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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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22. 光の神々の三日間 /その①



 ─ 1 ──────


 ファルハルドの新年は怒涛どとうの説教で始まった。


 昨夜の戦いのあと、ファルハルドはジャンダルたちを起こすことなく自分で傷口を縛り、そのまま休んだ。だが、朝になり顔を合わせればなにかがあったことは嫌でもわかる。


 眠る前にはいつも通りだったファルハルドが、朝になったら傷だらけ。なにもなくそんなことが起こる訳がない。

 顔色を変えたジャンダルとハーミに厳しく問い詰められた。


 結果、ジャンダルには一人で立ち向かうなんてとなじられ、ハーミからはそんな大事なことを黙っているなどあり得ないと責められた。


 本気でファルハルドを心配し、叱る二人にどこかむず痒さを感じながら、散々に謝った。最後には、次のときには必ず声を掛けるように堅く約束させられた。


 やっと説教から解放されかけたところにバーバクが帰ってきて、もう一度一から、説明、説教、謝罪、約束の一連の流れを繰り返させられる。

 つい、昨日の戦いのほうがまだ楽だったと零せば、反省が足りないとまた叱られる。


 結局、モサーラカトの刻になるまで延々と説教は続き、その頃にはファルハルドの背中はなにやらすすけていた。



 久しぶりに全員で揃って食事を摂る。新年最初の食事は神々と共に摂る食事ということで、味付けのされていない素材そのままの味の食事を食べる。

 ファルハルドやジャンダルにはどんな意味があるのかいまいち理解できないが、神官であるハーミに素直に従った。バーバクも特に不満は見せず、当たり前のこととして受けて入れているからには、これが当たり前なのだろう。



 今日から三日間は、光の神々の三日間で街はお祭り騒ぎとなる。


 だが、ファルハルドたちには祭りを楽しむ前にしなければならないことがある。

 昨夜ファルハルドが返り討ちにした追手たちはどう扱われるのか。それを確かめ、その内容によってはイルトゥーランのベルク王がパサルナーンの自治権を侵害した、と訴えなければならない。


 ただし、その場合には明確に示せる証拠がないところが弱い。かといって放置し、ある日突然ファルハルドに殺人の嫌疑が掛けられてもまずい。


 一行はまずは昨夜ファルハルドが戦った場所を確認。その後、衛兵たちの詰所に様子をうかがいに行くことにした。


 現場では死体は回収されており、血などもきれいに洗い流されていた。壁に傷は見られるが、よほど注意深く観察しなければ昨夜ここで闘争があったとはわからないだろう。

 死体がすでに回収されていることは確認できたので、詰所に向かう。


 今朝がた死体が見つかり、その詰所に傷だらけのファルハルドが姿を見せる。都合が悪いかとも思ったが、衛兵たちにとって迷宮挑戦者は常に怪我をしている印象があり、特に疑われることはなかった。


 なんの用かと尋ねられ、昨夜闘争のあった路地とファルハルドたちがいる拠点は少し離れているが、夜酔い覚ましに窓を開けた時に奇妙な吠え声が聞こえた気がした。悪神の三日間の最後の夜のことなので気に掛かり、念のために報告に来た、と説明すればそれ以上問い詰められることはなかった。


 少し雑な気もするが、身分証などの手懸りも全くない、街に来たばかりの挑戦者志望が被害者ではなにも調べようがないのだろう。取り敢えず、悪神の徒によって呪いをかけられた哀れな者と挑戦者志望の者がたまたま出会い、相打ちになったとして処理する考えのようだ。


 ベルク王のことを話すかどうかはこの街のことをよく知っているバーバクとハーミに判断を任せていた。二人は結局話さないことに決め、詰所をあとにした。


 あとで理由を尋ねると、証拠がない状態で話してもどれだけ信用されるかわからず、ファルハルドが疑われさえしなければそれでいいという判断だった。


 もちろんまた追手が襲ってくるのなら、誰の指図であろうとも容赦なく潰す。その時は絶対に一人で行かず、声を掛けろと何度目になるのかわからない約束を繰り返しさせられた。




 ─ 2 ──────


 懸案事項も一応は片が付き、ファルハルドたちは気持ちを切り替え、祭りを楽しむことにする。


 今日は街のあちらこちらに屋台が出ており、音楽の演奏や大道芸が行われ、街中が笑顔と賑わいにあふれている。

 これが昼までならば人々は皆神殿で新年の祈りを行い、街にここまでの賑わいはなかった。


 だが、昼からは一変する。信心深い一部の人々は昼からも神殿で祈りもするが、大多数の人々にとって昼からは新年を迎えた喜びで、祭りを楽しむ時間となる。季節柄寒く冷え込むが、街の熱気はそんなものはものともしない。皆、陽気に騒いでいる。


 歩いていれば見ず知らずの住人から新年おめでとう、光の神々に栄光あれと声を掛けられる。突然酒盛りに誘われ、バーバクたちは杯を交わす。

 横では猿を使った芸が行われている。もしやザーン一家かと思ったが、全然別の者たちだった。


 ただ、大道芸を行っている人々の過半はエルメスタだ。他にオスクやウルスの人々も見られるが、エルメスタの人々が最も多い。

 ウルスの人々は大力自慢の芸を行っている。オスクの人々が行うのは軽業、放下、踊りにうたい。なかには絵を掲げながら、物語を語っている者もいる。


 あちらこちらで様々な芸が行われている。酒盛りを行う一同に麦酒アブジョの小樽を振舞い、場を離れる。



 一行は揃って屋台の料理などを楽しみながら中心区画に向かう。

 街中のあちらこちらでいろいろな行事が行われているが、一番大きなものはこの中心区画で行われる。行事が行われる都合上、必然的にこの光の神々の三日間も迷宮の入口は固く閉ざされている。


 昼までは中に入りきれないほど、新年の祈りを行う人々で中央大神殿も込み合っていた。それでも新年の祈りは厳粛なものであり、大勢の人々で込み合っていてもさざめくだけで騒がしくなることはない。


 だが、今は違う。屋台こそ出ていないものの、そこかしこで街中と同じように大道芸も行われ、皆持ち込んだ料理を食べながら大声で話している。


 ファルハルドは昼からは十大神とこの街の守護神である『始まりの人間(ガヨー・ファールス)』へ、パサルナーンの街への加護を願う儀式が行われると聞いていたのでこの状態に驚いた。


「儀式はもう終わったのか」と呟けば、ハーミは大笑いする。


「いやいや、そうではない。こうして騒ぐことこそが儀式の一部なのじゃよ」


 皆が幸せそうに騒ぐこの状態こそがパサルナーンが繁栄している証であり、その繁栄が続くよう加護を願うのがこの儀式の眼目だ。だから、こうして騒ぎ楽しむことこそが正しい行い方となる。


「ほれほれ、お主ももっと楽しまぬか」


 ハーミはファルハルドに、腕に抱え込んだ先ほど屋台で買った料理を押しつけてくる。酒も渡そうとするが、それはきっぱり断った。


 今日のハーミはなんだか様子が違う。衛兵の詰所を出てからはずっとにこにこしている。


 アルマーティーの人たちは本当に食べることが大好きで、食事の時はたまらなく幸せだという顔をする。そして、食事の時以外もいつもにこにこしている印象がある。


 ハーミは普段はアルマーティーらしからぬ戦神に仕える神官のためか、いかめしい顔付きをしていることも多いが、今日は食べることが大好きなアルマーティーの顔を見せている。次から次へと珍しい料理を口にし、実に幸せそうだ。



 ファルハルドも屋台で買ってきた串焼き肉をかじりながら、中心区画での儀式を眺めている。その合間合間に大道芸なども披露されるが、中心になるのは神官団と街の有力者たちによる祈祷きとうだ。


 振り香炉を持った神官が列の先頭に立つ。神官たちは神々をたたえる歌を歌いながら、ゆっくりと中心区画内を一周していく。


 神官たちが屋外に作られている供物台くもつだいに辿り着けば、次は着飾ったこの街の代表である三百人の議員たちが二頭ずつグスファンドを曳き供物台へと進む。


 神官と議員たちが共に祈りの文句を唱えながら羊たちを供物として捧げ、供物台で焼かれる羊たちは最も美しく太った十二頭を残し、その他の羊は市民たちと分かち合う。

 中心区画に集まった市民たちは配られる供物を食しながら、儀式を見詰めることとなる。


 残された十二頭の羊は骨まで全て焼き尽くし、完全に神々の下へと届けられる。


 そして、十二頭の羊が焼き尽くされる頃には日暮れ前となり、儀式はいよいよ最後の祈りの時を迎える。

 神官と議員、見守る市民たちは声を揃えて、神々を讃え加護を祈る文句を唱える。この時ばかりは誰もが食事やお喋りを止め、共に祈り唱える。



 ファルハルドやジャンダルも形だけだが、皆に合わせ共に文句を唱えた。


 ただし、祈りの文句を唱えながら、ファルハルドが考えていたのは別のこと。この街のことでも、神々のことでもなく、昨夜殺した二人のことを、そして今まで自分が討ち果たしてきた者たちのことを考えていた。


 街への加護を願う儀式では筋違いとなる。それでも、ファルハルドは今まで自分が返り討ちにしてきた者たちの冥福を神々に祈った。

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