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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第一章:挑みし者たち
33/301

03. 神殿と組合 /その③



 ─ 4 ──────


 教えてもらった組合の内、まずは場所が近い武器組合に向かう。


 武器組合と防具組合は中心区画から程ない場所にあるが、魔導具組合については西地区の離れた場所にあるため、あとに回すことにした。

 武器組合と防具組合は中心区画のすぐ南側、隣り合った通りにあり、中心区画と他の地区とを分ける内壁に寄り添うように並んでいる。



 武器組合は二階建ての、さほど大きくない建物だ。建物自体は大きくないが、人の出入りは多い。迷宮挑戦者たちとそれ以外の者では出入口が異なっている。当然、ファルハルドたちは挑戦者用の出入口から入る。


 入って正面に受付があり、受付場所には三人の組合職員が座っている。受付場所では受付台で手前と奥が仕切られており、そこから奥は組合の職員だけが入れる場所となっている。


 職員たちの前には挑戦者たちが並び、素材らしきなにかを広げている。

 見ていると、広げられた素材の状態を職員たちが確かめ、手元の木片になにかを記入した。


 その後、職員の横にいる補助の者が素材を秤に載せ、重さを量る。補助の者が読み上げた数字を職員が再び手元の木片に記入し、その木片を素材を持ち込んだ挑戦者に渡す。


 木片を渡された挑戦者は入口から見て右手奥にある小部屋に入っていき、しばらくすると銅貨を手に持って出てくる者もいることから、奥の小部屋で換金されているのだとわかる。



 これで迷宮から素材を採ってきた際の手順は一応わかった。ただ、肝心のなにが買取素材となるのかがわからない。改めて周りを見回すと、入口入って左手側の壁になにやら貼り出されている。


「あ、これ、買取素材の金額表だ。んー、でも石人形(悪魔)翼とか、粘液核石(黒)とか、なんなのかよくわかんないなぁ」


 ジャンダルはファルハルドに目をやるが、もちろんファルハルドにもわからない。軽く首を横に振る。


「聞いてみる、しかないけど、どうしよう。手が空いてそうな人が見当たらないよね」

「なら、買取の列に並ぶか。順番が来たらどこで尋ねればいいか、聞いてみればいいだろう」

「そうしよっか」


 順番が来るまで周囲の話に聞き耳を立ててみれば、どこそこの通路にいずる粘液が大量にいていて焦ったとか、東の通路のバブルの石人形は手強いなど、闇の怪物についてらしき話題が聞こえてくる。


 指し示すものがなんなのか、はっきりとはわからないが一応覚えておくようにする。




 そして順調に列は進み、ファルハルドたちの順番に。


「いらっしゃいませ。それでは素材を拝見させていただきます」


 職員は、おそらくは定型だろう文句を口にする。


「あっと、ごめん。おいらたち素材の買取じゃなくて、あっちの壁に貼ってある買取表の内容でちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」


「なるほど。それでしたら係の者を呼びますので、横にれてお待ち下さい」

と言い、後ろを振り返り「モズデフ」と呼びかける。


 声を掛けられ一人の女性が小走りでやって来た。女性は頭にぐるぐるに巻いた布で髪の毛を包んでいる。年齢はファルハルドたちと同じくらいだろうか。


 受付の職員はすでに次の挑戦者の相手を始めているため、やって来たモズデフは仕切りを挟み、直接ファルハルドたちに話しかけてきた。


「用があるのはお二人さんかな」


 口調は砕けている。仕草も腰に手を当て、ちょっと首を傾けるといったものだ。

 ファルハルドたちは気にならないが、さっきの受付の職員とはだいぶ態度が違っている。なんとなく、なぜ裏で作業をしているのか理由が察せられる。


「うん、そう。おいらジャンダル。こっちの兄さんはファルハルド。昨日、中央大神殿で挑戦者の手続きをしたばかりなんだ。

 で、稼ぎ方として素材を卸すと良いって聞いて来たんだけど、ちょっと表を見てもわかんないことがあって。教えてもらいたいんだけど、いいかな」


「いいわよ、なんでも聞いて。私はモズデフ。普段はこの武器組合でそれぞれの工房との素材のやり取りを担当してるから、素材のことなら詳しいわよ」


「本当、助かる。とりあえず、粘液核石(黒)とかあるけど、これってなんのこと」

「え、そこから」


 モズデフは額に手を当て、大袈裟に天井を仰いだ。


「んー、じゃあ長くなりそうだから場所を代えましょうか。ちょっとそっちに回るから待ってて」


 モズデフは奥に引っ込み、しばらく待つとファルハルドたちが入ってきた入口から姿を見せた。


「わざわざごめんね」

「別にいいわよ、これも仕事の内ってこと。さあ、付いてきて」


 片目をつむり、明るく笑う。ファルハルドたちを連れ、買取表横の扉を開いた。

 そこは狭い通路になっており、手前から奥まで左側に三つの扉が並んでいる。モズデフはその扉の一つを示しながら説明をする。


「ここはちょっと込み入った話をするのに使う商談部屋ね。って言っても、私たちと一緒じゃないと使えないから、勝手に入っちゃ駄目よ。手前の部屋は今、使ってるわね。じゃあ、奥の部屋を使いましょう」


 モズデフに案内され入った部屋は扉横に筆記具と木片の置かれた棚、他にはミーズ椅子サンダリーがあるだけのとても簡素な部屋だった。

 椅子は全部で四脚。それ以上の人数で利用するときは立って話すのだろうか。


 モズデフに椅子を勧められ、ファルハルドたちは席に着く。モズデフは、手に持つ板を二人に見えるように机の上に置いた。


「これが壁に貼り出してあるのと同じ買取素材の一覧表ね。二人とも字は読めるんでしょ。価格は書いてないけど、それはあとで壁に貼ってる分を見て確認して。

 まあ、うちの買取価格は滅多に変わらないから、すぐに覚えられるでしょうけど」


 ジャンダルは疑問を浮かべる。


「あんま買取価格が変わらないの? わかりやすいのはいいけど、おいらの常識じゃ物の値段は常に変わるもんなんだけど」


 モズデフは一つ頷く。


「そうね。足りなかったり、余ったりする物はそうなるわね。でも組合で買い取るのは、持ち込まれるのも工房に卸すのも大量の物だけだから、価格は大体一定なのよ。

 それ以外の素材になると、挑戦者から頼まれた武器を造るために必要になる場合が多いから、工房から必要とする挑戦者に直接頼む形になるわね」


「へえー、そうなんだ。じゃあさ、この粘液核石(黒)ってのはなに。他のよりちょっと高目だよね」


「それは迷宮の一層目、二層目によく出るいずる粘液っていう怪物から採れる素材なのよ。鶏の卵より一回り小さいくらいね。

 私は怪物自体は見たことないけど、なんでも剣とかの武器では倒しにくい怪物らしくて、他の素材よりは集まりにくいのよね」


「黒って書いてるってことは、他の色もあるってことだよね」

「そうそう。でも私たちが使うのは黒の分だけだから、他にどんな色があるのかは知らないわね。他の職人組合に行けばまた違うでしょうから、そっちでも聞いてみればいいんじゃない」


 同じように訊いていけば、一層目、二層目に現われる怪物は這いずる粘液、動く石人形、動く泥人形が多いらしい。他にもいるが、武器組合で扱う素材が取れるのはその三者に限られる。


 もっとも一口に石人形といってもいくつかの種類がいるため、実際の戦う相手としてはもっと種類が多くなるそうだ。


「なるほど、ありがとう。よくわかったよ」

「どういたしまして」


 二人は礼を述べ、次は防具組合で聞いてみようかと言いながら立ち上がりかけた。




 その時。モズデフは、二人の腰のものに目をやり急に大声を上げた。


「ちょっと待って!」


 ファルハルドもジャンダルも突然の大声に驚き、中腰で動きが止まる。


「まさかと思うけど、二人ともその小剣で迷宮に潜るんじゃないわよね」


 ファルハルドたちは顔を見合わせる。


「この剣で挑むつもりだけど」

「駄目」

「え、なにが」


 モズデフはきっぱり言いきるが、二人はなにを言われているのかわからない。


「絶対、駄目よ。そんな頼りない剣で迷宮を生き残れる訳ないじゃない。あなたたち私の話、聞いてたの。迷宮では石の人形が襲ってくるのよ。そんな剣で石の塊が斬れると思ってんの。無理無理、絶対無理よ」


 そう言えばと、パサルナーンの街に辿り着く前に泊まった村の村長の話を思い出す。


「あー、そう言えば、迷宮では斧や戦鎚せんついのほうが生き残りやすいって言ってたような……」

「そうよ、そう。なんだ、ちゃんとわかってんじゃない。わかってんならちゃんと準備しなさい。死にに行く気なの」


 モズデフは腕を組んで鼻息荒く言い、ジャンダルは眉を歪め、肩をすくめた。


「いやー、持ち合わせがねぇ。薬売って稼ぐつもりだったんだけど、予定が狂っちゃったんだ」


 モズデフは腕を組んだまま、渋い顔になる。このまま行かせて死なせるのは目覚めが悪い。かといって、ちょっと話しただけの赤の他人にお金を貸せる訳もない。どうしたものか。



 その時、ファルハルドが腰から巾着を外し尋ねた。


「これで足りるか」


 袋の口を開ければ、中から大銅貨セル十六枚と中銅貨二十枚が出てきた。


「兄さん、それどうしたの」

「最初出会った時に言っただろ。追手たちの持ち物をあさって見つけた。いつも食事はお前が用意して、使う機会もなかったからな」


 納得し、ジャンダルは手を打った。モズデフは銅貨を数え、考え込んでいる。


「イルトゥーランの銅貨か。防具も揃えるのよね……。なら二人分は無理、ね。中古を選んでも、一人分になるかしら……」

「でぇえ。そんなにすんの」


「そりゃそうよ。特に鎧が高いわね。新品で一式を揃えると一人分で大銅貨四十枚は必要かしら。大銅貨十八枚分だと、中古でも一人分に足りるかどうかぎりぎりね」


 三人は揃って考え込むが、ないものはどうしようもない。できる範囲でなんとかするしかない。ファルハルドがそう考えるところにモズデフが声を上げた。


「あーもう、しょうがないわね。ばれたら絶対怒られる」


 ぶつぶつ言いながら棚から木片と筆記具を手に取り、不機嫌極まりない顔でなにかを書きつけていく。


「いい。私の家が南地区の大通りの端で武器工房を開いているから。うちは造るだけじゃなくて販売もしてるから。この木簡もっかんを見せて。そうすれば少しは融通をきかせてくれるから」


 乱暴にファルハルドの手を取り、強引に木簡を握らせた。ファルハルドは手の中の木簡とモズデフを見比べる。


「いいのか。怒られるのだろう」

「いい訳ないじゃない。組合にばれたら馘首くびよ、馘首。絶対、人に知られないようにして」


 二人をきつく睨み、噛みつくように怒鳴る。そんなモズデフにジャンダルはにっこり笑いかけ、ファルハルドが持つ木簡を受け取った。


「ごめんね。でも本当に助かるよ」

「はあー、もういいわよ。通用しないとわかってる武器でそのまま行かせるなんて武器屋の名折れ。必ず生き残ってうちに素材を納められるようになりなさい」


「ああ、わかった」

「うん、約束するねー」


 二人は礼を言い、武器組合をあとにした。




 歩きながらファルハルドがぽつりと零す。


「段々、死ねなくなってきたな」


 ジャンダルは苦笑し、ファルハルドの背中を叩いた。

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