15. 挑戦者たちの行く先 /その①
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バーバクたちの拠点での初めての朝、ファルハルドたちは昨日の出来事から身体が重かった。
その点バーバクたちは歴戦の迷宮挑戦者だけあり、目覚めると同時に心身はいつでも戦える状態にある。
もちろん今すぐに戦う理由はない。急ぐことなくゆっくりと朝食を摂る。朝食後、ハーミがヴァルカたちに治癒の法術をかけ、ジャンダルが薬を塗り直し包帯を交換していく。
ファルハルドたちはそのあとすぐに迷宮に向かうつもりであったが、バーバクがその前に腕を確認したいと言う。
ダハーもファルハルドたちも知らなかったが、中心区画のすぐ外、内壁に寄り添うように、というよりも内壁と一体化している戦神を祀る神殿で、戦闘訓練を行う場所を借りることができるという話だ。
大銅貨一枚を寄進すれば利用できるその場所で、各自の腕前の確認と連携の組み立てを行い、それから迷宮に向かうという提案に異論は出なかった。
各自装備を身に着け、揃って戦神の神殿に向かう。戦神の神殿は北地区にある。
パサルナーンでの暮らしが長いバーバクたちによれば、街の造りは区画ごとに一定の傾向がある。
中心区画やその周辺に挑戦者向けの施設が多く、北地区には各種神殿、南地区には鍛冶工房を中心とした職人たちの工房、西地区には魔導具店などが多い。残る東地区には挑戦者たちとは直接の関係はない、普通の街の住民たちの家や一般的な市場がある。
もっともあくまでも自然に集まってそうなっているだけなので、厳密に分かれている訳ではない。どちらかと言えばという程度の傾向だ。
「挑戦者向けの施設は中心区画に集まってると言っても、中心区画近くの宿屋や酒場は高いからな。迷宮に潜り始めた頃はどうしても外壁に近いところを利用するようになるよな」
確かにファルハルドたちも中心区画近くの宿屋に泊まったことはない。とはいえ、外壁近くに泊まったこともないのだが。
だが外壁から中心区画までなら、まっすぐ大通りを歩いて一刻足らず。半分の距離ですむ位置だとしても、実際問題として重い装備を身に着け毎日往復するのは辛いものがある。
その意味でも、中心区画に近いバーバクたちの拠点を使わせてもらえるのはありがたい。
ハーミを先頭に戦神の神殿に入る。抗う戦神の神官であるハーミは当然として、挑戦者歴の長いバーバクも神殿の者たちと顔見知りなのか、あちらこちらから声が掛けられる。
この神殿内にも神官と助衆、挑戦者たちの姿がある。中央大神殿のミフルの岩間と比べると助衆の数は四分の一ほど、挑戦者は十分の一ほどだろうか。
この神殿内で見かける挑戦者たちは皆腕が立つように見える。それどころか神官や助衆もかなり戦えるように見える。さすがは戦神の神殿といったところか。
バーバクは助衆の一人に話しかけ、訓練するための場所の貸し出しを頼んだ。
助衆に案内された場所はなかなかの広さがある場所だった。他に二組の挑戦者たちがおり、全体を四つに区切ったうちの一つの区画をそれぞれが借りて利用している。
また場所だけでなく、頼めば訓練場内で利用する武器を借りることもできるという話だ。ファルハルドとジャンダルは、先々金銭的な余裕ができればいろいろな武器を実際に試してみようと話し合う。
「さて、始めるか。誰から始める」
バーバクが斧と盾を構えて声を掛ける。手にする武器は斧だが、ダハーの使っているものとはだいぶ形が違う。斧は柄の長さに比べて刃の部分が上下に長い。斧の刃は中央以外に刃の下部分で柄と繋がっている。
防具も立派だ。盾はダハーのものと似ているが、もっと良い素材が使われているように見える。兜は鉢部分だけではなく、鼻を守るための鼻当てがついている。さらに首を守るための鎖帷子もつけられている。
鎧は腕は肘まで、下は太腿の途中までを覆う緻密に編まれた鎖帷子だ。手足には一部に鋼の板を張り付けた長手袋と深靴を身に着けている。
ハーミもほぼ同じ防具だ。ただし、盾の大きさはファルハルドたちと同程度、他に鎧の上に神官服をまとっている。手に持つ武器は棒の先に鉄球を鎖で繋いだものだ。
「よ、よし。お、俺が行く」
「よし、来い」
ダハーが進み出る。作法なのか単なる癖なのか、バーバクは始まりの合図に自らが持つ斧で自分の盾を叩く。
ダハーとバーバクの戦い方は似ている。あまり移動はせず、敵の攻撃は足を踏ん張り盾でしっかりと受け止める。移動を制限した敵を重い斧で防御ごと断つ。力と身体の頑丈さ、さらに盾の丈夫さが重要になる戦い方だ。
無駄に盾を消耗させないよう互いに力の加減をしているが、主に体格の差によりダハーが押されている。
また、戦い方が似ていると言っても、やはり技量には明確な差がある。
バーバクは攻撃を受け止める際の位置や角度の工夫で衝撃を減らし、相手が力を籠めにくいように持っていく。斧を振るう際も、ダハーより大きく重い斧をダハーより素早く振るい、力の乗せ方も巧みだ。
バーバクが盾でダハーの斧を弾き落とさせたところで終了となった。
「思ったよりやるな。斧も盾も充分に使いこなしている」
「ありがとうございます。凄く巧みで驚きました」
ダハーは気持ちが昂ると吃ることなく喋れるのか、顔を輝かせすらすらと応えた。
「よし、次はどちらだ」
「俺だ」
ファルハルドが応える。鞭と小剣、どちらを使うか少し迷ったが今回は鞭を手に取る。
バーバクは斧と盾を手に持ち、どっしりと待ち構える。ファルハルドは距離を置き、様子を窺いながらゆっくりとバーバクを中心に右回りに周囲を回る。
周囲を回るファルハルドを追いかけ、バーバクが足を踏み変える。その瞬間に合わせ、ファルハルドは一気に距離を詰めた。
だが、ファルハルドの繰り出す突きをバーバクは難なく盾で受け止めた。
と、見えたその瞬間、ファルハルドは膝を曲げ突きの軌道を変える。
バーバクはその動きにも余裕を持って対応した。
盾の縁で押し、ファルハルドの鞭を逸らす。ファルハルドの突きはバーバクの腰を掠めただけだった。
突きを繰り出し、伸びきったファルハルドの身体の上にバーバクの斧が振り下ろされる。
ファルハルドは身体を捻り、盾で受け止める。衝撃までは受け止められず、蹌踉めき地面に尻をついた。
再度の斧の一撃が振り下ろされるが、素早く地面を転がり避けた。
すっくと立ち上がるファルハルドに、バーバクは次はこっちから行くぞと声を掛ける。
バーバクは前に出る。その動きは速い。無造作に斧を振るう。ファルハルドはその一撃を受け止めきれないと判断し、上体を逸らし避けた。
ファルハルドは攻撃を繰り出そうとするが、バーバクの振り戻す横薙ぎのほうが早い。ファルハルドは後ろに跳び、躱す。
バーバクは逃さない。追いつき、斧を振るう。
ファルハルドは回避が間に合わず、盾で受ける。衝撃を受けきれず、たたらを踏み数歩後ろに下がった。
止めとばかりに斧が振るわれる。
ファルハルドは再度盾で受けるが、わざと衝撃を利用し後ろに飛ばされ距離を取る。
この一撃で、ファルハルドの盾は割れた。同じ箇所で受ければ受けきれない。どうするか。
積極的に前に出る。
ファルハルドは再度距離を詰め、突きを繰り出す。
バーバクは盾で受けようとはせず、斧で迎え撃つ。
ファルハルドはこの攻撃を予想していたのか、急停止。一歩後退し避ける。振り下ろされた斧の柄に上から足をかけ、斧の刃を地面に押し込んだ。
おおっ、と声を上げるバーバクの兜を、ファルハルドは軽くこつんと叩いた。
「はっはっはっ、やるな。見事」
バーバクは上機嫌に笑っている。ハーミやジャンダルも満足そうに笑っている。ダハーは驚き、あんぐりと口を開けている。
しばらく笑い、不意にバーバクは笑いを納め、顔を引き締める。
「だが、狭い迷宮の中で思うように動くのは難しいぞ。巨人の出てくる五層目まで進めばかなり広くなるんだがな」
「ああ、わかっている。単純に力負けすることも問題だ」
「まあ、そこらへんは鍛えていくしかないな。あとは敵の癖を覚えたり、急所を狙うことくらいか」
「一つ気になったんだが、あんた、まだ傷が治りきっていないのか。少し動きがおかしかった」
「お、気付かれたか。まあ、怪我自体は治ったんだが、なんせ死にかけて半年も寝たきりで過ごした大怪我だったからな。右足を引き摺る癖がついてな。
それと右腕が持ち上げにくくなったな。こう、少し肩の動きが引っかかる感じだ。上げられない訳じゃないんだが、肩より上に上げようとすると一拍遅れるんだよな」
「うへー、そんな大怪我だったの。よく復帰できたね」
「そこは優秀な神官様のお陰だな。それにこのままじゃ終われないしな。さて、じゃあ最後はジャンダルか」
ジャンダルの攻撃はあっさりと受け止められ、一撃で吹っ飛ばされた。
「おい、大丈夫か」
「あいちち、大丈夫、大丈夫」
「これは厳しそうだのう」
「おいら、こっちが得意なんだよね」
ジャンダルは腰の袋から飛礫を取り出し、素早く壁に向かって打つ。
「おおー」
「投げナイフとあとは鎖で絡め捕るようにしたいんだけど、ちょっと懐が寂しくてね。今はまだ飛礫打ちが中心。鎖はこの一本だけ」
腰に巻いてある鎖を指差しながら言う。
「面白い。戦い方の幅が広がるな」
「うむ。とはいえ、もう少し錘の使い方も覚えねばの。今のままでは敵に近寄られたときに危険だの」
ジャンダルは今後、ハーミから武器の使い方を教えてもらうことになった。ファルハルドは割れた盾の代わりにハーミの予備の盾を貸してもらう。
一行は昼食を摂ってから迷宮に向かうことにした。