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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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20. 年の終わり /その④

 この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。



 ─ 5 ──────


 三十日に一度、満月の日がやってくる。年の初めと終わりの三日間ずつがあるため、何日が満月の日かは年により移り変わる。この年は十三日が満月の日であり、来年は七日が満月の日となる。


 この一年の最後の日、月は弱々しく地上を照らしている筈である。しかし、厚い雲に覆われ、ほんのわずかな明かりしか地上には届かない。周辺の建物は固く閉ざされ、隙間からこぼれ落ちる明かりも微かなものだ。

 街を巡回する衛兵たちも今日の日暮れ以降は見回りを休み、詰所に閉じ籠っている。



 その暗く人気のない街をファルハルドは一人歩く。いや、正確には一人ではない。一定の距離を置き、あとをける者たちがいる。


 ファルハルドは狭い路地に入る。路地はやがて行き止まりとなる。行き止まりまで進み、ファルハルドは自分の進んできた方向に向き直り、小剣を抜いた。


 今のファルハルドの装備は迷宮に潜る際とほぼ変わらない。小剣を構え、腰にはべんを吊す。兜を被り、革鎧を身に着けている。手には長手袋、足には深靴。

 背負い袋がないことと、盾を持っていないこと、革鎧の下に厚手の羊毛パシュムの服を着ていることが違う。


 いったい、なんのために。これから姿を現す者たちを待つために。


 暗がりから二人の男が姿を現す。足拵あしごしらえだけはしっかりしているが、旅塵りょじんに汚れた服に、草臥くたびれた革鎧。見た目はパサルナーンにやって来たばかりの挑戦者志望に見える。

 だが、その手にあるはファルハルドと同じ黒い細身の小剣。


 ついにファルハルドを狙うイルトゥーランの暗殺部隊が姿を見せた。



 ベルク王はファルハルドの足取りを掴んだ。当然パサルナーン迷宮の免罪特権については知っている。そのため、追手に挑戦者としての手続きをさせ、挑戦者同士のいざこざに見せかけファルハルドを消そうとした。


 しかし、ファルハルドの周りには迷宮内でもその往き還りでも、常に手強い仲間が共にいる。

 昨日、一昨日は一緒にいるのがジャンダルだけの時間もあったが、街全体が静かな時に喧嘩を吹っかけるのはあまりに人目を引き過ぎる。そのためこれまで追手たちからの襲撃はなかった。


 そして今日、人通りの途絶えた街で拠点をうかがう人影にファルハルドは気付いた。その立ち姿には他の者では気付けない微かな不自然さがあった。その重心の掛け方、その目配り、そしてその動きの癖。

 イルトゥーランの暗殺部隊と渡り合ってきたファルハルドであればこそ気付ける微かな違いだった。


 追手たちがファルハルドの前で不自然さを漏らしたのはわざと。敢えて自分たちの存在を気付かせれば、ファルハルドがこうして一人行動すると予想したから。

 ファルハルドが路地に向かったのは、追手たちの狙いに気付いたから。闇にまぎれ完全に人目が絶えるこの機会なら、仲間を巻き込むことなくけりを付けられると考えたから。


 今日のこの場が戦いの舞台となったのはどちらが誘ったとも罠にかけたとも言えず、双方の思惑が一致した結果だった。




 二人の男はファルハルドから距離を置いて立ち止まる。

 と、見えた瞬間二人は同時に距離を詰めた。


 たとえわずかな明かりしかなくとも問題ない。

 イシュフールの属性を強く持つファルハルドは夜目が利く。

 暗殺部隊の二人は暗闇でも物を見る訓練を積んでいる。この二人は攻撃を仕掛けるその時でも殺気を漏らさず、音を立てず、声を上げない。熟練の暗殺者たちだった。


 イルトゥーランの暗殺部隊との豊富な戦闘経験があるファルハルドは、その存在に気付いた時から腕の立つ暗殺者であることを理解していた。背後や物陰からの襲撃を避けるため、この行き止まりになっている狭い路地を戦いの場に選んだのだ。


 素早く移動し、攻撃を避ける。


 迫る二本の剣身を見た限りでは、毒は塗られていない。もちろん確実ではない。しかし、挑戦者たちのいざこざに見せかけるなら、毒を使うのは都合が悪い。今回は毒を使って来る確率は低いだろう。

 逆に言えば、散々追手を退けてきたファルハルドを剣技だけで倒せる刺客を選んできたということだ。



 二人は見事な連携を見せる。


 その攻撃は鋭い。同時に一人が刺突を、一人が斬撃を、違う高さに浴びせかけてきた。

 ファルハルドは余裕をもってかわす。迷宮内の戦いで出合い頭の襲撃や、怪物の人とは違う複雑な動きからの攻撃に慣れていたお陰だ。


 ファルハルドと暗殺者、双方の戦い方は似ている。刃を撃ち合わせず躱し、最小限の動きで急所を狙う。素早い動きと狙いの巧みさを特徴とする静かで鋭い闘争だ。仮に周辺の建物内から聞き耳を立てている住民がいたとしても、闘争が行われているとは気付かないだろう。


 攻防は続く。双方、一歩も退かない。

 ファルハルドは迷宮に潜っているお陰で狭い通路での戦いに慣れている。対して暗殺部隊の者たちも狭い場所での戦いの訓練を積んでいる。どちらにとっても場所の狭さは不利とはならない。


 ときに壁を蹴り位置を変え、ときに攻撃を避け崩れる体勢を壁で支え、目まぐるしく攻守立場を変える。


 暗殺者たちは、一人は主に脚を狙い、一人は主に顔や首筋を狙ってくる。ファルハルドは常に上下両方に対応しなければならない。

 ある時は同時に剣を繰り出し、ある時はわずかに攻撃の拍子をずらす。

 片方にだけ気を向ければ、もう一方が隙を突こうとする。

 上下だけに気を払えば、軌道を変え革鎧を着けた胴を鎧ごと刺し貫こうとする。


 片時の気の緩みも許さない。



 ファルハルドは全ての攻撃を躱し、未だ傷を負ってはいない。だが、じりじりと押されていく。少しずつ敵の刃が身をかすめ始める。


 状況を打開する糸口が見つからない。


 敵の剣を躱した。

 その時、踏み出した靴底で小石が動く。わずかに重心がずれる。

 敵はその一瞬を見逃さない。より動きを小さく鋭くし、脚を狙ってくる。避けきれない。

 太腿に刃を受ける。流血。蹌踉よろめき体勢が崩れる。

 すかさず、首筋を狙った斬撃が迫る。


 ファルハルドは崩れかけた体勢から、咄嗟とっさに鞭を逆手で抜いた。抜く動作をそのまま首筋に迫る敵の剣を打つ動作に繋げる。


 質の良い鋼を使った剣だが、迷宮の怪物を叩き割るための武器で打たれては一溜まりもない。敵の小剣は折れ跳んだ。


 その勢いのまま鞭は敵の側頭部を打つ。敵は側頭部を陥没させた。膝から崩れ、地面に横たわり痙攣する。



 もう一人の敵は距離を取り、ファルハルドの様子をうかがう。

 敵は仲間を倒され、ファルハルドが有利になったため攻撃を躊躇ためらっている、訳ではない。仲間を倒され、追い詰められた敵とはすなわち手負いの獣。より危険度を増す。

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