肚に力を入れて気を引き締める。が、バーバクがその背中を叩いた。


「いやいや、気負い過ぎんな。無駄に力を入れて良いことなんてなにもないぞ。ほれ、笑顔。肩の力を抜けよ」


 この言葉に、ジャンダルは不満そうに口を尖らせる。皆はその顔を見て、吹き出した。




 その日は毒霧と粘液が出てきたときを除き、ずっとファルハルドとジャンダルだけで戦った。


 ファルハルドは戦う度に戸惑いが消え、動きが良くなっていった。


 一方、ジャンダルはなかなかに苦戦している。接近戦での戦いに慣れるため、飛礫つぶてや投げナイフを封印した。すると、同時に二体を相手取ることはできなくなった。

 特に動きが複雑な木人形や泥人形相手よりも、動きが単純だが頑丈な石人形を相手にしたときに苦戦した。


 今までは鉄球鎖棍棒で止めを刺すとしても、そのための崩し、もしくは距離や時間を稼ぐ手段に飛礫を使ってきた。それを封印した途端、近寄られ過ぎ、鉄球に充分な遠心力を乗せることができなくなった。


 ファルハルドの助けもあり、目立った怪我を負うことはなかったが、バーバクたちからはやはり飛礫打ちを使っていくかと尋ねられる。だが、ジャンダルはきっぱりと拒否した。


 ジャンダルの目標は全層制覇。得意技を封印したとしても一層目の敵を倒せるだけの地力をつけなければ、全層制覇など夢のまた夢。ここはおいらを信じて機会を与えて欲しい、と言われればバーバクたちに言えることはなにもなかった。


 取り敢えず消耗具合を考え、明日からは迷宮に潜る時間を短くし、さらにしばらくの間は二日潜って一日休むことに決めた。





 ─ 2 ──────


 ジャンダルは疲れきっていたが、魔術院のことがあり皆で魔導具組合に向かった。


 魔導具組合には、フーシュマンドの予定についてはまだなにも伝えられていなかった。それでもファルハルドたちのことは話が通っており、副組合長を名乗る人物より話をしたいと声を掛けられた。


 想定していたよりも上の立場の人物が出てきたが、この提案はファルハルドたちも予想していた。ファルハルドたちとしても一度組合の者と話をしておきたかったので、断る理由はなかった。


 組合側からは副組合長以外に二人、補佐となる者も立ち会う。商談部屋は貸切られ、使わない二部屋も人が入れないように閉鎖される。椅子が足りなかったが、補佐の一人が閉鎖した商談部屋から椅子を運び入れ、ファルハルドたちは全員が椅子に腰かけた。補佐の二人は席には着かず、扉の前で立ったままでいる。



 まずは副組合長が口を開く。


わたくしは当組合に於きまして、副組合長の役職を務めておりますカルマンと申します。以後、お見知りおきを。

 この度は『世俗を離れ静寂と禁欲の下、真理を探求し、真理に奉仕する愚者の集いし園』のフーシュマンド様からのご依頼により、研究上の重要な協力者であるファルハルド様とジャンダル様との間で、伝言を取り持つ役目を仰せつかりました」


 ファルハルドたちは唖然とした。大枠は間違ってないのだが、なんだかファルハルドたちが認識しているよりも大袈裟な話になっている気がする。


「えーと、ちょっと聞くんだけど、おいらたちってそんな重要な協力者ってことになってんの」


 カルマンは、はっきりと頷いた。


「そのようにうかがっております」

「はっ、はは……」


 もはやファルハルドたちからは、乾いた笑いしか出てこない。二人を横目で見ながらバーバクが質問する。


「魔導具組合では、魔術院から頼まれ事をするのはよくあることなのか」

まれに、あることでございます。それでも、愚者の集いし園より依頼を受けることがあるのは、当組合ぐらいのものでしょう。

 とはいえ、求められる素材をご用意したり、代わりに新しい魔導具の製法を教えていただいたりする程度の関わり合いですが」


「では、魔術院の中や、魔術師たちのことまではわからないということかの」

「そうですね。それは愚者の集いし園に所属するかたがた以外は、誰もご存知ないでしょう」


「最も詳しい筈の魔導具組合でそうなると、やはり魔術師たちと知り合うのは難しいか」


 カルマンは、再びはっきりと頷いた。


「そもそも部外者は中には入れず、愚者の集いし園のかたがたは外に出られる機会も少ないですから。それだけにこの街に来られて半年もしないお二方が、フーシュマンド様と知り合われたことはたいへんな驚きなのです」


 いったいどうやって知り合ったのかと尋ねられたが、その答えは簡単だ。隠すことでもないので、魔術院に見学に行ったらたまたま声を掛けられた、と答えればカルマンたちの顔は引きった。


「な、なるほど。まれに見る豪運。いや。いや。きっと我々凡愚にはわからぬ特別な理由がおありなのでしょう」


 なんだか、無理やり自分を納得させるように言葉を絞り出していた。

 ジャンダルは差し当たりの予定として、明日は迷宮に潜り翌日は休み。その後は、二日潜って一日休み。予定を変えるときには改めて伝えると話す。


かしこまりました。フーシュマンド様より連絡があった際には、その旨伝えさせていただきます。また、フーシュマンド様より伝言があれば、間違いなくお二方にお伝えさせていただきます。今後とも、当組合をよろしくお願いいたします」


 ファルハルドたちは、カルマンたちに見送られながら魔導具組合をあとにした。




 拠点に帰り装備の手入れ後、夕食を摂りに酒場に向かう。


「なーんか、もっと面倒な取引でも持ちかけられるかと思ったけど、違うかったね」


 麦酒で喉を潤し、ハーミが応える。


「ふむ、確かにの。なんのかんの言っても、魔導具組合も職人組合だからの。持って回ったような駆け引きは、性に合わないのではないか。

 それに長い付き合いになるのなら、狡知にけただまし合いよりも誠実な協力のほうが結局は得るものが多い、とわかっておるのだろうよ」


「あー、そうだね。出し抜いてやろうと思っても、騙しで上手くいくのは短い間だけだもんね」


 バーバクがにやにやしながら口を挟む。


「おいおい、身に覚えがあるのかよ」

「いやいやいやいや、なに言ってんの。おいらは誠実なエルメスタだっての。特においらは薬を扱ってんだから、騙しはご法度だってーの」


「本当か。必死になるとこが怪しいな。こっそりやらかしてんじゃないか」

「そう、実はって、おい」



 そして、話題は主にジャンダルの戦い方の改善点に移る。バーバクが麦酒を片手に思いつくことをそのまま話す。


「どうしても体格で見劣りするからな。力負けする以上、盾は敵を止めるというより最低限の攻撃だけを防ぐ感じでいいだろ。理想としちゃ、ファルハルドがやってるように基本は避けて、避けられない分だけを盾で受けるとかだな」


 ジャンダルも干し肉をかじりながら、麦酒片手で応える。


「いやいやいやいや、兄さんみたいに避けまくるとか無理だから。んー、突進だけは避けるとか、受けるならわざと跳んで衝撃を逃がすとか、かな」

「ふむ、そんなところかの。あとは攻撃だな。飛礫を使わなくなった途端、敵との距離が上手く取れなくなったな。あれはやはり接近戦の距離感がまだ掴めておらんということかの」


 ハーミも酒を呑みながら口を出す。ジャンダルはこの問いに考え考え答える。


「うーん、ずっと飛礫や鎖の足止めで自分の距離を作ってきたから、封印したらなんだか近寄られ過ぎるようになったんだよね。

 たぶん今までとは、攻撃を開始する起点の距離を変えないといけないと思うんだけど、そのあたりがまだいまいち掴めてないかな」


「なるほどな。それは繰り返して覚えるしかないな。まあ、お前は当て勘はいいんだから、慣れれば大丈夫だろ。ただ、もう少しは筋力をつけないと決定打に欠けるな」

「あー、確かに」

「それは俺もだ。それに長時間戦い続けるための持久力も必要だ」


 ハーミが楽しそうに口を挟む。


「なら、まずはよく食べることだの。どれ、料理の追加をするか」

「それって、おっさんが食いたいだけじゃないのか」

「なにを言う。食べることこそ生きることのいしずえではないか。しっかりと食べずに強くなることなどあり得ぬ」


 食べることこそ生きることの礎、なぜかこの言葉はファルハルドの耳に残った。

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