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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち
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12. 新たな仲間 /その①



 ─ 1 ──────


 ヴァルカたちとは、三日間の約束で荷運びを手伝う話を持ちかけられていた。


 次の日も昨日と同じく二の刻にミフルの岩間前で待ち合わせをし、迷宮に向かう。

 ヴァルカに傷の具合を尋ねたが、「ぴんしゃんしてるぜ」と笑って答えていた。


 黒い建物内は朝は込んでいる。迷宮内に転移した先は昨日とは別の休息所だった。部屋の中央には、やはり不思議な文字が刻まれた台座の上に一体の神像がまつられている。


 ラーティフに刻まれた文字の内容を尋ねるが、台座の文字はとても古い時代のもので今は誰も読むことができないのだという。


 装備の確認をし、迷宮内に足を踏み出す。今日の最初の敵は二体の木人形と一体の石人形。そして、次の戦いで昨日は現れなかったいずる粘液が現れた。



 這いずる粘液の動きは遅い。攻撃手段を持たない挑戦者ならば迷わず逃げると言う。


「這いずる粘液は金属も木も革も全て溶かします。斧や槍で倒すことも可能ですが、間違いなく武器は駄目になりますし、攻撃で飛び散った粘液の一部を浴びれば手酷い怪我を負うことになります。斧や槍しか持たない挑戦者なら逃げるのが賢い選択です」


 しずしずと近づいてくる二体の粘液を見ながらラーティフが説明を続ける。


「弓矢などで体の中心にある核石を砕けば倒せますが、その核石こそが換金素材なのでその手段を取る者はまずいません。一般的には油をかけて燃やすか、魔法を使って攻撃します。私たちの場合は私の法術で倒します」


 ここで一旦説明を区切り、ジャンダルに向き直る。


「その前に一度、あなたの投石を試してもらっていいですか。核石に当てないように注意して、別の部位に当ててみて下さい」

「いいよ、どれ」


 ジャンダルは素早く飛礫つぶてを打つ。水分の多い泥に石を投げこんだときに似た音を立て、飛礫は粘液の体内に埋まった。石人形などと違い粘液は痛みを感じるのか、体全体を波立たせる。

 しばらく粘液の様子を確認し、ラーティフが口を開いた。


「やはり石であれば溶かされないようですね。ならば投石を覚えれば、最悪弓矢と同じ倒し方はできますね。ありがとうございます、確認したかったことはわかりました。お二人は下がっていて下さい」


 ヴァルカとダハーが盾を突き出し身構える。ラーティフはすいを杖に見立て、床についた錘を両手で握り締め祈りの文言もんごんを唱えた。


「我は命を繋ぎはぐくむ者なり。家庭の守護神ウェール・エル・モサーラカトにこいねがう。悪しきものより守る、堅固なる守りを顕現させ給え」


 粘液たちの前に守りの光壁が立ち現れる。それは悪獣たちとの戦いの折、クーヒャールたちが発現させた光壁に比べればだいぶ弱々しいものだった。粘液たちの体当たりに消え去りそうになりながら、なんとか二体の粘液の進行を食い止める。


 ラーティフは額にびっしりと汗を浮かべながら、新たな文言を唱える。


「我は命を繋ぎ育む者なり。家庭の守護神ウェール・エル・モサーラカトに希う。闇に生まれし悪しきものを浄化し給え」


 光壁の向こうで粘液たちが抵抗するようにその身を揺らす。ラーティフは何度も祈りの文言を繰り返す。冷水に焼けた鉄棒を差し込んだような激しい音を立て、粘液たちは黒と青の核石を残し消滅した。


 ラーティフは荒い息を吐きながら錘を床につき、もたれかかっている。

 ダン導師たちが法術を使っていた時は気付かなかったが、法術の使用にもかなりの疲労が伴うようだ。剣術と同じく当人の力量で行える内容も、疲労具合も変わってくるのだろう。


 ラーティフの息が整うまで待ち、一行は休息所を目指し進んで行く。ラーティフが充分に回復するまで戦闘は避ける方針だ。が、残念ながら休息所の手前で敵に出会った。幸い泥人形一体だけだったので難なく倒すことができた。



 休息所に入れば、ラーティフは壁に背を預け、目を閉じたまま干し葡萄をゆっくり噛み締め、しっかりと身体を休め始める。

 ジャンダルは休むラーティフを横目で見ながら、ヴァルカたちに話しかけた。


「法術は役に立つけど、かなり消耗するみたいだね」

「まあな。だが法術じゃねぇと倒しにくい相手もいるしな。ラーティフには負担を掛けるがしかたねぇ」


「いえ、私が不甲斐ないだけです」

「お前ぇは無駄口叩かずにゆっくり休んでろ」


 ヴァルカは額に皺を刻み、ラーティフを怒鳴りつける。確かに今は話すより体力を回復させるほうが重要だ。

 ジャンダルは二人の遣り取りを聞いて、くすりと笑う。


「昨日言ってた毒霧も粘液相手と似た手順で倒すのかい」

「まあ、そうだな。毒霧には武器の類は一切通じねぇ。魔法が使えねぇなら逃げの一手だな」


「じゃあ、おいらたちは出会ったら逃げるようにしないと」


 ジャンダルとファルハルドは頷き合う。

 少し考え込み、ヴァルカは説明を付け加える。



「あとな、這いずる粘液と思ったら、たまに『弾ける粘液』が混ざってやがることがあるからな。気を付けろよ」


 ラーティフもダハーもああ、あれかとうんざりした表情を浮かべる。


「なになに、なにそれ」

「這いずる粘液の変種なんだが、これが、まー面倒でな。つってもかなり珍しいらしくって俺らもあたったことはねえんだが。

 ほれ、這いずる粘液は油をかけて燃やすなり、魔法を使って攻撃するなり、って言っただろ。で、油で燃やすなら別にいいんだが、弾ける粘液はもし魔法で攻撃しちまったら名前の通り突然弾け飛びやがるんだ」


 ジャンダルもファルハルドもその場面を想像し、顔を引きらせた。


「ちょっちょっちょっ、なにそれ。それってかなり被害が出るんじゃないの」


 ヴァルカはその通りだと大きく頷く。


「一度弾ける粘液が弾けた跡を見たことがあるが、ありゃ酷かったな。壁も床もがっつりえぐれてやがったぜ。あんなもん間近でくらったら確実に死んじまうぞ。まあ、光壁で覆ってれば少しはましなんだろうけどな」


「いやいやいやいや、ましって。充分やばいじゃん。なに、変種ってことは見た目とかで区別できないの」


 ヴァルカたちは腕を組んで、首をひねる。


「俺らも聞いただけだが、一応粘液部分に細かな泡があるのと核石が少し色鮮やかだって話だが、間近で見比べてやっとわかる程度らしいからな。戦闘中に区別できるかはわかんねぇな」


「じゃあ、粘液は見かけたら即、逃げ出すのが正解だってこと?」

「そうすりゃ、確実なんだが……。粘液の核石はいい金になるからな。特に弾ける粘液なんぞ、一個で大銅貨セル三十枚にはなるんだとよ。放っぽっとく手はねぇだろ」


 揃って考え込む顔になる。


「まあ、俺らは取り合えず、粘液は光壁を使った法術で倒す、と。で、あとは、できる限り気を付けて見極めるってところか」

と、ヴァルカが一旦話を締めた。



 ここで、ファルハルドが気になっていたことを尋ねた。


「そう言えば、粘液と毒霧は光の宝珠で魔力を回収すると水になる、と言っていたな。だが今回は核石以外はなにも残らず、魔力の回収もできなかった」


「ああ、それな」と、ヴァルカが顎を撫でながら説明する。


「武器で倒したときとか、使う法術の種類によっては奴らの身体が残るんだがな。俺らのやり方じゃ、ああなるってことだ」

と話すうちに、だいぶラーティフも回復した。


「もう大丈夫です。といってもすぐにまた粘液が現われた場合は交戦するより逃げましょう。より注意深くでお願いします」




 一行は普段よりもゆっくりと進む。幸い昼に休憩を取るまで粘液や毒霧は現れなかった。昨日は石人形が多く現れたが、今日は泥人形が多く現れる。ラーティフに負担をかけないためにも時間を掛け、傷を負わないように慎重に戦った。


 それでもヴァルカとダハーが一度ずつ傷を受けたが、その手当てはジャンダルが代わった。ファルハルドも一度泥人形と戦ったが、傷を受けずに倒した。


 休息所で保存食をかじりながら、皆でのんびりと喋る。ラーティフはたいへんだったが、買取価格の高い粘液の核石も手に入り、皆の機嫌は良かった。

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