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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち

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17. 年の終わり /その①



 ─ 1 ──────


 ファルハルドたちがバーバクたちと迷宮に潜るようになってから三箇月。年の暮れが目前となったこの頃、二人はだいぶ迷宮内の戦いにも慣れてきた。

 もう少しジャンダルが武器を振るっての戦い方に慣れることができれば、二層目に挑戦してもよいかもしれないとの話も出ている。



 この三箇月間にファルハルドの装備は少しだけ変わった。


 まず、盾が木人形から採れた木材を使ったものに替わった。結局、ハーミの予備の盾は一月の間借りたままであった。その間、借りた盾が割れることは一度もなかった。

 新しい盾はハーミの予備の盾ほど丈夫ではないが、それでも四度五度の戦闘ぐらいでは壊れることなく、最初のものに比べればかなりの安心感がある。


 その他、革手袋と革靴をバーバクたちと同じ、一部に鋼の板を張り付けた長手袋と深靴に替えた。



 ジャンダルも盾を木人形の木材を使ったものに替え、長手袋と深靴にも替えた。


 そして、ジャンダルは武器も新しくした。それまで使っていたすいから、ハーミと同じ鉄球鎖棍棒に変えたのだ。


 これは柄の部分と鉄球が鎖でつながっており、振れば鉄の塊である鉄球が遠心力に乗って勢いよく振られる。上手く当てさえすれば、非力なジャンダルでも強力な一撃を与えることができるという訳だ。

 その分扱いは簡単ではないが、そこは『器用さ優れるエルメスタ』らしくわずか数日の訓練で使いこなせるようになった。


 また、腰の後ろに大振りのナイフを一本差し、その他に左右に三本ずつ、胴鎧の脇腹部分に計六本の投げナイフも備え付けている。


 投げナイフはナイフとは言うが、一般的なナイフとは重心位置や切れ味が異なる。あくまで投げ、刺すことに適した特殊な造りのナイフだ。


 当然、怪物相手に投げた時に欠けたり折れたりすることがある。どんどん使い捨てられるだけの金銭的余裕はなく、まだまだ飛礫つぶてを打つことのほうが多いが、いざというときに使い何度か窮地を脱したことがある。



 そして今、ファルハルドたちは猿の泥人形との戦闘中だ。


 ジャンダルは泥人形の攻撃を盾で防ぎ、遠心力を乗せた鉄球の一撃で頭を叩き潰す。


 この数箇月でジャンダルは近づく敵を飛礫で牽制し、あるいは体勢を崩し、すかさず近づき鉄球の一撃で倒す。

 近づかせると危ない強力な敵や鉄球で倒しきれない敵は、投げナイフや飛礫の雨で押しきるという戦い方を確立した。


 一方、ファルハルドの戦い方は大きくは変わっていない。


 敵の動きをよく見てかわし、躱しきれない分だけを盾で受け、敵の急所や弱い部位を的確に攻める。


 集中力を維持し、常に見、常に考えることこそファルハルドの戦い方だ。最初の頃に比べると敵の動きを覚えたことと盾の扱いに慣れたことが一番の違いだ。


 今では二人とも一層目に出る怪物であれば、一人で二体同時に相手取ることができる。それでも三体同時に相手取ることはまだ難しい。


 これが二層目になると、敵の種類はあまり変わらずとも全体的に少し手強くなり、一度に現れる敵の数が多くなると言う。バーバクとハーミがいるので今すぐ二層目に進んでも問題はないが、もう少し実力をつけてから進む予定だ。



「そうは言っても二人ともかなり早いぞ。たいていの奴はそれだけ戦えるようになる前に死んでしまうし、なれるとしても一年は掛かるからな。俺たちも二層目に初挑戦したのは一年経ってからだったぞ」


「いやいやいやいや、それは先達のお二人の助力あってこそだから。おいらたちだけじゃ、たぶん今頃死んでたよね」

「ああ、その通りだ。毒霧や数多くの怪物が現れたときに俺たちだけでは対処できなかった。それに、丈夫な盾を貸してもらえたことも大きいな」


「そうそう、今があるのは二人と知り合えたお陰だね」

「はっはっ。嬉しいことを言ってくれるな」

「戦神様のお導きだの」


 バーバクは破顔し、ハーミも嬉しそうに応える。



「あとは魔術師がいればもう一段変わるんだがな」


 この発言にファルハルドは思い出す。


「そう言えば魔術院だったか。結局まだ訪ねていないな」

「ああ、そうだね。年が明けたら時間を見つけて行ってみようか」


「なんだ、二人とも魔術院のことは知ってたのか。ただなぁ。あそこは俺たちも何度か訪ねたんだが、呼びかけようが門を叩こうが返事一つないんだよな」


 バーバクとハーミは顔を見合わせ、肩を落とす。



「なんにしても、今日はもう切り上げて地上に戻るぞ」

「あれ? なんか早くない」


「それはそうだ。明日から『悪神の三日間』ではないか。準備をせねばな」

「ああ、そっかー」



 納得した様子のジャンダルを見ながら、ファルハルドはぽつりと尋ねる。


「悪神の三日間とはなんだ」


 この質問に一同仰天した。


「いやいやいやいや。兄さん、それ本気。さすがにそれはないでしょ」

「そう、なのか」


「イシュフールの暦は違うのかな。いや、そんな訳ないでしょ」

「その辺りは戻ってからじっくり説明すればいいだろ。なんにしても戻るぞ」




 地上に戻ればちょうど六の刻になる頃だった。神殿で魔力を捧げ、組合で換金を済ませてから拠点に戻る。それぞれの装備の手入れと片付けを済まし、二階の食堂に集まった。


「それで、ファルハルドは本当に悪神の三日間を聞いたことがないのか」


 木の実片手に香草茶をすすりながら、ハーミが尋ねる。


「初耳だ」

「おっと。一応聞くんだけど、一年が何日あるかは知ってるよね」


 少し考え、三百六日だろ、と答える。


「そうそう。一月が三十日の十箇月間。それ以外に一年の始まりが『光の神々の三日間』。で、一年の終わりが『悪神の三日間』ね。これで併せて三百六日でしょ。兄さんの言う三百六日はどんな計算なの」

「そうだったのか。てっきり一の月と十の月だけ三十三日まであるのかと思っていた」


「わおー。城……、はどうだかよくわかんないけど、兄さんのお母さんどう数えていたんだろ。ちょっと気になるね」

「さて、どうだったか。そう言えば、ちゃんと聞いたことないな」


「では、一通り暦の説明をするかの。もっとも最近は月や日の呼び方も崩れてきとるがな」



 ハーミが説明を行う。


 一年の最初の三日間を『光の神々の三日間』、一年の最後の三日間を『悪神の三日間』と呼ぶ。地方や信仰形態の違いによって、三日間のそれぞれの日を違った個別の呼び名で呼ぶ者もいるが、『光の神々の三日間』、『悪神の三日間』の名称は共通でどこでも通じる。


 『光の神々の三日間』は光の神々の祝福が強まる期間で、この間に新年の祝いや成人の祝いが行われる。逆に『悪神の三日間』は闇の怪物たちの力が強まる期間で、危険を避けるため人々は外を出歩かず家や神殿で過ごす。


「このパサルナーンでも悪神の三日間は迷宮の入口が封鎖される。街の門も閉じられ、出入りができなくなるぞ。まあ、街中は自由に動けるがな」


「おいらたちエルメスタで言うと、停泊地や旅先の村々に泊まって移動はしないね。よっぽど訳ありの人以外は旅人の姿も完全に消えるんだよ」



「悪神の三日間の最後の日、つまり一年の最後の日は最も日が短くなる冬至の日じゃな。この日ばかりはパサルナーンの街中でもほとんど人通りがなくなる。あとは月や日の呼び名だが……」


 本来、月や日は十大神の名を冠して呼ばれる。一年の最初の月を『真実ハキィークァの月』と呼び、同じように十箇月全てがそれぞれの神の名で呼ばれる。

 日に関しては三十日を十日ごとにかみなかしもに分け、たとえば月の始まりの日を『かみ真実ハキィークァの日』、月の終わりの日を『しもティシュタルの日』というように呼ぶ。


 ただし、月日を神の名で呼ぶのは今となっては少しばかり古風な呼び方となる。近年は神の名ではなく数字で呼ぶ呼び方が広がっている。

 『真実ハキィークァの月』を『一の月』、『しもティシュタルの日』を『三十日』といったように。


 付け加えるなら、同様に時刻もまた、昔は『ヴァードの刻』などと十大神の名で呼んでいたのが、今では『二の刻』といったように数字による呼び方が一般的になっている。


「これも時代の流れだの。それでも神殿関係者と話すときは昔からの神々の名で呼んだほうが良いがな」



 ファルハルドが深々と息を吐く。


「十大神というのは生活のいろいろな場面に関わっているんだな」

「無論だ。十大神こそ、この世界の根本を司る神々だからの」


「ひょっとして、兄さん、十大神についても……」

「名前は知ってるぞ」


「そっかー。おいらも名前ぐらいしか知らないね」

「俺もそうだな。あれだよな、迷宮内の休息所にあるのは十大神の神像だよな」


「まったく、お主らは」


 呆れた顔をしながら、ハーミが十大神とその他の光の神々についても簡単に説明する。詳しく説明してもこの者たちの頭には絶対に入らないと見抜いているからだ。



 十大神とは世界の全てを創造した偉大なる『万物の母(スプンタ・マンユ)』 が直接御創りになられた十の神々のことだ。世界の五つの要素を司る『ヴァード』、『金属フェレズ』、『アータル』、『セダ』、『ティシュタル』と、五つの概念を司る『真実ハキィークァ』、『公平エンサーフ』、『協調モサーラカト』、『向上ピサラヴィ』、『約束ミフル』の十柱の神々で、『最初の神々』とも呼ばれる。


 その十大神の働きから産まれたのが『新たなる神々』と呼ばれる数多あまたの神々で、ハーミが仕えるパルラ・エル・アータルもそのうちの一柱だ。

 新たなる神々はその名に自らを産み出した十大神の名を含み、たとえばパルラ・エル・アータルは火の神(アータル)の作用によって産まれた神であることを示している。


 そして、全てを創造した『万物の母』と、人間を創造した『始まりの人間(ガヨー・ファールス)』は他の神々とは別扱いとされる。



「遥か太古は十大神への信仰が盛んだったそうだが、今は新たなる神々への信仰のほうが盛んだの。今でも新年の祝いや国が行う祭事では十大神への祈りが中心になるがな」


「ま、とにかく明日から六日間は迷宮に潜らずのんびり過ごす訳だ。つっても新年の祝いは馬鹿騒ぎして過ごすから、静かに過ごすのは明日からの三日間だけだな」



 バーバクがいい笑顔で話を締めた。一同が笑うなか、ファルハルドは少し考え込んでいる。


「ん、兄さん、どうしたの」

「いや、なに。年が変わるのだと思ってな。モラードたちにまた会いに行くと言って、まだ会いに行ってないことを思い出しただけだ」


「あー、そうだね。山を越えればすぐだけど、今はもうイルマク山には雪が積もってるよね。ゼメスターンの移動は危険も多いから、バハールになったら一度顔を出しに行こうか」


 この会話を聞き、バーバクは小指を立てにやりと笑う。


「なんだ、お前ら、い人に会いに行く相談か。そうか、そうか。ちゃんと相手がいたんだな。若いくせに、来る日も来る日も迷宮に潜るだけで娼館にも行こうともしないんで心配してたんだぜ」


 ジャンダルとハーミはこいつ、なに言ってやがるという顔をし、ファルハルドはなんのことだという顔をする。


「おっさん。今は少しでも金を溜めていい装備に替えていかないと命に関わるの。おいらたち、んなもんに金を使ってる場合じゃないんだよね」

「そうじゃ。通うなとは言わんが、月に四度も五度も入り浸りおって。あまり感心はせんの」


「馬鹿野郎。明日をも知れぬ身に一時の慰めを求めてなにが悪い。という訳で、俺は今夜から年が明けるまで戻らないからな。よろしく」


 やれやれとハーミが首を振るなか、バーバクは鼻歌を歌いながら出て行った。


「まあ、あやつが死にかけたときには馴染みの娘は本気で心配をしておった。単なる客と商売女の関係でもないんだろうがな」


 この日はファルハルドたちも連れ立ってハーミと一緒に酒場に出かけた。

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