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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
序章:たとえ、過酷な世界でも
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04. 出会い /その④



 ─ 9 ──────


 なにかの音と匂いにいざなわれ、ファルハルドの意識が浮上する。ぱちぱちと薪の弾ける音がし、食べ物を煮立てる旨そうな匂いが漂っている。


 いったい、なんだ?


 ファルハルドは重いまぶたを押し開け、音のする方に目を向けた。



「お、兄さん、目が覚めたかい」


 子供?


 人懐っこい笑顔を浮かべ、見知らぬ少年がファルハルドを覗き込む。


「いやー、森で倒れてる兄さんを見つけた時は、焦った、焦った。全身ずぶ濡れで息は絶え絶え、顔は真っ青、なのにやたらと高熱だしね。

 昔見た症状に似てたんで、もしやと思って手持ちの薬を飲ませたら、なんとか持ち直してくれたみたい。良かった良かった。傷は布を当てて縛っておいたら一応血は止まったみたいだね。


 まだ辛そうだよ。もう少し寝てたら。あ、お腹減ってんの。これ食べるかい。ちょーと、具は少ないけど、細かいことは言いっこなしでね」


 取り敢えず、このよく喋る子供は恩人ということか。


 身体は眠れと言っていたが、その前にファルハルドには訊きたいことがあった。


「君は誰だ」

「ああ、そっか。そりゃそうだね。まずは自己紹介。へへ、おいらはジャンダル。あそこには旅の途中で通りかかったんだよね。

 んで、ここはなんだろ? 森の猟師小屋? 避難小屋? よくわかんないけどなにかの小屋っぽいねえ。人がいなかったんで勝手に使わせてもらったんだ。で、兄さんの名前は?」


 道理で窓一つない粗末な小屋な訳だ。



 ファルハルドは名前を名乗り、懸念を伝える。


「俺といれば君も狙われるぞ」

「ああ、そういうこと。まあ、毒だしその傷だもんね。そんなことかなー、とは思ったんだけどね。うーん、そうねえ。兄さん、なにがあったの? 誰かに追われてる? なになに、おっかない奴らとか?」


 子供相手に聞かせて良いものか。


 さすがに言い淀んだが、相手は薄々気付いている。今のファルハルドには上手く誤魔化す話も思いつかない。


 今更だ。


 素直に答えることにした。



「……ということだ。俺の首を差し出せば褒美が貰えるかもしれん。だが、おそらく口封じで消されるだろう。巻き込みたくない。逃げてくれ」


 それを聞いてジャンダルは実に楽しそうに笑った。


「ははっ、国王殺しか。こりゃ、凄いや」


 ファルハルドにはジャンダルの反応が理解できない。


 冗談とでも思ったか。いや、傷のことも毒のこともわかっている。少なくとも、やばい奴らと遣り合ったことは馬鹿でもわかる。なぜ、笑える?


「ああ、信じてない訳じゃないよ。思った以上に大物みたいで驚いてたの。それにね、なんて言うか、すでにここは殺気むんむんの奴らに囲まれてんだよね。今更兄さんの首を持って出ても手遅れでしょ。意味ないよねー」


 愕然がくぜんとした。鋭い筈のファルハルドの感覚が完全に麻痺していた。




 ファルハルドは身を起こし、そのまま立ち上がろうとする。だが、脚に力が入らない。ふらつき膝をつく。


「え、なに、兄さん、どうしたの」

「狙いは俺だ。隠れていろ」


 この答えにジャンダルは少し呆れた表情を浮かべる。


「なに、なに、死ぬ気なの。そもそも、そんな状態じゃ外にも出れないでしょ」


 ファルハルドは壁に手をつき、懸命に立ち上がる。


「大丈夫だ」


 ジャンダルは肩をすくめ、苦笑した。


「いやいやいやいや、大丈夫じゃないから。兄さんといい、外の奴らといい、ちょっと余裕がなさ過ぎじゃないかなぁ」


 ちらりと屋根に目をやって続ける。


「いよいよ動き始めたね。殺気もだだ漏れだし、なんか焦ってんのかな」

と言いながら、ファルハルドに近づき強引に座らせた。


「こっちの人数は把握してるみたいだけど、それだけでもう襲ってくるつもりのようだねぇ。ちょーと、甘いんじゃないかなぁ」



 やおら、腰の後ろの小鞄から葦笛ネイを取り出した。瞳を閉じ、聞いたことのない不思議な旋律を奏でだす。


 扉が叩きつけるように開けられ、すかさず二人の追手たちが飛び込んでくる。同時に屋根を破り、こちらからも二人の追手が飛び降りてきた。


 敵は四人。こちらは二人。満足に身体の動かないファルハルドと子供だけ。

 戦いにならない。それでもファルハルドは諦めない。せめて子供だけはのがそうと、剣持つ腕に力を籠める。



 だが、なぜか急襲してきた追手たちは着地したその場で崩れ落ちた。

 意味がわからない。ファルハルドは警戒を緩めず様子をうかがう。


 見るうち、ジャンダルは笛を吹きながら近づき、無造作に追手たちの喉をナイフで掻き切った。


 いったいなにが起きているのか。まるで理解が及ばずファルハルドは呆然とする。口から零れたのは「なんだこれは」という呟きだけだった。

 ファルハルドの呟きを拾ったジャンダルは唇から笛を離し、胸に手を当て芝居がかったお辞儀を見せた。


「これぞエルメスタの『眠りの笛』でござい。ご満足いただけましたなら、どうか拍手喝采を」

「エルメスタ……」


「そだよ。ありゃりゃ。全然気付いてなかったの。うん? ひょっとしておいらのことオスクの子供だと思ってたんじゃないよね。おっぷ。エルメスタの大人だってーの。ま、兄さんと一緒で片親はオスクだけどね」



 この答えにファルハルドは腰が抜けるほど驚いた。ジャンダルの背丈はファルハルドの肩より少し下ほど。オスクなら子供並みだが、エルメスタなら確かに大人の背丈だ。


 そして髪と瞳の色はファルハルドとも似た鈍色。エルメスタの本来の髪と瞳の色は藍。イシュフールは碧。そしてオスクが鈍色。混血であれば辻褄つじつまがあう。まさか自分以外の混血と出会うとは。



「あんたも忌み子なのか」

「そそ。兄さんも片親はオスクでしょ。見た目でわかるよ。だから倒れてる兄さんを見かけてほっとけなかったんだよね。

 同類相憐れむ? なんだっけ。ちょっと違う? まあ、とにかくそんな感じってことで」


 にへへ、と笑うジャンダルの姿に言いようのない安堵を覚え、ふっと気が抜けそのまま眠ってしまった。

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