03. 出会い /その③
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一度ファルハルドを取り逃がした王太子、即位して新国王となったベルク一世は追手として兵士ではなく、暗殺者を選んだ。
イシュフールの属性を強く持つファルハルドを、深い森で多くの兵に追わせても意味がないからだ。
彼らイシュフールは素早く、目も耳も鋭い。天地自然の力が強い場所でなら、水も食料となるものもすぐに見つけ出す。足跡を残すことなく移動し、初めて足を踏み入れた土地でも迷うことはない。
そして、なかには目に見えぬ存在の声を聴く者までもいるという。
もっとも、実際には片親がオスクであるファルハルドにそこまでの能力はなかったが。
これを追えるのは探索に優れ、自らの存在を消す術に長けた暗殺部隊の者たちだけだと考えたのだ。
確かに暗殺部隊の者たちは手強かった。何度撒こうとも必ずファルハルドの居場所を探り出し、わずかな休息の時を見逃さず背後から忍び寄る。
ファルハルドにはこの一年、ひと時も気の休まる時はなかった。もし森の中でなかったら、とうの昔に殺されていただろう。
なによりも幸運だったのは、最初の頃に向けられた追手が一人だけだったことだ。元々、暗殺部隊の人員は少ない。当時、ファルハルドの追跡に割ける者は一人だけだった。
その者と渡り合ううちに、暗殺部隊の者との戦い方を身に付けることができた。命懸けの実戦を繰り返すことで剣の腕を磨くことができたのは、皮肉というほかなかったが。
ファルハルドを仕留めることができず、失態を重ね面目を失った暗殺部隊はついに今動かせる全員を一度に投入してきた。そして相討ち同士討ちも覚悟した決死の作戦でファルハルドに迫った。
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急な流れに押し流される。ずっと城内だけで育ったファルハルドは、当然川で泳いだことなどない。唯一の泳ぎの経験は城から逃げ出す際、流れのない堀に飛び込んだことだけ。ましてや今は傷を負い、左腕にはなんの感覚もないのだから。
抗う。流される。体力を奪われる。水を飲む。息が詰まる。
溺れかけ、意識が途切れかけた時、爪先が川底に触れた。かなりの距離を流され、いつの間にか川幅も広がり流れもわずかに緩やかなものになっていた。
なにも考えず、ただただ懸命に身体を動かす。なんとか岸に這い上がった時には、もう指一本動かすことはできなかった。大量の水を吐き出し、荒い息のまま大きな石が転がる川原に身を横たえる。
不意に人の気配を感じた。長い距離を流され進んだが、それでも猟師も滅多に足を踏み入れない大森林深部辺縁。徒人が訪れる場所ではない。思い当たるのはただ一つ。ファルハルドを追うイルトゥーランの暗殺部隊。
もはやファルハルドには為す術もない。「糞ったれ」と呟き、駆け出そうとした。
だが、それはあくまで気持ちの上でのこと。実際には立ち上がることもできていない。
気配は間近に迫る。無念。ファルハルドはついに覚悟を決め、その意識を完全に手放した。