09. 迷宮への初挑戦 /その②
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ファルハルドたちは緊張しながら休息所を出た。が、幸い休息所を出た途端の襲撃はなかった。真っ直ぐな通路が続き、見える限りでは怪物の姿はない。
通路の幅は、ファルハルドが両手を広げた長さの倍ほどある。普段なら大人五人が横に並べるほど、武装している今なら大人三人が横に並んで進める幅だ。
やはり迷宮内は少し薄暗い。ファルハルドには問題ないが、ジャンダルには通路の先までは見通せない。
その通路を一行はヴァルカを先頭に進む。いつでも槍を突き出せる状態で進み、少し距離を置き左斜め後ろをダハーが、その後ろヴァルカとダハーの間から前を見通せる位置をラーティフが進む。
ファルハルドとジャンダルは三人組の後ろからついて行く。この階層の敵はあまり素早くないが、後ろから襲ってくることもないではないので気を付けるように伝えられている。
三人組の防具は揃っている。
兜はファルハルドたちと同じような鉢部分だけの兜。
盾はもう少しいいものを使っている。金属で縁取りされ、中心部分にも金属製の突起である丸い盾心がついている。
ダハーのものだけファルハルドたちが持っているものより二回りは大きい。外ではよく使われる大きさだ。迷宮で使われるものとしては少し大き目となる。
ヴァルカとラーティフの盾の大きさはファルハルドたちのものより一回り大きい。迷宮では最もよく使われる大きさだ。
そして、最もファルハルドたちと違うのが、きちんと鎧を身に着けていることだ。
胴の前面だけを覆う革鎧で、背中は大きく開いている。背中には素材を入れるための背負い袋があるため必要ないという判断なのか、別の理由なのかはわからない。
ちなみにラーティフの武器はジャンダルと似た錘だ。先端の金属部分は一回り小さく、代わりに鋭く尖っている。
通路を進む。敵は現れない。通路の先に壁が見える。突き当りになっている。慎重に突き当りに近づく。
突き当りからは左右それぞれに分かれ道が続く。ヴァルカは突き当たりで素早く左右に目をやり、右の通路を指差す。
一行が右に数歩進んだ時、ヴァルカが警告を呼びかけた。
「敵影あり。数少」
一行は足を止め、身構える。ラーティフがちらりと後ろを確認する。
「三匹か」
ファルハルドの呟きを拾い、ラーティフが尋ねる。
「見えるんですか」
「ああ、狼のように見えるがよくわからん。いや、あれが石人形なのか」
この段階で先頭のヴァルカにも敵の姿が判別できた。
「石人形、狼、数三。来るぞ、構え」
敵が一気に殺到する。
先頭の一体をヴァルカが槍で突き、そのまま槍を振り別の一体に槍を叩きつけ転がす。
残る一体をダハーが盾で受け止める。石の塊の突進だけあり、深く腰を落とし踏ん張ったダハーがわずかに押される。だが後ろに通すことなくその場で受けきった。
ヴァルカは槍を左右に振ることで一人で二体の石人形を叩く。駆けようとする石人形の脚を狙う。移動を邪魔する。脚を折られ、石人形は転がりその場で暴れる。移動できない狼の石人形の首に槍を繰り出し、首部分を割った。
ダハーも似たようなものだった。突進を盾で受け止め、すかさず斧で前脚を斬り落とす。後脚は残っているが、逃すことなく頭部分を二つに断ち割った。
完全に動きを止めた石人形たちの犬歯と後脚を落とす。この部分が換金素材となるのだ。
素材回収後、三人がそれぞれの光の宝珠を石人形の身体の上に置けば、石人形たちの身体は砂となり崩れ去った。
その後、四度の戦闘があったが、敵は全て石人形だった。都合、狼の形が十四体、猿の形をしたものが二体現われた。猿の石人形から採れる換金素材はなく、光の宝珠を使っての魔力の回収だけを行った。
今は休息場所に辿り着き、しばし体を休めている。食事にはまだ早いが、ヴァルカとダハーは多少疲れたのか床に座り干し肉を齧っている。
戦闘を振り返り、ファルハルドとジャンダルには疑問に思うことがいろいろとあった。
「なんか敵を倒したあと、光の宝珠を置いたら敵の身体が砂になってたよね。あれはなんだい」
ジャンダルの質問にラーティフが答える。
「光の宝珠で怪物の持つ魔力を回収すると、魔力を失った怪物たちの身体は砂と化すのです。毒霧や粘液は砂ではなく水に変わりますが、同じことですね。
注意点として、必要な素材回収は魔力の回収を行う前に済まさなければなりません」
「なーるほど。換金素材が砂になったら、そりゃ泣いちゃうもんね。いやー、しかし二人とも全く危なげなく倒してたね。お見事」
「まあな。迷宮に潜り始めた最初の頃はよくやばい目にもあったし、一度戦うだけでくたくたになったもんだがな」
ヴァルカの言葉にダハーも頷く。
「狼と猿の石人形が出てきたが、どちらも動きは姿通りの動物と同じだったな。他の石人形も姿通りの動きなのか」
「そうだな。泥人形や木人形はまた違ってくるが、石人形は動物たちと同じ動きだ。それに本物の狼や猿より一回り小さいせいか、力は少し弱ぇな。
つっても奴ら石の塊だからな。体当たりをくらったり、上にでも乗られたら動物相手より苦労させられるな」
ヴァルカの話を聞きながら、ファルハルドは少し考え込む。
「石人形たちの石でできた身体を思ったより楽に割っていたが、あれはなにかコツでもあるのか」
「はっはっは、楽に見えたか。まあ、コツってかしっかり武器を持って、きっちり芯を捉えるようにするぐれぇだな。石人形以外の石なんざ叩いたり割ったりしたことはねぇが、言われてみりゃあ見た目よりは割りやすい気はするな。なあ」
ダハーも同意するように頷く。
「どれ、お前らもそろそろ一度戦ってみるか。次、石人形が出たら一体だけ後ろに通すぞ。二人でやってみな」
休息所を出てからの最初の敵は四体。狼の石人形二体と猿の木人形と泥人形が一体ずつだ。ヴァルカが指示を飛ばす。
「木人形と泥人形は俺が相手する。石人形は一体を後ろに通せ。二人とも任せたぞ」
ヴァルカとダハーがそれぞれの敵を盾で受け止める。ダハーが初めて口を開いた。
「い、一体通すぞ」
「おう」
嗄れた吃り声だったが、はっきり聞きとれた。ファルハルドたちもすでに武器と盾を構えている。
ダハーがやったようにファルハルドも深く腰を落とし、狼の石人形の突進を盾で正面から受け止める。
石人形自体の重さと迫って来る勢いで予想以上の衝撃があった。思わず、呻き声が漏れる。押され、ついずるずると後ろに下がる。
焦ったように盾を構えたままのジャンダルが、横から敵に力いっぱい錘を振り下ろす。上手く後脚に当たったが割ることはできない。罅を入れるに止まった。
この一撃でジャンダルの腕はじんじんと痺れた。今は止まる時ではない。上擦った声を上げながら、夢中で錘を振るう。
痺れた腕では弱い打撃しか放てない。それでも二撃三撃と繰り返し、なんとか石人形の後脚を砕いた。
この間にファルハルドも攻撃を繰り出していた。前脚を狙い、鞭を振るう。
ジャンダルと同じく一撃では罅を入れただけだった。ファルハルドも石の身体を叩けば、同じく腕が痺れた。だが、ファルハルドは腕が痺れたことで逆に気持ちが落ち着いた。
大怪我からの復帰後、初の本格的な戦い。それも散々、外とは違うと聞かされていた迷宮での初めての戦い。気付かぬうちに気持ちがどこか舞い上がっていた。その気持ちが腕の痺れという危機に際して、すとんと落ち着いた。
元々の戦い方がそうであったように、ファルハルドは冷静に敵の動きを見極める。
狼の石人形は吠え声を上げながら、ファルハルドの盾を乗り越えようとしている。牙を剥き出し頭を左右に振り、前足で盾を激しく引っ掻く。
その動きに合わせ、前脚の割り易そうな関節部分を狙い鞭で打つ。見事、一撃で前脚を砕いた。
狼の石人形は体勢を崩し、床に転がる。前脚、後脚、それぞれ一本ずつ砕かれようとも、石人形に痛みを感じている様子は見られない。戦意は衰えず、牙と爪でファルハルドたちに抵抗する。
爪も牙も不用意に受ければ、簡単にファルハルドたちの身を切り裂く力を持っている。どれほど追い込もうとも、完全に行動を停止させるまで気を抜くことはできない。
ファルハルドはちらりとジャンダルを見る。近接武器に慣れないジャンダルは暴れる石人形に近づきかねている。
ファルハルドは考える。痛みを感じないならば、まずは残った脚を狙い完全に機動力を奪うべきか。いや。
ヴァルカの戦いを思い出し、石人形の咬みつきを避け、首を狙い突きを繰り返す。首の半ばまで鞭が刺さるが、割ることはできなかった。暴れる石人形の首に足をかけ鞭を引き抜く。
気迫を籠めた一声と共に、再度の突きを繰り出す。
先ほどと同じ場所を突く。今度は石人形の首を割った。痛みを感じない石人形も首を割られ、頭が落ちるとその動きを止めた。