16. 挑戦者たちの行く先 /その②
─ 2 ──────
一行は迷宮内を進んでいく。バーバクを先頭にダハー、ハーミ、ファルハルド、ジャンダルの順に進む。
虎と狼の石人形が一体ずつ、猿の木人形が一体現れる。虎の石人形は狼の石人形よりも二回りは大きく、力も強く耐久力も高い。
だが、バーバクは危なげなく倒す。五層目に潜っていただけあり、本調子ではなくともこの階層の敵に手古摺ることはない。
狼の石人形はダハーが、猿の木人形はファルハルドが倒す。ハーミとジャンダルはいつでも援護できるよう備えていたが、その必要はなかった。
その後は二度戦う。バーバクは戦いのあと、それぞれの戦い方で気が付いた点を助言していく。助言はやはり戦い方の似ているダハー相手が多くなる。
一行が通路の角を曲がれば、なにやら通路内がそれまでよりも暗く見えた。戸惑うファルハルドたちと違い、バーバクたちは素早く反応する。
「包み込む毒霧だ。皆下がれ」
バーバクの声に合わせ皆が下がるなか、ただ一人ハーミだけが前に出る。文言を唱え、光壁を出現させる。その速度はラーティフとは比べものとならず、現われた光壁はクーヒャールたちと同じぐらい力強かった。
バーバクが掌に握りこめる程度の大きさの、陶器の小瓶を光壁の手前に置く。ハーミは光壁を動かし、陶器の小瓶を光壁の向こう側、毒霧たちと同じ側に入るようにした。
手に持つ鉄球鎖棍棒を両手で捧げるように持ち祈る。
「我は闇の侵攻に抗う者なり。抗う戦神パルラ・エル・アータルに希う。人々を侵す毒霧を押し潰し、固め、閉じ込め給え」
ハーミの文言と共に光壁が毒霧を包み込み、縮まっていく。毒霧が消え、唯一残る小瓶にバーバクが手早く栓をした。
「よし。やっぱり魔法を使える者は必要だな」
バーバクは小瓶を拾い上げ、腰袋に入れながら機嫌良く話す。
「ふん。お主、儂を便利な道具扱いしておらんか」
「なに言ってる。神々の御威光に感謝してるんだよ」
「馬鹿者。全く思っておらんくせに、軽々しく神々のことを口にするでない」
「いやいや、感謝してるのは本当だぞ」
ハーミは表情だけはむすっとしているが、特に気分を害した様子はない。長年繰り返している戯れ合いなのだろう。
「あと、一、二度戦ったら今日は切り上げるか」
その後も危なげなく戦い、地上に戻る。その日の稼ぎは大銅貨四枚ほどになった。ただし、毒霧を固めたものはもっと数が集まってから、後日まとめて調薬組合に持ち込むのだと言う。
「あれ? 魔導具組合じゃないんだ」
「ああ、こいつは錯乱毒の毒霧だからな。魔導具組合じゃ引き取ってないんだ」
得られた報酬は五人で均等に分ける。ダハーはそこから治療費を払おうとしたが、バーバクは治ってからでいいと受け取らなかった。
ファルハルドはハーミから貸してもらっている盾の表面を指で弾きながら言う。
「しかし、この盾は丈夫だな。安心感がまるで違う」
「悪獣の革と木人形の木材を張り合わせた注文品だ。木材部分には複数の怪物から採れた素材を染み込ませておるそうじゃ。多少は値は張るが、先に進んでいくにはそれぐらいは必要だの」
「へえー、値が張るってのはどのくらいなの」
「確か大銅貨二十枚だったか」
「うっわ、高っ」
ジャンダルもファルハルドもぎょっとする。
「なに、急いで手に入れる必要もない。装備は無理せず、ゆっくりと充実させていけばよいのだ。急ぐことが正しいとは限らん」
ヴァルカたちに治癒の祈りを唱え、薬を塗り直したあとは、バーバクたちは酒場に繰り出し、ジャンダルたちは夕食の準備をする。
ヴァルカたちもダハーがバーバクたちと潜った感想が気になるようだったので、ヴァルカたちを寝かせている部屋の床に座り皆で食事を摂る。
ダハーは同じ斧使いとしてバーバクから学ぶことが多いようで興奮気味に話をする。ラーティフはやはりハーミの法術が気になるようだった。ハーミの法術の強さを聞くと少し落ち込んだ。
「馬鹿野郎。戦神に仕える者が戦闘向けの法術を得意とするのは当たり前じゃねぇか。比べてどうすんだ」
と、慰めるヴァルカの言葉もあまり耳に入っていない。皆はラーティフの様子が気になった。
─ 3 ──────
それから五日経ち、ヴァルカたちは立ち上がれる状態まで回復した。まだ激しい動きや長時間立ち続けるのは無理だが、一応安心できる状態にはなった。ヴァルカとラーティフがジャンダルに代わって食事の用意をする。
さらに三日経ち、支障なく歩き回れるまでに回復した。改めてヴァルカたちがこれからどうするのかを話し合う。
「治療費ですが」
「こ、これ」
ダハーがこの十日程で稼いだ銅貨を差し出す。が、バーバクは受け取らない。
「金なら最初に受け取っている。それは不要だ」
「いや、しかし。最初にお渡ししたのは大銅貨三枚と聞いています。全く足りません」
バーバクは面倒くさそうに大きな溜息をつき、がしがしと乱暴に頭を掻いた。
「俺もこの間まで大怪我をしていたからな。怪我人から巻き上げる気にはなれんな」
「しかし……」
「いいんだよ。それより、お前らこれからどうする。どうだ、一緒に潜らないか。ダハーもなかなか見込みがある。新しい仲間が得られるとありがたい」
「それなんですが……」
ラーティフとヴァルカは目を伏せる。
二人の怪我は治り、日常生活を送る分には支障はない。
しかし、踏ん張る力が弱くなってしまっている。全く戦えない訳ではないが、これから先、より強力になっていく怪物たちと戦っていくのは厳しいものがある。
二人は迷宮への挑戦を諦め、故郷に戻るつもりだと話す。ヴァルカは畑を耕し、ラーティフは在村神官として地域の相談役や祭祀を執り行って暮らしていくそうだ。
そして、故郷から三人連れ立ってパサルナーンにやって来たが、ダハーはこのままパサルナーンに残ってもよいのではないかとも言う。
これにはダハーが反発した。ダハーがパサルナーンにやって来たのはヴァルカに誘われたから。二人がいないのであればこの街に居続ける理由はない。
三人はエランダールの西部、闇の領域との前線近くの村の出身だ。度々闇の怪物に襲われ、戦う機会は多かった。同じ怪物たちと戦うのならば、パサルナーンで一旗揚げてやろうとヴァルカが友人を誘い、やって来たのだ。
だが、ダハーには街での暮らしは合わなかった。多くの建物や見知らぬ多くの人々に囲まれ、気疲れをする毎日。内心、街に出て来たことをずっと後悔していた。
故郷の暮らしも楽ではないが、二人が帰るのであれば、当然自分も帰ると答える。
「そうか、無理強いはしない。帰れる故郷があるなら帰るべきだろう」
少し寂しそうにバーバクが言う。
「そうだの。神聖な役割とは言うが、ほとんどの迷宮挑戦者の末路は悲惨なものだ。決して人に勧められるものではない。
しかし、西部は遠い。戻るならもう何日か療養したほうがよかろうて。その間にダハーは潜って旅費を稼げばよい。一層目ならなにが出ようとも儂らが大怪我はさせん。安心せよ」
三人は揃って頭を下げた。
それからヴァルカたちは怪我の療養と旅の準備におよそ十日ほどを拠点で過ごした。
ヴァルカたちも故郷の村からパサルナーンの街までの旅の経験はあったが、生涯旅をして過ごすエルメスタであるジャンダルの経験には遠く及ばない。ジャンダルからいろいろと役に立つことを教えられた。
ラーティフはよくハーミと神学上の議論をしていた。他の者たちにとっては全く理解できない話だったが、二人にとってはかなり有意義な議論となった。
ダハーは率先して迷宮に潜り、多くの銅貨を得た。
ヴァルカとラーティフは武器と盾を迫る溶岩に襲われた時になくしていた。礼と餞別を兼ねて、残った兜と鎧をファルハルドたちに譲った。ファルハルドには丁度良かったが、残念ながらジャンダルが身に着けるには鎧は少し大き過ぎた。
ヴァルカたちに話し、それまで使っていた兜を下取りに出し、その代金とこの十日ほどで稼いだ金を使って譲られた革鎧を仕立て直した。
ファルハルドたちは鎧を手に入れ、兜は良いものに替わったが、これでまたファルハルドが木人形の素材を使った自分の盾を手に入れるのは遠のいた。もうしばらくはハーミの予備の盾を借りたままになる。
そして、中秋の早朝。朝靄の立つなか、ヴァルカたちは出発した。一同は揃って外壁の門まで見送った。
隣国のアルシャクスやこのエランダールの昨年の収穫は厳しかった。今年はまずまず、例年通りの収穫であったらしい。ヴァルカたちの故郷の村では手に入らなかった作物の種も入手した。今なら故郷の村に受け入れてもらえるだろう。
三人は何度も礼を言いながら旅立っていった。
次話、「年の終わり」に続く。




