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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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23. 光の神々の三日間 /その②



 ─ 3 ──────


 今日も中心区画では昼まで、昼からでそれぞれ別の行事が行われる。


 光の神々の三日間の二日目は、まず昼まではエンサーフの刻から成人の式が執り行われる。


 ファルハルドは成人の式を見たことがない。そして、追手から逃走中だったため自らの成人の式は行っていない。

 ファルハルドが成人の式を見たことがないと聞き、一行は揃って中心区画に出かけた。


 わからないことがあったとき、すぐに答えてくれる者が傍にいるのはありがたい。しかし、なにもずっと一緒にいる必要はない。

 無理に付き合わず、それぞれ好きなことをすればよいと言ったが、年末の一件があったせいで皆はファルハルドを一人にする気がなかった。ファルハルドは小さく溜息をつき、それ以上言うのはした。



 中心区画は昨日以上に込み合っている。見渡す限り、大勢の今年成人になった者たちが着飾り列を作っている。端には付き添いらしき家族の姿を見ることができる。

 ファルハルドたちも家族たちが控えている端に寄り、成人の式を見守った。


 新成人たちは男女別にそれぞれ十五の列ずつに分かれ、並んでいる。先頭の者から順に、それぞれの列の前にいる神官の下へ進んでいく。

 神官の横では二人の助衆が一枚の大きな板を支えている。その板には全ての光の神々の御名が彫られている。神官の前に進み出た若者は自分の守護神とする信仰する神の御名に触れ、宣誓する。


わたくし、パサルナーンの住人ハキームは、商売の護り手シャーナ・エル・ミフルを私の守護神とし、公正なる商人となることを誓います」

というように、成人の誓いとして職業やその後の生き方を誓うのだ。


 中には文字が読めない者もいるが、その場合は先頭に進む前に助衆が確認し、御名の箇所に誘導するなどの介添えを行っている。


 宣誓後はひざまずき、神官より成人の証として額に塗料で十字型に茶、碧、赤、藍、鈍色の五色の点を打たれる。これは今日の日没後までは洗い落としてはならない。

 そして上質な小麦粉に乳と蜂蜜を加え、薄く焼き上げた聖餅を一枚渡される。この聖餅は日没後、最初に口にする食物となる。


 最後に中央大神殿の中でありがたい訓示をいただいたら式は終了。ちなみに中央大神殿内に新成人全員が一度に入ることはできないので、三百人ごとにまとめての訓示となる。


 成人の式の内容や流れは当然、国や種族によって違う。しかし、中心となる己の守護神を定め宣誓すること、額に魔除けの五色の点を打つことは共通している。



 ハーミが戯れ半分、本気半分でファルハルドに

「行っておらぬなら、今からでも執り行うか」

と、尋ねるが、ファルハルドは首を振る。今のファルハルドには守護神を定める気持ちも、生き方を定める気持ちもない。


 成人の式が気になったのは、母であるナーザニンが見たいと望み、自分が見せることのできなかったことが、ずっと心のどこかに引っかかったままになっていたためだ。


 式が終わり、喜び合う家族の姿を見ながら、あり得たかもしれない母との姿を思い浮かべた。




 成人の式を見終わったあと、ファルハルドたちは中心区画を離れ、食事を摂るため東地区に向かう。昼からはパサルナーン高原全体の加護を願う儀式が行われ、中心区画は一般人の立ち入りが禁止されるためだ。


 この儀式の内容そのものは昨日のパサルナーンの街への加護を願った儀式とほとんど変わりはない。


 ただ、参加者が違う。参加できるのは、神殿の神官たちと高原の村や街の有力者のみとなる。いろいろと建前や神学上の理由付けはあるが、現実問題としてこの祭事が高原内の各村や街の間での意見交換や利害調整の話し合いの場を兼ねているためだ。


 中心区画以外で今日の昼から広く行われる行事としては、各職人組合や商人組合に於いて組合員同士が集まり、それぞれの守護神に加護と組合の繁栄を願う儀式がある。

 儀式やその後の宴会の内容は各組合によって違うが、今日成人した跡継ぎの紹介や組合員相互の友好を図ることは共通している。



 もっとも、これもファルハルドたちには関わりがない話だ。一行は大多数の街の住人と同じように街の賑わいを楽しむ。


 東地区の一角、家一軒分くらいの広さのちょっとした広場で変わった企画が行われている。東地区の腕自慢の食堂の主が集まり、料理の腕を競い合うというものだ。


 聞けば毎年料理の種類を変えて行われており、東地区の名物行事となっているそうだ。バーバクたちが昼食の場として東地区を選んだのも、これを目的としていたからだ。


 今年、競い合う料理は汁物料理。決まり事として、出される料理は各店一品のみ。値段は中銅貨オル一枚。この条件で競い合う。これは毎年同じだ。

 貧富の差により感じ方はだいぶ違うが、一品中銅貨一枚ならほとんどの市民にとっては普段当たり前に出している金額となる。


 勝敗の決め方は単純だ。今年参加している食堂の数は二十軒。そして、その料理を食べたいと思う者は、まず中銅貨三枚を払う。中銅貨三枚さえ払えば椀と匙を渡され、あとは二十軒全ての料理を好きに食べることができる。


 満足するまで食べ終わったあとは、椀と匙を最も気に入った料理の食堂の主の前に積んでいく。

 最後に最も多くの椀を集めた食堂の主が今年の『東の食堂王』を名乗ることができる。


 客たちが足を運ぶ店は場所と好みからたいてい決まっている。『東の食堂王』となったところで、店の売り上げにはほとんど影響しない。


 だが、参加している食堂の主たちにとって、これは己の誇りと面目を懸けた決して負けられない熱い真剣勝負なのだ。


 ファルハルドは三、四杯食べたが、どれも充分に旨く、それらに順位などはあると思わなかった。なんとなく最も椀の集まっていない食堂の主の前に椀を積んだ。


 振り返ればハーミが満面の笑顔で延々と食べ続けている。食べ過ぎではないかとも思ったが、その笑顔を見て口を挟むのは止めた。

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