54. 王都戒厳 /その③
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五の月十九日。王都に辿り着いてから十六日目。
ジャンダルはいい加減、王都での生活にも慣れ、王城へ侵入する方法を求めて出歩いている。王都内の警戒は相も変わらず厳しいが、付け入る隙が生じているからだ。
人間はいつまでも緊張状態を維持できない。休日返上で連日駆り出され続けている衛兵たちには、一部で中弛みが見られるようになっていた。
形としては警戒態勢を維持していても、実態としては気が抜け警戒対象を見ても目に映っていない者たちが出てきている。
ジャンダルはその警戒が緩くなった箇所を掻い潜り、王都内を移動する。
そして、もう一つ見極める。行商人として各地を回り商売をしていたジャンダルには嗅覚がある。誰ならば袖の下を受け取るのかを嗅ぎ分ける嗅覚が。
元々、人通りが少ない地区に配置されている衛兵に目を付けた。重要な場所は有能な人間に任される。人通りが少ないさして重要でもない場所に配される人間の程度など推して知るべしだ。
最初はわざと人目を引くようにその地区を横切り、散々にきつく絞り上げられるようにした。
次は数日置き、ついうっかりまたその地区を横切ったふりをして取り締まらせた。その途中で回りに人目がないことを確認し、なんとか見逃してもらおうと有り金を差し出す小者を演じた。
衛兵の目に卑しい光が過ぎる。
ただ、末端であるとはいえ政府に仕える人間。目の色を変え、即座に金に手を出すなどということはない。いかにも意識の高いお役人様なら言いそうな台詞を並べ、なかなか金を受け取ろうとしない。
ただしその間、物欲しそうなその視線はずっとジャンダルが持つ金に釘付けになっているが。
衛兵は口ではいろいろと立派なことを言ったあと、最終的にジャンダルが差し出す金を懐に入れた。
一度、転がしさえすれば、あとは簡単。ジャンダルたちにはセレスティンから渡された資金がたっぷりとある。何度か過分な金を握らせ、金と引き換えに情報を売るように手懐けた。
これで衛兵の、ひいては断片的とはいえ王城の情報を仕入れる道筋はできた。
そうやって得た情報と、離れた場所から可能な限り王城への人の出入りを観察した結果を併せて考えると、やはり最も実現可能性が高い進入口は下働きが働く区画。
どうやって未だ厳格な王城周辺の取り締まりを潜り抜け王城に辿り着くかは考えねばならないが、辿り着きさえすれば中には入れる。
問題はその先だ。
情報を売った衛兵は末端の人間。この衛兵から得ることができた王城内の情報は限られる。
王城は地下一階、地上四階から成り立ち、地下には倉庫と牢が、地上一階は食料庫や身分低い者が働く場所がある。
地上二階から上は、立場が上の人間しか立ち入ることはできず、この衛兵も二階以上については全く知らないそうだ。
この衛兵の話で気になるのは地下牢だ。捕らえた人間を置いておく場所として最も考えやすい。
ただ、この衛兵によれば、地下の牢で子供を見たことはないらしい。
アレクシオスは別の場所に閉じ込められているのか、この衛兵では立ち入れない秘密の牢にでも入れられているのか、そこは不確かだ。
それに地下牢にはもう一つ気になる点がある。
ジャンダルがさらに考えを進めようとした時。王都中に耳を聾する早鐘の音が鳴り響いた。
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衛兵は顔色を変え、ジャンダルに家に帰るよう怒鳴りつけ、自分は走り出した。
王都内での早鐘がなにを意味するのかを知らずとも、なにか徒事ではない事態が起こったと察するのは容易だ。
ジャンダルは神殿には戻らず、注意しながら衛兵が向かった方角へと進んだ。
王都を囲む街壁近くまで進めば、なにやら慌ただしい人の動きが見られた。
街壁には衛兵だけでなく、他の兵種の者たちも集まっている。街壁上にいる者は大半が弓矢を構え、全ての者が外を向いている。
ジャンダルは右手の義手から魔力の糸を伸ばし、近くの家の屋根へと上った。
その家は庶民の家。屋根に上ったところで、その高さは王都を囲む街壁よりも低く外の様子を見ることはできなかった。
それでも、高さが近づいたことで兵たちの動きが見やすくなり、声や音も聞き取りやすくなった。
判明した。アルシャクス軍が攻めてきたのだ。
ただし、全軍ではない。一部隊が突出して攻め寄せてきた。
当然、堅牢な街壁で守られ、多くの守備兵がいる王都をわずかな兵では墜とせない。部隊は攻撃を行うことなく引き返していった。
街壁に配置された兵たちは部隊の姿が見えなくなっても解散することなくそのままの警戒を続けている。ジャンダルは街壁傍を離れ、王城へと向かった。
やはりだ。王城を守る衛兵の警戒度は上がっているが、配置されている絶対数が減っている。
これなら行ける、か? しばらく観察を続け、神殿に戻った。
仲間たちを使っている部屋に集め、見たことを伝える。
「その鐘の音はここでも聞こえたぞ」
カルスタンが言い、皆も頷く。
「あの早鐘はアルシャクス軍が攻めてきたのを知らせるためだったみたい。衛兵とか大勢が王都を囲む壁に集まってたんだよね。
んで、その分、王城回りの衛兵は減ってた。おいらたちが狙うなら、そこかなって思うね」
「そこって、早鐘を鳴らして衛兵たちを騙くらかすってのかい。それはちょっと無理じゃないのかねえ」
ラーナは疑問を呈した。
確かに急報を告げる鐘は厳格に管理され、守られている筈だ。手懐けた衛兵を利用するにしても、偽りの早鐘を鳴らせるのは難しいだろう。
だが、ジャンダルは違う違うと軽く応える。
「外敵に備えて王城周辺が手薄になる時を衝こうってこと。ほら、鐘を鳴らさなくても、あいつらが外敵に備えなきゃいけない機がもうすぐ来るじゃん」
「機? なんだい、そりゃ」
「なるほどのう」
ペールはジャンダルがなにを言っているかを理解し、納得の声を上げた。
「三日後の二十二日は新月。夜襲には最適である。一度、王都までアルシャクス軍の接近を許したからには、イルトゥーランは闇夜の夜襲を警戒し、守備を厚くせざるを得ん」
「そそ。実際に夜襲があるかないかなんて関係なく、イルトゥーランは備えるしかないんだよね。だから、そこを狙おうってこと」
皆はやる気に満ちた表情で頷いた。
アレクシオスが攫われてから三月近く、ファルハルドと別れてから約一月半、イルトゥーランの王都に辿り着いてから十六日。
来る日も来る日も逸る気持ちを抑え王城を眺めてきたのだ。採れる方策が示されたのなら、迷う理由はない。行うのみ。
であったのだが、アシュカーンが一つのことに気付き、懸念を口にした。
「私たちはこのところ、この荒々しき戦神の神殿に住まわせていただいております。私たちが王城に攻め入ることで、後々この神殿が咎められたりはしないでしょうか」
これには一同揃って考え込み、アリマが答えた。
「――咎められる、と思う。王のいる城に他国者が侵入するなんてあり得ないし、ベルク王と対立するんだから、私たちは間違いなく大罪人とされる。そんな私たちを長々と住まわせて、お咎めなし、とはならない、と思う」
「うーん、いまさら宿代えても手遅れだし、イルトゥーランの首脳部を殺し尽くす……、なんて、無理だしねぇ……」
ジャンダルは物騒な考えを口にするが、当然それはあまりに非現実的だ。皆はより一層、深刻に考え込むがやはり打開策は浮かばない。
その時、扉の向こうから声が掛けられた。
「我らのことは心配めさるな」
扉が開かれたそこには、神殿長以下この神殿に於いて指導的立場にいる高位神官たちが勢揃いしていた。神殿長は笑っている。
「密談を行うには少しばかり声が大きいですな」
確かに油断があったようだ。
自分たちを手厚く受け入れてくれたとはいえ、国の中心にある神殿が国と結びついていても不思議はない。そんな場所で国の心臓部に侵入する方法を話し合うなど、場違いにもほどがある。
もっとも、神殿長たちの態度を見れば、警戒の必要はなかった訳だが。
「えーと、あの、心配いらないってのはどういうこと?」
「我らは戦神様に仕える者ども。困難なる戦いに向かう戦士たちを支え、祝福することこそ本分。
その役目を果たさねば、それこそ戦神様より咎められましょう。それに比べれば、人により咎められることなどなにほどのこともない」
神殿長はきっぱりと言いきった。
イルトゥーランに身を置く者が国より咎められて無事に済む筈がない。
だがここまで言われ、なおも懸念を口にするなら、それは彼らの心意気を踏みにじる行為。ジャンダルたちはただ感謝を述べ、必ずや目的を果たすと誓った。
そして、三日後。五の月二十二日、夜半。
戦いの準備を整えたジャンダルたちを神殿長以下、この荒々しき戦神の神殿に所属する全ての神官たちが揃って出迎える。
ジャンダルたちは神官たちに今日までの礼を述べた。神殿長は困難な戦いに赴く戦士たちに戦神の祝福を祈った。
ジャンダルたちは神殿を後にする。
向かうは王城、決戦の地。
次話、「里」に続く。
しばらく更新お休みで、次回更新は12月6日予定です。済みません。
もうねぇ、人がばたばた辞めたからといって、48時間連続勤務とかムチャだと思う。これ、労働基準法とかに引っかからないのかなあ(=_=;)。
もう、頭が回りません。
という訳で、もしかしたら投稿時には次話のサブタイトルとかも変更になるかもしれません。まだ、次の話は最初の部分しか書けてないので内容が煮詰まっていないのです……。




