06. 装備選び /その②
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朝日と共にパサルナーンの街に角笛の音が響き渡る。このパサルナーンの街では中央大神殿の白い尖塔が鐘楼としての役割も果たし、時刻の区切りごとに角笛や鐘の音を響き渡らせる。
日の出から日の入りまでを十刻に分け、日の出と日の入りは角笛を、それ以外は鐘を鳴らしている。農村や小さな街ではわざわざ鐘を鳴らしたりはしないが、日中を十刻に分ける数え方自体は共通している。
ただし、農村などでは『五の刻』と呼ぶよりも、『日が中天に昇ったら』などの言い方をすることが多い。
また、夜間については統一された時刻の数え方などはない。地方や職業によって『第一夜刻』や『第二哨戒時』などと様々な数え方を行っている。
ファルハルドたちも角笛の音と共に起き出した。宿屋を出る前に、水瓶から一杯水を汲んで飲む。
予定を変え、二人は西地区の宿屋から南地区のモズデフの店に直接向かわず、その前に一度中心区画に向かうことにした。
中心区画の中央、まさに街の中心にパサルナーン迷宮の入口は存在している。
入口は剥き出しではなく、黒い正方形の建物によって覆われている。建物を造る黒い石に繋ぎ目は見えず、まるで巨大な一塊の岩をくり貫いたようにも見える。
唯一空いた出入口の前には四人の衛兵が立ち、その間を通りぞろぞろと挑戦者たちが中に入っていく。
ファルハルドたちはその挑戦者たちの様子を確認するために立ち寄ったのだ。
挑戦者たちの武器はやはり斧や戦鎚が目立つ。ただし、ファルハルドたちにはどんな使い方をするのか想像がつかない不思議な武器を持つ者も少なくない。
そして、鎧は鎖帷子を身に着けた者が最も多い。
だが、革鎧やなにも鎧らしきものを身に着けていない者も多い。ただ、鎧を着ていない者も必ず盾を持っている。これはファルハルドたちには意外に思えた。
二人はぽつぽつと開く店が出始めるまで、おおよそ一刻ほどの間、迷宮挑戦者たちの様子を眺め続けた。
モズデフの店に向かう途中、開いていた一椀飯屋で軽く食事を摂る。
街では日に三度の食事が普及している。一椀飯屋では小銅貨三枚で一椀の麦粥が提供され、家に竈のない者たちが仕事場に向かう前に立ち寄り粥を掻き込んでいく。手早く済ませるため椅子はなく、皆立ったまま急いで済ませている。
この店は少し薄味だがなかなか味は良く、多くの客が詰めかけている。なかには店から溢れ、道の端で食べている者の姿まで見られるほどだ。
ファルハルドたちも手早く掻き込み、朝食を済ませた。
南地区の大通りを進み、モズデフの店を見つけた。店は大通りに面してこそいるが、店内は狭く商品は陳列されていない。
看板は出ており、店は開いているのだが店員の姿は見えない。店舗側から声を掛けてもが、誰も出てこない。
裏から鍛冶の鎚の音が聞こえる。ファルハルドたちは直接裏に回った。
裏側手は裏通りに面した広い工房になっている。
見れば、モズデフの父親らしき壮年の男性が力強く鎚を振っている。他に三人の男性が忙しそうに作業中だ。
四人ともモズデフと同じく頭にぐるぐると巻いた布で髪の毛を包んでいる。
作業中に声を掛けることも躊躇われ、ファルハルドたちは壁際に置かれた武器を眺めながら、作業が途切れるのを待つことにした。
そうこうするうち、見習いらしき最も年若い少年がファルハルドたちに気付き声を掛けてきた。
「お客さん、武器の注文ですか」
「注文と言うより武器を見繕って欲しくてな」
「実はね、武器組合でモズデフと知り合ってね。この小剣で迷宮に潜るなんて、絶対に駄目だー、って止められたんだ。で、金がないことを話したら、この木簡を渡されてこの店を紹介されてね」
ジャンダルは懐から木簡を取り出し、見習の少年に渡した。少年は文面を読み、あっちゃーと額に手を当てる。
「親方。モズデフさんがまた武器を格安で見繕って欲しいって書いて寄越してきました」
『また』、という言い草にジャンダルは内心冷や汗を掻く。もし父親である親方がモズデフの度々のお願いにいい加減にしろとうんざりしていれば、断られるかもしれない。そうなると完全に当てが外れることになる。
ジャンダルは内心の焦りを抑え、少し緊張しながら親方の様子を窺う。
親方は木簡を読み、実に疲れきった顔になる。溜息をつき、力なくしゃあねぇなと呟いた。
「あんたらが娘に紹介された人たちかい。まったく商売あがったりだが、あいつが言い出したんなら仕方がねぇな。俺はあいつの父親でオーリン。この工房の親方をやっている。それで予算はいくらくらいなんだ」
ジャンダルはほっとしながら、巾着を取り出した。数日分の生活費を除きジャンダルが路銀として稼いだ銅貨と、ファルハルドから自分は使わないからと渡された分が入っている。
「迷惑掛けてごめんね。おいらジャンダル。こっちの兄さんがファルハルド。実は大銅貨二十三枚分で二人分の武器と防具を揃えないといけないんだけど、大丈夫かな」
「二人で二十三枚……。なるほど、あいつが心配する訳だ」
作業が一段落したのか、二十代に見える残り二人の男性も集まってきた。
「親父どうした」
「揉め事か」
「揉め事じゃねぇが、またモズデフが格安で武器を融通してくれって寄越しやがった」
「うわっ」
「またかよ」
三人の疲れたような顔を見て、ファルハルドたちは申し訳なく思う。とはいえ、今は親切に縋るしかないのだが。
「おい、ハミード。お前、この人たちにちょっと武器を見繕ってやってくれ。二人で大銅貨二十三枚で防具も揃えるってから、武器は二人で十枚だな。任せたぞ」
もう一人の若い男性が、顔を引き攣らせたハミードの肩を楽しそうにぽんぽんと叩く。
「おおー、ハミード。頑張れ。これは目利きの実力が試されるいい機会だな。うんうん。頑張れ」
「煩ぇ、糞兄貴」
「おい、ファーリン。弟を揶揄ってんな。さっさと仕事しろ」
「ういー」
ハミードは気を引き締め、お客さん向けの表情をつくる。さんざん家族同士の遣り取りを見せたあとで意味があるかどうかはわからないが。
「さて、お二人さん。どんな武器がいいか、希望はあるかい」
「本当にごめんね。一応、『錘』ってのはどうかと思ってるんだけど。ただ、実物を見たことがないんだよね」
「俺も使い慣れているのは剣だが、剣は通用しないと聞いた。その錘というのがどんなものか試してみたいと思っている」
「なるほどな。確かに錘は悪くない。どれ、ちょっと待っててくれよ」
ハミードは奥から先端に錘の付いた長さの違う棒を二本持ってきた。
「これが錘だ。扱いは簡単で、結構強力だな。ずっと愛用する者も少なくない。ほら、振ってみな」
ジャンダルは柄の短い分を、ファルハルドは柄の長い分を持つ。裏通りとは言え、通行人は少なくない。素振りをするのは気を遣う。
周りに人が途絶えた時を見計らい、一人ずつ振ってみる。風を切る音をさせながら振る。縦に横にと振ってみるが、横には少し振りにくい。基本的には上から下に振り下ろす武器なのだろう。
ジャンダルはこれはいいと気に入った。ファルハルドの顔は曇る。剣を振っているときとの感覚の違いが大きく使いにくい。どうしたものかと考えこむ。
「そっちの人は気に入ったみたいだな。あんたは気に入らなかったかい。どこらへんが不満だ」
ファルハルドは感じた戸惑いをそのまま伝える。
「なるほどな。剣士様には使いにくいか……。となると、どうすっかな。剣のように使えて、石の塊を叩いても大丈夫な、か……」
ハミードはいくつかの武器をまとめて置いてある場所を見詰めながら、考えこむ。ファーリンは作業しながら話を聞いていたのか、口を挟んできた。
「おいおい、ハミード。剣に慣れたお人になら『鞭』で決まりだろ。ジャビス爺さんのところに行ってみろよ」
「おお、なるほど。兄貴ありがとよ。ちょっと今ここにはないが、借りてくるんでしばらく待っててくれ」
これには驚かされた。碌に金も持っていないファルハルドのためにわざわざ借りてきてくれるとは。
「なんだったらそっちに足を運ぶが」
「中古品だからな。渡す前に確認と調整は必要だ。それならうちのほうが遣りやすい。まあ、置いてある武器でも見ながら待っててくれ」
せっかくなので、ファルハルドは親切に甘えさせてもらった。武器を造る作業も眺めてみると興味深い。
溶けた鉄が固まり、それらしい形を作る。まだまだ鉄の塊に過ぎない物が、叩き、研ぎ、他の部分と組み合わせることで次第に武器と成っていく。
目の前で見えるのはその過程の一部だが、それでも不思議なものを見ている気分になる。
そうこうするうちに、なにやら長いものを持ちハミードが戻ってきた。
「済まん、待たせたな。これだ、持ってみてくれ」
ファルハルドに差し出されたものは、一見ただの小剣に見えた。戸惑いながらも受け取れば驚いた。
鞘だと思った部分は剥き出しの本体。剣で言う剣身が節の付いた鋼の棒に置き換わっている。それとも鋼の棒に丸い鍔と柄が付いていると考えるべきか。
振ってみる。少し重いが悪くない。縦でも横でも思うように振れる。剣と同じような取り扱いができ、刃筋を立てなくてもよい分だけ、より自由に振れるかもしれない。先端部分は尖っている。これなら突くこともできる。ファルハルドの剣技に適している。
「これはいい。気に入った。しかし、余所の店の分なのにこれも格安で大丈夫なのか」
「おう。それは親戚の古道具屋に持ち込まれた物なんだ。店主のジャビス爺さんは妹を溺愛しててな、あいつの紹介なら格安で問題ない。これで二人で十枚に収まるな」
「ありがとー。じゃあ、これお代ね。そうだ、今まで佩いてた小剣を引き取ってもらうことってできる?」
「ん、ああ、できるが値付けは親父に聞かねぇとな。親父」
「ちょっと待て」
オーリン親方は渡す前にファルハルドたちの武器の点検をしていた。切りのいいところまで作業を進める。一区切りつけ、真剣な目でジャンダルの小剣を手に取りじっくりと確認をする。
「ほう。かなりいい鋼を使っているな。だが、しばらく碌に手入れしてないな。そうだな、これなら大銅貨二枚だな」
「おおー、それでいいよ。兄さんの分はどうする」
「俺は小剣も使う。予想外の敵も出るというからな。使い慣れた剣もあったほうがいい。そう言えば小剣はもう一本あるだろ。あれはいいのか」
イルトゥーランの暗殺部隊から回収した黒い小剣は、全部で四振り。
一振りはファルハルドがそれまで使っていた傷んだ小剣と交換。悪獣と戦った際抜けなくなり、別の一振りを今ファルハルドは佩いている。一振りはジャンダルが腰に佩いていて今売却した。最後の一振りはモラードたちと別れる際、モラードに贈った。
最初にファルハルドが交換した傷んだ小剣を売り払う用として残している。
「あれはいざってときの換金用に残しとこうと思うんだ」
「そうか」
オーリン親方から点検が済んだ武器を渡される。ジャンダルは錘を手に持ち、ファルハルドは革紐で鉄の輪っかともう一つ革紐で作った輪を剣帯に付け、その二つの輪に鞭を通す。鞭には鞘がないため、こうやって剣と同じように腰に吊るすのだ。抜くときは問題ないが、戻すときは慣れていないせいか少し戸惑う。
「こんないい武器をありがとね。そのうちモズデフにも礼を言いに行かないと。それで悪いんだけど、防具店も紹介してもらえないかな」
「ああ、それはいいが、さすがにそっちは格安とはいかないぞ」
「うん、それはわかってるよ」
「そうかい。おい、カーリブ。キヴィクさんとこに案内してくれ」
「はい、親方。じゃあ案内するんで、僕についてきて下さい」