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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち
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19. 年の終わり /その③



 ─ 3 ──────


 悪神の三日間の二日目。


 蜂蜜酒は二日酔いしにくいのか、ジャンダルの調子はそれほど悪くはなかった。それでも珍しく寝過ごし、昼前に起き出してくる。

 ハーミはすでに食事を終え、神殿に出かけている。ファルハルドは掃除をしていた。ジャンダルはあまり食欲がなかったが、昨日の残りの平焼きを千切ちぎって椀に入れ、煮込みの残りをかけ食べた。



 昼からは北地区に向かい、どんな神殿があるかじっくりと見て回る。どうやら中心区画周辺に挑戦者に関係の深い戦神や試練の神の神殿があり、それ以外の場所の神殿はこれといって挑戦者とは関わりがなさそうだった。


 もちろんラーティフがそうであったように、関わりがなさそうに見えてもその神に仕える神官が迷宮挑戦者となれば、当然挑戦者の出入りはある。

 そうでなくとも、神官でない挑戦者でも自分の信仰する神の神殿には参拝する。ただ、それらの神殿には戦神の神殿での訓練場所のような挑戦者向けの特別な施設は見られない。


 一通り北地区を見終わり一度拠点に戻る。空いている鍋を持ってハーミを迎えに戦神の神殿に向かう。さほど待つことなく、ハーミが出てきた。揃って今日と明日、二日分の食料の買い出しに向かった。


 飢えない程度の食材はすでに買い込んでいるが、ハーミはそれだけでは足りないと言う。せっかくなので旨いものを食べたいし、なにより昨日で酒を全て呑んでしまったので補充が必要だと強く主張した。さすがは食べるのが大好きなアルマーティーである。

 結果、揃っての買い出しとなったのだ。


 ハーミの案内で南地区に向かう。中心区画を抜けて行く。中央大神殿は多くの人で混雑し、建物の外にまで溢れている。いつもの挑戦者たちではなく、このパサルナーンの普通の住民たちが大半を占めるようだ。迷宮入口のある黒い建物は固く扉が閉ざされ、周囲には衛兵以外の人影は見られない。


 南地区では肉屋や八百屋で買い物をし、穀物店ではファルハルドが初めて見るものを購入した。ジャンダルは見たことも、口にしたこともあるらしい。

 このエランダールの南部や南方の国でよく食べられるベレンジュというやけに長細い穀物だ。茹でた時、少し独特の匂いが出るが麦とはまた違った味わいがあるそうだ。


 今夜の食事もその米を使った料理を購入し、持ってきた鍋に入れてもらう。羊の骨から煮出したつゆに炒めた米と羊肉、野菜を一緒に入れ、汁気がなくなるまで煮た料理だと言う。


 その料理を五人前、ハーミが三人前を食べるのでこの三人の分となる量を購入した。それ以外に、羊肉の串焼きと、羊肉と野菜の煮込み料理も購入する。これだけでもかなりの荷物だが、酒を買うのも忘れない。蜂蜜酒と葡萄酒をそれぞれ小樽で買って帰った。


 食事の用意ができる頃には米の料理はかなり冷めてしまっていた。そのまま食べても旨いと言うが、上から熱々に煮立たせた煮込み料理をかけてかき混ぜる。やはり料理は温かいほうが旨い。


 ファルハルドは初めて米というものを食べたが、かなり食べやすい。確かに鍋の蓋を開けた時は独特の匂いがしたが、口に入れてみればつゆや具材の香りのほうがよほど強く感じられた。


 どんな決まり事かはわからないが、今日の夕食には葡萄酒が出される。今朝のジャンダルの様子を思い出し、ファルハルドもジャンダルも控え目に水で割った葡萄酒を二杯だけ呑むに留めた。ハーミは水で割らずに、のままをがぶがぶと呑む。さすがに少し酔ったのか、ハーミはいつもより早く自分の部屋に下がった。




 ─ 4 ──────


 悪神の三日間の三日目、一年の最後の日。この日も空はどんよりと曇っている。

 この日は誰もかれもが戸締りをし、表を出歩いたりしない。信心深い者は家ではなく神殿で過ごすが、その場合は昨日の日暮れ前から神殿にこもるそうだ。


 ファルハルドは天気を確認する際窓から通りを見たが、歩いている者の姿はない。さすがに見回りをする衛兵はいるだろうが、その数も多くはない。


 ハーミは食事の時以外は自室で祈りを捧げる。ジャンダルは食事の用意をする時以外はごろごろして過ごすと言う。ファルハルドも掃除をし、装備の手入れをする以外には特にすることもない。


 城にいた頃には母を助け出したくて、常に自分を鍛え続けた。その後は気を抜くことは許されない逃走と闘争の日々。ジャンダルと出会ってからもパサルナーンを目指して旅をした。

 カルドバン村で悪獣との戦いで負った傷を癒やしていた時はのんびりと過ごしたと言えるが、それでも怪我の治療とラーメシュたちの手伝いと行うべきことがあった。

 そして、パサルナーンの街に着いてからは毎日迷宮に潜る日々。


 なにもすることがない時間は人生で初だった。初のなにもすることがない時間は耐えがたく、苦痛に感じられ落ち着かなかった。

 気分を変えようと窓を開け、外を眺める。冷たい風が入ってくる。パサルナーン高原周辺の山々には白く雪が積もっているが、この街では数日雪がちらつく程度で積もることはない。


 身を引き締めるには充分な冷たい風に当たり、ファルハルドの感覚はあるものをとらえる。どうするか、しばし考え込む。だが、急ぐことはない。窓を閉め、装備の手入れを再開した。


 朝食は昨日の残りを食べ、昼はジャンダルが小麦粉と大麦粉を混ぜたもので平焼きを作り、昨日買った肉や野菜を載せて食べた。

 夕食は昨日買ってきた料理に似た米料理をジャンダルが作る。ジャンダルが作ったものは骨を煮出したつゆは使わず、野菜と肉から取った汁を使う。具材も細かく刻んだ肉と野菜を多目に使用した。昨日のものとはまた違った風味だが、これはこれで旨かった。


 ハーミとジャンダルは昨日と同じく、山盛りの料理を競い合うようにもりもりと食べていく。

 だが、ファルハルドは昨日より少ない量しか摂らない。酒は全く口にしない。ジャンダルもハーミも気になったが、そもそもファルハルドは基本小食で酒を呑まない。二日続けて大食し、酒も呑んでさすがに胃が疲れたのかと考える。




 片付けも終わり、それぞれが自室に引き上げ寝静まった頃。

 ファルハルドは装備を身に着け、そっと闇に包まれた街中に出て行った。

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