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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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25. 光の神々の三日間 /その④



 ─ 6 ──────


 門は開いたが、敷地内はろくに見えない。空間そのものが波打ち、あるいは渦巻き、歪んでいる。様々な色の混ざった奇妙な景色が見えるだけだった。

 戸惑う二人をフーシュマンドがうながし、魔術院に足を踏み入れる。


 門の内に足を踏み入れれば、一つの建物がくっきりと見えた。門のすぐ近くにある三階建ての建物だ。建物そのものはパサルナーンの街中でよく見かける、ごくありふれた普通の建物だ。


 だが、一つどうにもおかしなことがある。どう見ても建物の高さは魔術院を囲む壁よりも高い。なのに外から眺めた際には全く見ることができなかった。


 そう言えばと二人は思い出す。魔術院に建っている黒い尖塔も、小島に近付くと逆に見えなくなっていた。

 魔術院の強固な魔術なのだろうが、なにがどうなっているのかまるでわからない。建物は門からすぐだが、案内するフーシュマンドを見失えば二度と元の場所戻れないのではないかとファルハルドたちは恐怖に襲われる。



 建物に入ってみれば、そこは極々普通の部屋だった。中央に何枚もの厚く柔らかな布が敷かれた長椅子が向かい合わせに置かれ、端には丸卓や椅子、水差しの置かれた台もある。

 ファルハルドはふと気になり、壁に触れてみた。その手触りは門と同様、素材のわからない不思議なものだった。


 ファルハルドたちが長椅子に腰を下ろすと、フーシュマンドも向かいの長椅子に座り、おもむろに口を開く。


「改めて名乗りましょう。私はこの『愚者の集いし園』で教導の役目に就いておる、フーシュマンドと申します。

 そして、私自身の研究として人の五種族、それぞれの生活の実態を調査分類しておりましてな。近年は特に、それぞれの種族ごとの術の変遷と拡がりを調べることに力を入れているのです。


 私としては、お二方のような異なる種族間の血を引く人々がその重要な役割を担っているのではないか、と睨んでましてな。

 やっと出会えた嬉しさに、つい我を忘れてしもうた。まことに済まなんだ」


 二人は説明を聞いてもさっぱり理解できない。


 生活を調査する? なんのために?

 術の変遷? 魔術や法術がどうしたと言うのか?

 重要な役割を担う? 忌み子と蔑まれる自分たちが?


 フーシュマンドが当たり前のように話すその内容はよくはわからない。だが、どうやら歓迎されているらしいことはなんとかわかった。そして、これは魔術院との繋がりを得るよい機会であることも理解できる。

 取り敢えず、二人は話を続けることにした。


「なんだか、難しくてたいへんなことをしてる偉い学者さんなんだね」

「なに、別段偉い訳ではない。気の向くまま、好きなことをしておるだけです」


 つい寝食を忘れてしまうが、となにやら物騒な一言を付け加えていた。


「今日は生憎あいにく時間がないのですが、どうですかな。お二方に時間があるときにでも、ゆっくりと話を聞かせていただく訳には参りませんか」


 二人は目を合わせて頷き合う。


「別にいいよ。おいらたちも挑戦者で普段は迷宮に潜ってるんだけど、時間があるときに話をするくらいなら問題ないよ。でも、どうやって連絡を取ればいいかな」


 ふむ、そうですな、としばし考え込む。おもむろに左手を持ち上げ、その握った左手の上に杖をかざし口の中で何事かを唱えた。

 開いた掌にはさっきまでなかった筈の、二つの細く繊細な造りの腕輪があった。


 腕輪はぱっと見はターラに似た、だがもっとくすんだ、しかし鈍く深い輝きを持つ金属でできているように見える。これもまた魔術院の不可思議な物質だろうか。


 その腕輪をファルハルドたちに差し出す。


「挑戦者のかたがたなら魔導具組合に顔を出す機会もあるでしょう。私も各地を飛び回り、あまりこの街におりませんが、いつなら大丈夫か予定を魔導具組合に伝えておきます。


 お二人も都合の良い日を伝言しておいていただければ、それを聞いて良い日取りを見繕みつくろいましょう。この腕輪を目印として身に付けておいていただければわかるように、話を通しておくことにいたしましょう」


 腕輪を受け取り、付けてみる。右腕は武器を振るため、左腕の手首にめる。重さはほとんど感じない。

 ファルハルドは基本的に左手は盾を持つだけなので問題ないが、ジャンダルは左手でも飛礫つぶてや投げナイフを打つことがあり、着け心地が少し気になる。


 それを伝えるとフーシュマンドは再び杖を翳し、ぶつぶつと唱え始めた。見る間に腕輪は形を変え、ジャンダルの手首に沿う薄く幅広な形状に変わっていった。ファルハルドとジャンダルは、おおっと声を上げる。


「これでどうですかな」


 ジャンダルは左手で飛礫を持ち、軽く上に放り投げる。落ちてきた飛礫を受け止めるとにこりと微笑んだ。


「うん。これなら良さそうだね」


 二人とも長手袋の上から腕輪を着けている。ジャンダルの腕輪は手首に沿う形の分、隙間が少なく手袋の着け外しが少し面倒になるが、フーシュマンドの気分を害さないようにと、わざわざ口にすることは控えた。


「いやー、凄いなー。今のが魔術なの」

「そうですな。私たちの間では違った名で呼びますが、広く世間のかたがたはまとめて魔術と呼んでおりますな」


「ほへー、思ってたよりいろんなことができるんだね」

「このようなことはありがたがるようなものではない。全ては真理を探究するための一手段に過ぎないのです」


「うーん。よくわかんないけど、そうなんだ」


 この日は結局少し話をしただけだった。ファルハルドたちは魔術院を去る際、再び歪んだ景色を見たが、最初の時とは違い不安は感じなかった。これも腕輪の効果なのだろうか。




 拠点に戻ると、バーバクとハーミが武器を片手に真剣な顔で話し合いをしていた。戻ってこないファルハルドがまた襲われたのではないか、そして自分たちはどうすべきかを話し合っていたのだ。


 二人はファルハルドたちの姿を見ると見るからに安堵した。いくらなんでも心配し過ぎだと感じたが、ファルハルドは素直に遅れたことを謝った。


 そのまま魔術院の教導と知り合ったことを話すと、二人は驚き過ぎしばらく身動き一つせず固まった。この街に詳しいものほど、魔術院の者と知り合う難しさを骨身に染みて知っているのだろう。

 ハーミの「さすが光の神々の三日間だな」というつぶやきがやけに耳に残る。


 今後は魔導具組合に行く回数を増やそうという意見が出たが、差し当たり今日はもうできることはない。


 揃って屋台の料理で昼食を摂り、中心区画で行われている国全体に光の神々の加護を願う儀式を見に行った。

 供物として捧げる家畜の数こそ多かったが、儀式の内容そのものは一日目のパサルナーンの街への加護を願う儀式とほぼ同じだった。ファルハルドたちも儀式の最後は、周りの者たちと一緒に神々へ加護を願う文句を唱えた。


 こうして新年を祝う光の神々の三日間は過ぎた。

次話、「一つの区切り」に続く。

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