01. 神殿と組合 /その①
偉大なる行為を目指す者は、おおいに苦しまなければならない。
- プルタルコス -
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夏の終わり。パサルナーン迷宮を目指すファルハルドとジャンダルは、パサルナーンの街にやって来た。
二人は宿を取るよりも先に、街の中心にある区画へと向かう。中心区画は街中にありながら高い城壁に囲まれ、街の他の地区とは区別されている。
いくつかの巨大な建物が建ち並んでいるが、全体的に建物は少なくなにもない開けている場所が目立つ区画だ。
数こそ少ないが、この場所は街の中心位置にあることが示すように、パサルナーンをパサルナーンたらしめている迷宮に関連した重要な施設が集まっている。
二人は中心区画の中央近く、白い尖塔を持った壮麗な建物を目指して進む。
ここはパサルナーンの中央大神殿。二人は冒険の安全を祈るために訪れた、訳ではなく、迷宮に挑むために必要な手続きをするためにやって来たのだ。
ファルハルドとしてはまずはゆっくりと街を見て、と考えていた。しかし、ジャンダルはなにを置いても最初に手続きを済ますべきだ、と強く主張した。ファルハルドがイルトゥーランのベルク王の追手に追われていることを気にしてのことだった。
『パサルナーン迷宮に足を踏みいれた者は、それまでに外で犯したどんな罪も不問とされる。どこの国の権力も干渉は許されない』。
その免罪特権は厳密には迷宮に足を踏み入れた時点で適用される。だが、迷宮に挑むための手続きを済ませた段階で、迷宮に挑む挑戦者になったと見做され、慣習的に特権を適用される。
もちろん手続きだけをし、そのまま迷宮に潜らず街を出れば無効となるが、パサルナーンの街に留まる限り問題はない。
新たな追手たちがいつ現れるかわからず、またファルハルドの右腕の調子がいつ完全に戻るのかわからない現状では、手続きだけでも済ませ安全を確保するべきだという主張だった。
「奴らは免罪など関係なく襲って来るぞ」
「いやいやいやいや、大義名分が大事なんだって。今のままだと兄さんは国王殺しの大罪人として、他国からも手配されるかもしれないじゃない。
罪さえ赦されれば、もし襲撃されたときは逆に襲ってきた奴らを罪に問うこともできるようになるんだよ」
ファルハルドにはいまいち理解できなかった。襲われれば倒す。ただそれだけ。当たり前のこととしてそう考える。罪だの、大義名分だのは理解の外にあった。
とはいえ、どのみち必要な手続きであり、遅かれ早かれ行うことになる。反論するほどの理由もない。素直にジャンダルの意見に従った。
中央大神殿はいくつかの建物が繋がった、中心区画の中でも一際巨大な建物だった。その中心にあるのは祈りの場であり、各種神事を行う場でもあり、同時に神官たちの生活の場でもある神殿部分だ。個別の神をではなく、様々な光の神々を一ところに祀っている。
神殿部分は神性を感じさせる不思議な淡く輝く白い石で造られている。
ただし、今回ファルハルドたちが用があるのは神殿そのものではなく、そこから繋がっている建物の一つだ。その建物は昔は砦として使われていたのか、重々しく飾りのない武骨な造りをしている。
開け放たれたままの扉を潜れば、そこは人々でごった返していた。神官、神殿に属し神官の手伝いをする半聖半俗の助衆、そして迷宮に潜る挑戦者たち。
そここそが挑戦者たちに必要な手続きを行うための場所だった。
ジャンダルが近くにいた、いかにも戦士といった風貌の赤髪の人物に話しかける。
「やあ、初めまして。おいらたち、迷宮に挑むためには手続きが必要だって聞いてやって来たんだけど、さっぱりわからなくて。どこに行けばいいか教えてもらえないかな」
話しかけられた男性はちらりと、ジャンダルの手袋を外している右手に目をやり、「なんだ初めてか」と尋ねた。
「うん、そうなんだ。だからどこになにがあるかよくわかんなくて」
男性はなにかの手続き待ちで手持ち無沙汰だったのか、存外親切に教えてくれる。
「それなら、向こうだ。ほら、あそこに何人か並んでいるだろ。あそこに並べばいい」
男性は入口を入ってすぐの場所を指差す。そこには複数の助衆と挑戦者たちがいる。
別の部屋に通じる通路の前に二人の助衆が立ち、その前に五人ほどの男たちが並ぶ。助衆の一人は男たちに何事かを説明しており、もう一人は並んでいる男たちを一人ずつ通路から奥の部屋へと案内している。
ファルハルドたちは男性に礼を言い、列に並んだ。
並んだファルハルドたちにも助衆からの説明がなされる。長く大袈裟な言い回しだったが、要約すれば迷宮に挑む者は大半が途中で命を失う、それでも挑戦するのかという確認だった。もちろん答えは是。二人とも挑戦すると答える。
意思を確認した助衆は順番が来たファルハルドを奥の部屋へと案内する。そこには一人の若い神官がいた。
神官と助衆は着ている物は同じ神官服だが、一目で見分けがつく。神官は無私の証として髪を全て剃り落とし、助衆は髪をそのまま残しているからだ。
若い神官は再度、ファルハルドの意思を確認する。
「神々が創り給いし試練場たるパサルナーン迷宮は、力なき者を容易く呑み込みます。生き残れる者は百人に一人、パサルナーン神殿遺跡に到達できる者は万人に一人とおりません。それでも汝は神々の試練に挑まれますか」
「ああ」
「ならば挑戦者の証、『光の宝珠』を与えましょう」
神官は背後の棚から不思議なものを取り出した。掌に包み込めるぐらいの大きさの半透明の丸い石を、上下から環の付いた台座のようにも見える金属の塊が挟み込んでいる。それをファルハルドに手渡した。
「中央の石を両手で包み込み、私に続けて、誓約の文言を唱えるのです。『これなる宝珠は我が命。光こそが我が道標。苦難に会えども我は挫けず、苦痛に襲われようとも我は怯まず、我はあらゆる闇を祓い清める。幾千幾万の試練を越え、“始まりの人間”の光を追い求める』」
ファルハルドが続けて文言を唱えれば、身体から力が吸い出される感覚があった。驚き手を開けば、先ほどまで半透明だった石が変化している。
宝珠は透明となり、その中に揺らめく光を宿している。上下の金属も赤味を帯びた金色となり、複雑な文様がはっきりと見て取れた。
「これにて誓約はなされました。新たなる挑戦者に神々の祝福あれ」
助衆に案内され、行きとは別の通路を通り元の場所に戻った。しばらく待てばジャンダルも戻ってくる。
「これでひとまず手続きは終わったね。あれ? なんで宝珠を手に持ったままなの。ほら、こうやって腰帯に付けるんだよ」
そう言ってジャンダルは自分の腰に手をやる。見れば金属の環に革帯を通し、宝珠を腰に吊っている。
飾りかと思った台座に付いた環はそのためのものだった。
確かに環は開け閉めしやすい構造になっている。ファルハルドも真似をして、腰帯に吊った。ジャンダルは待っている間に周りの挑戦者たちを観察し、皆が宝珠を腰帯に吊っていることに気付いていた。
「周りを観察するのも大事なことだよ」
もっともだとファルハルドは頭を掻いた。




