14. 新たな仲間 /その③
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男性の言う拠点は中心区画からほど近い西地区の裏通りにあった。この街ではよくある一階が店舗になった四階建ての建物だ。
ヴァルカたちを二階に寝かせ、男性は仲間の神官を探しに出かけた。取り敢えず、ジャンダルが手持ちの傷薬を塗っていく。二人の意識はまだ戻らないため、痛み止めを水に溶かし口に少しずつ注ぎ飲ませる。
ダハーはそのまま二人についているというので、その間にファルハルドが換金素材を組合に持ち込み、少しでも治療費を工面することにした。
武器組合と防具組合を回り、粘液の青い核石を除いた半日分の素材で大銅貨三枚になった。魔導具組合は離れた位置にあるので、ファルハルドは一旦二人を寝かせている建物に戻る。
ダハーに換金で得られた銅貨をそのまま渡す。ダハーはファルハルドたちに取り分を渡そうとしたが、それは断った。
仲間の神官を探しに行った男性はまだ戻ってこない。ヴァルカたちの様子に変わりはない。すぐにできることもないので、ジャンダルも魔導具組合に向かうファルハルドに付いて行く。
「おおー、いい金額になるねー」
魔導具組合では粘液の青い核石が一つで大銅貨一枚になった。その銅貨を使い、ジャンダルは火傷に効く軟膏の材料と清潔な布を購入する。
拠点の建物に帰れば、さっきまではいなかった見知らぬ年配の神官の姿があった。
その祈る姿は堂に入っている。
ヴァルカとラーティフの真っ赤な肉が剥き出しになり、血と膿の混ざった体液を流していた足先が落ち着きを取り戻す。完全再生はできていないが、それでも大量に流れていた体液はじんわりと滲み出す程度になった。
ジャンダルが手早く材料を混ぜ合わせ、軟膏を塗り清潔な布で包む。まだまだ痛みは続き、触れれば激痛が走るが先ほどまでのただちに気を失うほどの痛みではなくなった。
しばらくして、二人は気が付いた。ダハーとジャンダルから助けてもらった経緯を説明すれば、二人は起き上がり礼を述べようとする。が、男性と神官はそのままでいいと止めた。
「危険なところを助けてもらい、その上治療までしてもらい済みません。お二人は命の恩人だ。ありがとう」
「このお礼は改めていたしますので、今は礼の言葉を述べさせて下さい。本当にありがとうございます」
「いや、いい。たまたま縁があっただけだ」
男性は少し不機嫌そうに言う。年配の神官も気にしなくていいと言う。
「儂らは一年前に迷宮で共に潜っていた仲間をなくしてなあ。だからといって人助けをして回っている訳ではないが、たまたま助けられる位置にいたから助けた。それだけじゃよ。歩けるようになるまで何日でも休まれればよい」
ヴァルカたちは再びの礼の言葉と共に名を名乗る。ファルハルドたちも続けて名乗った。名前を聞き、年配の神官がなるほどと頷く。
「ん? なにが」
「なに。こやつの名もヴァルカでの。確かに縁があるものだと思っただけだ」
年配の神官は隣に立つ男性を指差し、答える。男性はウルスのヴァルカ族、バーバクと名乗る。
今まで気が動転していたのか、ファルハルドは目に映っていても、バーバクの赤い髪に気が付いていなかった。気が付けば確かにバーバクは髪と瞳が赤く、恵まれた体格をしている。これは『力抜きん出たウルス』の典型的な特徴だ。
そう気付いてみれば年配の神官も髪こそ剃っているが、茶色い瞳に樽のように丸い体形、さらにファルハルドの肩よりわずかに高いだけの身長と、『信仰篤きアルマーティー』の特徴を持っている。
これだけ目立つ特徴にさっきまで気付かなかったことに不思議を覚える。
「儂は抗う戦神パルラ・エル・アータル様にお仕えする、ハーミと申す。よろしくの」
ファルハルドたちが返事をしようとすると、その前にバーバクが口を開き割って入った。
「そのおっさんはアルマーティーのくせに戦神に仕える変わり者だ。よろしくなんてしなくていいぞ」
「馬鹿者。神々への信心に変わりも優劣もない。皆等しく尊いのだ」
「信心については言ってない。あんたが変わってる、って言ってるだけだ」
言い合う二人を余所に、ファルハルドはこっそりとジャンダルに尋ねる。
「アルマーティーで戦神に仕えるのは珍しいのか」
「あー、たぶん。アルマーティーの人たちって信心深い人たちが多いけど、なにより食べるのが大好きで農村とかで素朴な生活をしてる人たちだから、農耕神を信仰する人が多いんじゃないかな。
あとは牧畜神とか、雨の神とか。少なくともおいらは、アルマーティーで戦神に仕える人には初めて会ったよ」
「だよな。ほらみろ。そっちの人も言ってるじゃないか」
ハーミはむすっとした顔をし、ジャンダルが焦る。
「いやいやいやいや、おいらは別に変わり者とか、言ってないし」
「まあ、よい。さあ、怪我人をゆっくり休ませてやれ。ほれ、皆部屋から出る」
ヴァルカとラーティフは部屋から出ていくバーバクとハーミの背中に三度の礼の言葉を告げる。
「それでお前らはこれからどうする」
バーバクはファルハルドたちに香草茶を出しながら尋ねてくる。ダハーは他の挑戦者たちを手伝いながら迷宮に潜り、二人の治療費を稼ぐと言う。
今回の挑戦で得た銅貨はそのままバーバクに治療費として差し出す。バーバクは面白くなさそうな顔で受け取った。
ファルハルドたちも同じように迷宮に潜り、治療費を稼ぐと言う。だが、ダハーはファルハルドたちが治療費を払うのはなにか違うと言うので、二、三日ごとに見舞いに訪れ、差し入れ代わりに薬を持ってくることにする。
それぞれの答えを聞き、バーバクはそれなら自分と一緒に潜らないかと誘った。
「さっきハーミのおっさんも言ってたが、俺たちは一緒に潜ってた仲間をなくしてな。生き残ったのはおっさんと俺だけだ。俺もずっと怪我の療養で、今日久しぶりに迷宮に潜った。
こうして会ったのもなにかの縁だろ。もちろん無理強いはしない。潜ってみて上手くいかなけりゃ、それで解散だ。どうだ」
「おいらたちはそれでいいよね」
「ああ、むしろ助かる」
「お、俺も助かる。た、ただ、二人が元気になったら、どうするかはそ、その時また考えたい」
「おお、そうか。じゃあ、よろしくな。おっさんも一緒に潜れよ」
「なんじゃ、儂もか。戦力過剰じゃないか」
「馬鹿野郎。溶岩野郎みたいな魔法でしか手出しできない奴が出たらどうするんだ。もう魔法武器は売って手元にないんだぞ」
この言葉にジャンダルが反応する。
「ほへー、すごい。魔法武器を持ってたんだ。え、ってことは五層目には達してたってこと?」
「ん、ああ。そろそろ六層目に挑戦するか、って話してたんだけどな。ま、言っても今では身体はあちこちガタもきてるし、かなり鈍ってるからな、無理せずのんびり行こうぜ」
ファルハルドたちが迷宮に潜る昼間、ヴァルカたちの様子は一階の店舗の者に見に来てもらえるように頼んだ。歩くのは困難だが、容体が急変するような怪我ではない。昼食時にでもついでに見てもらえば充分だろう。
ダハーもファルハルドたちも宿屋に泊まっていたが、一緒に潜るならこの拠点を使えばいい、そのほうが手間も省けると言われ、バーバクたちの所有する拠点の建物の三階の空いている部屋を使わせてもらえることになった。
お礼代わりに朝食はジャンダルが作ることにした。ちなみにバーバクたちは夜は毎日酒場に繰り出しているそうだ。
この日もバーバクたちは酒場に出かける。ダハーはヴァルカたちが治るまでその気になれないということで、酒場には行かず残る。食事を作る都合もあり、ジャンダルとファルハルドも残った。
建物の持ち主であるバーバクとハーミがおらず、使わせてもらう立場のファルハルドたちだけが拠点に残る状況に皆おかしみを覚えた。
次話、「挑戦者たちの行く先」に続く。