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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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18. 年の終わり /その②



 ─ 2 ──────


 悪神の三日間の最初の日。偶然かもしれないが曇りとなり、日の光は弱かった。


「なんだか暗いな」

「この三日間はたいてい曇りになるんだよね」


 ジャンダルは軽くいて焦がした大麦に山羊の乳をかけたものを食べている。


 ファルハルドは言われて去年までがどうだったかを思い出そうとする。が、まるで思い出せない。

 母との思い出はありありと思い出せるが、それ以外の城での記憶は薄らいできている。


 同時に、最近はイルトゥーランからの追手への警戒も薄らいでいることに気が付いた。

 免罪特権があろうとも奴らが諦める訳がない。どんな手段を取ってくるか予想することは難しいが、可能な限り他人を巻き込まぬため油断なく気を引き締め直す。


 そうこうするうちに、ハーミが朝の祈りを済ませ姿を見せた。今日は普段よりも祈りの時間が長かった。



 朝食を摂りながら今日の予定を話し合う。ハーミはこの三日間は昼間は戦神の神殿で祈りを捧げると言う。


 ファルハルドには特に予定はない。迷宮に潜らないのであれば装備を修繕に出そうかとも考えたが、年末年始の六日間は職人たちも仕事を休む。パサルナーンは大きな街だけあり、今日明日も開いている店があるが、ほとんどの人たちはこの六日間は休日に充てるのだ。


 ならば魔術院を尋ねてみるかとも考えたが、これもあまり好ましくない。


 よく知った顔見知りが訪ねるなら話は別だが、この悪神の三日間に新たに訪ねてくる者は闇の怪物の影響を受けた者や不幸をもたらす者だという考えがある。そのため、この期間に新たに訪ねてきた者は警戒され嫌われる。

 元々排他的な場所を訪ねるにはこの期間は最も相応ふさわしくない。


 となると、ファルハルドには特に行うことはない。


 ジャンダルが普段は足を踏み入れることの少ない東地区や北地区を見に行かないかと誘う。普段行かない場所を訪ねていいのかとファルハルドが尋ねると、街中をぶらつくだけなら問題ないとの答えだった。


 迷宮と拠点を往復する毎日を送っていると、普段必要がない場所まではなかなか知る機会がない。冬至の日に家に籠って過ごすための買い出しもある。

 それに、この機会に街を見て回れば、戦神の神殿の訓練場所のように知らなかった役に立つ情報が手に入るかもしれない。


 特に予定のないファルハルドは荷物持ちも兼ねて共に出かけることにした。




 最初は戦神の神殿に向かうハーミと共に北地区に向かう。神殿は普段より多くの人が詰めかけていた。ハーミの話ではこの三日間はどこの神殿も似た様子だと言う。


 戦神の神殿でハーミと分かれ大通りを進んでいく。確かに北地区には神殿が多く見られるようだ。酒場の数は少し少な目で、武器店や防具店はほとんど見られない。

 もっとも今日は閉まっている店も多いので、普段はもう少し違った印象なのかもしれないが。


 酒場や食料品店など食べ物を扱う店は今日も開いている店が多いようだ。それ以外の店は大部分が閉まっている。店の看板からなんの店なのか一応わかる程度で、普段の通りの様子まではわからない。


 神殿の数は多いが、一つ一つの建物の大きさはさほど大きくない。建物全体でミフルの岩間よりも狭いところのほうが多いくらいだ。


 また小さな神像をまつり、屋根をいただけのささやかなほこらもそこかしこに見られる。


 西地区や南地区では大通りと太い路地が交わる十字路ぐらいにしか見られないが、この北地区ではよほどの細い路地でない限りほぼ全ての十字路に小さな祠がある。

 祠にはちょっとした供え物があったり、香が焚かれていたりする。


「随分、様子が違うな」

「本当だね。同じ街なのにこうも違うと不思議だね」


 二人にとっては物珍しいだけで、特に敬虔けいけんな気持ちにはならない。それでも農耕神の神殿を見かけたときは、せっかくなのでと他の人々と共に祈った。

 ついでに助衆に北地区に神殿や祠が多い理由を聞こうとしたが、かなり忙しそうだったので止めにした。


 込み合う酒場で昼食を済ませる。休日が続くためか、昼間から呑んでいる者たちもいる。頑丈な門や衛兵たちがいるとはいえ、力を増すという闇の怪物たちが襲ってくればどうするつもりなのか、少しばかり気に掛かる。



 昼食後は東地区に足を向ける。東地区は小さな建物が多いように見える。この場合の小さいと言うのは面積が狭いという意味で、建物の高さ自体は他の地区でもよく見かける四階建てが続く。


 これが他の地区ならば神殿がある場所は当然、それ以外でも広い工房や二階までしかない建物などもあり、高さの違う建物もよく見かけた。だが、東地区では中心区画の近くを除いたほとんどの場所で、一階が店舗の四階建ての建物ばかりが続いている。


 今日は閉まっている店舗が多く、人通りも少な目だ。

 歩いている人々はごく普通の人々だ。誰でも食事にも使うため、ナイフの一本ぐらいは持っているが、挑戦者たちのように街中でも剣を身に付けていたりはしない。

 なんとなくだが南地区よりは歩いている人々が穏やかそうに感じられる。


 食料品とハーミに頼まれた蜂蜜酒を小樽で購入する。流通が止まっているせいか、普段よりも値が上がっている。蜂蜜酒をもう一樽と柘榴アナール葡萄アングルの干し果物も購入した。


 東地区から南地区に真っ直ぐ向かおうとしたが、そうなると東地区と南地区の間の一部にある娼館通り、『万華通り』を通り抜けることになる。


 別に通り抜けても問題はないのだが、万一バーバクと顔を合わせでもすればすさまじく鬱陶うっとうしい。多少面倒だが、のんびりと大回りをして娼館通りを迂回し、南地区に向かった。


 南地区の大通りを外壁方向へ進み、オーリン親方の工房を訪ねた。

 オーリン親方の工房では最初に武器を安く融通してもらい、その後のジャンダルの武器の新調の際にも相談に乗ってもらった。礼を言葉では伝えているが、いい機会なので形で示そうと立ち寄ったのだ。


 訪ねてみると、工房は閉まっており誰もいなかった。見習いのカーリブ少年以外は上の階で暮らしている筈が、そちらに声を掛けても応答はない。

 隣の住人に尋ねれば、揃って神殿に出かけているがそろそろ帰ってくる時刻だと言う。急ぐ用事もないファルハルドたちはそのまま待つことにした。



 半刻ほどし、オーリンたちが帰ってきた。一家はオーリン親方とその妻エルファム、オーリンの母親のレビート、オーリンの子供であるファーリン、ハミード、モズデフの三兄妹だ。


「よう、あんたらどうした」


 オーリン親方がファルハルドたちに気付き、声を掛けてくる。


 オーリンの妻のエルファムとは一度顔を合わせたことがある。母親のレビートとは初対面だ。

 ファーリンとハミードとは店を訪ねる度に話をしている。モズデフとは武器組合で何度か顔を合わせているが、いつも裏方として仕事をしているので話をしたのは最初の一度きりだ。


 世話になった礼に蜂蜜酒を持ってきたことを伝えると殊の外喜んでくれた。

 ファルハルドたちはハーミに頼まれたついでに買ってきただけなのだが、なんでもこのパサルナーン地方では悪神の三日間は家族と蜂蜜酒を呑んで過ごす風習があるらしい。魔除けや神事と関わりがあるらしく、丁度贈り物に相応しかったようだ。


 蜂蜜酒以外に最初にきっかけを作ってくれたモズデフには干し果物も贈る。荷物持ちで持ち運んでいたファルハルドがそのまま手渡したが、なにやらモズデフは顔を赤くして、もごもご言っている。


 エランダールでは柘榴や葡萄の贈り物に子孫繁栄を願う意味もあるのだが、ファルハルドたちはその事を知らない。

 前に話した時となにか印象が違うなと思ったが、気にせず流した。オーリンたちはあいつ面食いだからな、と呆れているが、それも耳に入っていない。


 せっかくだから一緒に蜂蜜酒を呑んでいけと誘われたが、家族水入らずの邪魔をしては悪いからと断った。


 モズデフが信じられないと唖然としていたが、ファルハルドたちは礼だけを述べて立ち去った。

 オーリンたちはそんなモズデフを見て、揃って溜息をつく。




 拠点に帰ればハーミはまだ戻っていなかった。いつもなら夕食の準備をするところだが、今日はハーミが用意するので作らなくてよいと言われている。時間が空いたため、二人は装備の手入れをしながらのんびり話す。


 日が暮れる前にハーミは帰ってきた。大量の料理を持って。この辺りでは単に肉とだけ言えば、羊肉を指す。他によく食べられるのは山羊や鳥、街の周囲の湖で獲れた魚となる。

 ただし、寒いこの時期だけ豚肉が出回る。パサルナーン高原の人々にとって豚肉は冬を感じさせる季節の食材となる。


 ハーミが買ってきたのも豚肉料理だ。一口で食べられる大きさに刻んだ豚肉を調味料に漬け込み、充分に味が染み込んだところで串に刺し焼いたもの。店ごとに漬け込む調味料に独自の工夫があるため、色々な店から山盛り買ってきている。


 そして、もう一品。普段よく作る粥よりも多くの具材の入った豚肉と野菜の煮込み。豚骨と一緒に煮こんだ濃厚な味わいの一品だ。あとは小麦粉を練って焼いた平焼きも買い込んである。


「うっわー、豪勢だね」

「うむ。悪神の三日間は質素な食事で過ごすべし、という宗派もあるがな。戦神様に仕える身としては、苦難の時こそしっかりと食べ力をつけるべし、と考えるのだ。決して出かけておるバーバクへの腹いせに贅沢をしてやろうというのではないぞ」


 ハーミは茶目っ気たっぷりに笑う。


 ジャンダルはハーミの買ってきた食事を温め直し、ファルハルドは杯と皿、椀の用意をし、蜂蜜酒の栓を抜く。その間にハーミは自室でも再度、戦神への祈りを行う。ハーミが祈り終わり、食堂へ姿を見せれば準備は完了だ。

 ハーミの合図に合わせ、皆で祈りを捧げる。ファルハルドとジャンダルはいつもしているように祈りの文句に農耕神の名も加えた。


 その日の食事は楽しめた。ファルハルドも珍しく旨いと喜んだ。


 ハーミはいつも二人前をぺろりと平らげているが、この日は軽く三人前を食べ、したたかに呑んだ。単純に酒に強いのか、神官のたしなみなのか、酔っぱらいはしなかったが、ずっと機嫌良く笑っている。


 つられたように珍しくファルハルドも酒を呑む。ファルハルドも酒に強いのか、はたまた面に出にくいのか、酔っぱらいはしなかった。

 一人ジャンダルだけが、ハーミの呑む速さにつられ、呑み過ぎ酔い潰れた。

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