13. 新たな仲間 /その②
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昼食後、休息所を出たあとは迷宮内をどれだけ進んでも怪物たちが姿を見せない。他の挑戦者たちの姿も見えないため、他の者たちが全て倒したからでもない。
「なにかおかしいですね」
「ああ。こういうときは突然強力な奴が出てきたりするぞ。気を抜くな」
その言葉が合図になったかのように、通路の先から四体の泥人形と三体の石人形が姿を現した。
「ちっ、いきなりだな。泥人形は俺たちが引き受ける。石人形は任せた」
「ああ」
「任せて」
忌々しげなヴァルカの声にファルハルドとジャンダルが応える。数が多いだけに手間取り、全員が傷を負ったが倒すことができた。だが手当てをする間もなく、新たな敵が現れる。
「糞。まじか。木人形五体だ。悪いが二体は任せるぞ」
「ああ」
時間は掛かったが木人形たちを倒しきった。ファルハルドたちは息を乱した程度だが、ヴァルカたち三人はさっきの戦いで受けた泥人形たちの毒が回り始めている。顔色が悪く脂汗を浮かべている。
「ジャンダル」
「わかってる」
ラーティフも辛そうなので、ジャンダルがヴァルカたちの傷に手早く毒消しを塗っていく。三人の中ではラーティフがまだ疲労が軽かったのか、しばらくしてジャンダルを手伝いヴァルカとダハーの傷口に布を当てていく。
「これはすぐ休息所に向かったほうがよいですね。場合によっては今日の挑戦は切り上げるべきでしょう」
「だな。ここからなら戻るより進んだほうが近いか。よっし、少し休んだら休息所に向かうぞ」
「はい」
ヴァルカの提案に皆が返事するが、ファルハルドだけが無言だった。別のことに気を取られていた。感覚の鋭いファルハルドには壁の向こうの声が聞こえていた。
「待て。悲鳴だ。壁の向こうで何人かが同時に悲鳴を上げた」
無意識にヴァルカとラーティフは壁に近づき耳をつけようとした。壁に手をつき、思わず叫ぶ。
「熱っ。これは……。やべぇ。全員、元の休息所に戻れ。全速力だ」
その声音は必死。顔色を変えたヴァルカの叫びに疑念を挟む余地はない。全員が迷うことなく一斉に走り出す。
同時に、一行がさっきまでいた場所から少し進んだところの壁が赤く変色していく。振り返りかけたファルハルドの視界の隅で、迷宮の壁が轟音と共に弾けた。
「なんだ」
思わず口をついたファルハルドの疑問に、走りながら律義にラーティフが答える。
「溶岩です。迫る溶岩あるいは溶岩野郎と呼んでいる怪物です。近づかれるだけで危険です。急いで」
ファルハルドの耳は迫る溶岩が徐々に近づいてくる音を捉えている。
休息所はまだ遠い。敵が現れない間にかなり進んでいた。ヴァルカたち三人は毒消しを塗ったばかりで、まだ毒の影響が残っている。少しずつ遅れていく。このままでは。
「追いつかれるぞ」
通路の先に曲がり角が見えた。その角を曲がりさえすれば休息所はすぐそこに。だがこのままでは、その角には辿り着けない。
全員が考えを巡らせる。だが、策などない。どうにもならない。
他の者が結論を出せないなか、ただ一人ラーティフが覚悟を決める。足を止め、迫る溶岩に向き直る。
「馬鹿野郎。なにしてんだ」
ラーティフは手を合わせ、文言を唱え光壁を顕現させた。
「時間を稼ぎます。行って下さい」
光の神に仕える神官は自分一人を犠牲にし、皆を助ける道を選んだ。しかし、現れた光壁は弱々しく、端から破られていく。
ヴァルカは馬鹿野郎と叫び、ラーティフの下に引き返す。ラーティフの肩を掴み、強く引く。光壁の破られる速度が速まった。
ラーティフはより深く祈りに集中する。光壁の破られる速度が少し遅くなった。だが、集中するラーティフは動けない。ヴァルカが引っ張ろうともその移動は遅い。
このままでは二人とも逃げ遅れる。ダハーとファルハルドが駆け寄った。二人を支え運ぶ。
その時、光壁が完全に破られた。遮るものがなくなり、溶岩が一気に迫る。曲がり角まではあとわずか。そのわずかが届かない。
ヴァルカとラーティフの足先に溶岩が触れる。二人は叫ぶ。靴が燃え上がる。肉の焼ける臭いと共に煙が漂う。
ジャンダルが離れた位置から口を開けた水袋を投げた。靴の火は消えた。しかし、そんなことは意味がない。意思を持つ溶岩により四人は呑み込まれようとしている。
四人が溶岩に呑まれようとした、その時。目指す通路の角から人影が飛び出した。
突然現れた人物は、ヴァルカとラーティフを支えるファルハルドとダハーを掴み、素早く休息所に引っ張り込んだ。同時にジャンダルも跳びこむ。
ヴァルカとラーティフは少し遅れ、足首から先が溶岩に触れた。迫る溶岩はそのまま休息所前を通り過ぎ、遠ざかって行く。
ファルハルドたちは急ぎ、各自の水袋の水を二人に掛ける。これ以上の火傷は防いだが、二人とも酷い火傷を負い立ち上がることもできない。
ダハーが二人の名を呼ぶが、二人は反応を見せない。完全に気を失っている。ファルハルドとダハーも火傷を負っているが、その程度は軽いものだ。
「癒しの法術が使えるのはそいつだけか」
四人を休息所に引き入れてくれた人物が話しかけてくる。
男性はファルハルドたちより十歳ほど年上か。ファルハルドよりも頭一つは背が高く、身体つきもがっちりしている。この体格だからこそ、溶岩が迫り来るなか四人もの成人男性を引っ張ることができたのだろう。
「ああ、そうだよ。おいらがいくらか傷薬は持ってるけど、それだけなんだ」
「なら急いで地上に転移するぞ。この二人を俺に背負わせろ。他の奴は自分で歩け」
「済まん」
ファルハルドとダハーで、ヴァルカとラーティフを助けてくれた人物に背負わせる。続けて自分たちも地上へと転移し、少し遅れてジャンダルも地上に戻る。
「一つ聞くが、お前たち、治療費は出せるのか」
助けてくれた男性の問いに、ダハーは苦しそうに顔を歪める。
「な、なんとかする」
男性は舌打ちをし、しゃーねぇと零した。
「俺たちの使ってる拠点に運ぶぞ。仲間の神官に治癒の法術を使わせる。あいつ、この時刻ならどこにいるか……」
最後は自分自身に問いかけるように考え込んだ声だった。