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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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53. 王都戒厳 /その②



 ─ 3 ──────


 それは唐突に始まった。


 始まりはあまりに厳しい王都内の警戒のせいで日々の生活に必要な買い出しにも不自由する女性が、あらためを行おうとした衛兵に文句を言ったことだった。


 衛兵は女性を咎めるが、散々に不満を溜め込んでいた女性は口をつぐまない。より一層、強く大きく文句を言う。


 女性のまくし立てるその内容は、普段なら衛兵相手に口にするにははばかられる内容。取り締まりが厳しくなっている今ならなお一層に許されない。


 だが、今は多くの市民が多くの不満を溜めている。


 直接的には、あまりに厳しい警戒が続けられたために。

 間接的には、イルトゥーランには潜在的に自国に反抗心を持っている者たちも多く住んでいることから。


 それは自身や先祖がイルトゥーランによって滅ぼされた国々出身の市民たち。武力によって抑え込まれ、不満を隠し貧しく辛い生を生きるしかない者たち。


 今、イルトゥーランはアルシャクスによって押され、絶対だと思っていたイルトゥーランの武力に疑問が生じている。


 そのため、それらの者たちは衛兵にくってかかる女性の姿を見ることで、自らの内に抑えてきた不満が揺り起こされる。

 もう、これ以上は我慢をしていられない。女性を後押しするようにそれぞれが不満を口にし始める。


 不満に目をぎらつかせる市民に取り囲まれ、焦った若い衛兵は選択を誤った。思わず、その始まりであり目の前で大声で文句を言い続ける女性を打擲したのだ。

 衛兵が持つ警杖で肩を打たれた女性はぎゃっと悲鳴を上げ、その場に倒れた。


 衛兵の行為は少しばかりやり過ぎではあっても正当な範囲内。普段ならば誰も責めはしない。だが、今は。


 群衆は一気に怒りの沸点に達し、一斉に衛兵に殴りかかった。


 騒ぎを聞きつけた他の衛兵たちが駆けつけ、怒りの対象になった衛兵はなんとかその場から救い出された。

 しかし、その過程で市民たちに多数の怪我人が出てしまう。もはや王都全体に騒乱が広まるのは時間の問題だった。




 神殿に駆け込んできた市民からその騒ぎについて耳にしたジャンダルは近くにいた神官に断りをいれ、急ぎ騒ぎの現場へと向かった。


 そこに渦巻くはたぎる熱気。溜まりに溜まった不満を吐き出すきっかけと方向性を得た市民たちは止まらない。


 これからなにが起こるのか。決まっている。ろくでもないことが起こるのだ。きっと血腥ちなまぐさいことが。


 だから、大事なのはなにが起こるかではない。この事態にどう対応するのかだ。


 選択肢は大きく分けて二つ。騒動に加わり、この熱を利用し望みを実現する。もしくは、騒動からは距離を置き、事態がどう推移するかを見極めてから動く。


 選ぶ答えは決まっている。ジャンダルは即座にきびすを返し、神殿へと駆け戻った。


 その場に立った者なら一目で理解する。一度動き出したあの熱は誰にも制御できない。


 狂熱が宿る群衆の目を見ればわかる。もし、騒動に加われば、いや、きっと内に溜め込んだものがある者は不用意に近づいただけで、あの熱に呑み込まれ、自分を見失う。


 そんな騒動に加わって、事態を自分の都合が良い方向へ操れる訳がない。

 だからジャンダルは神殿へと戻った。



 神殿に帰ったジャンダルは本来必要な面会の手続きをすっ飛ばし、神殿長に訴えた。あれは駄目だと。


 言葉巧みに訴えたのではない。群衆を目にした瞬間に全身を貫いた原始的な恐怖をそのまま伝えた。


 ジャンダルが口の上手い人間であることを神殿長は知っている。その口が上手い人間が強張こわばった顔で目を見開き、いくらか支離滅裂になりながら早口に話す。


 伝わる。言葉巧みに話される以上に、ジャンダルが感じた恐怖がはっきりと正確に伝わった。



 ジャンダルが話し終わると同時に、神殿長は指示を出した。発生する負傷者の受け入れ準備と騒動の監視、他の神殿への連絡を命じる。


 通常であれば、群衆の説得や暴徒の鎮圧、政府への注進を行っている。

 しかし、今回は行わない。ジャンダルの意見を入れ、いかに修練を積んでいる戦神の神官たちであっても、限られた人数では説得も鎮圧も不可能であると判断したために。


 そして、権力におもねり一体化しているとの誤解を避けるため、政府への注進も控えた。


 もちろん、あまりに見過ごせない状況になる、あるいは政府の側から協力の要請があれば、その時はまた話が変わってくるが。




 怒れる群衆は衛兵の詰所を襲った。


 最初に襲われた詰所は備えが間に合わなかった。抵抗するが、群衆の数の力と勢いの前に陥落する。次に狙われた詰所も同様に。


 だが、そこまでだった。その次に狙われた詰所はとせなかった。衛兵側に充分な備えと、群衆側に参加者の伸び悩みがあったために。


 現状、王都の民ほぼ全てが不満を抱えている。なにも手を打たなければ、熱に浮かされその多くが騒乱に加わっていただろう。


 しかし、最初に騒動にあたった衛兵たちが即座に連絡を発し、王都全域で外出禁止を実施した。

 禁を破る者、衛兵たちでも目が届かない場所はあっても、かなりの場所で騒乱の熱気が伝わるより早く人通りが絶えた。


 そのため、最初に騒動が発生した付近を除けば、新たに加わった者は限定される。充分に備えを整えた衛兵たちの相手にはならなかった。


 それでも不意打ちとなり意外なほどに過激化した騒乱を収めるには、実に一昼夜が掛かり、群衆側、衛兵側、双方併せて千名を超える死者が出る惨事となった。



 騒乱が収まるまでにあってしかるべきの政府から各神殿への協力要請も、収まったあとにあると思っていた尋問などもなかった。


 どんな思惑によるものなのか、それは誰にもわからない。




 ─ 4 ──────


 騒乱の日より、王都内の人の往来は目に見えて乏しくなった。衛兵が大幅に増員され、取り締まりがさらに厳しくなったせいだ。


 王都に住む皆が疲弊している。


 庶民たちは外出が難しくなり、生活が困難になっているために。

 衛兵たちは休日返上で働かされ続けているために。

 貴族たちですら、外出しづらくなり生活に不自由している。

 例外はずっと王城内で暮らす者たちぐらいのものだ。


 王都に漂う不穏さは増している。空気はより重く深くよどんでいく。



 ジャンダルは神殿内を見回す。

 閑散としている。多くの人が詰めかけ混雑していた状態が幻であったようだ。


 暗い。神殿を訪れる市民たちは、不満と不安を声高に訴えていたほんの数日前の姿など見る影もないほどに暗い。

 単に抑圧されているという程度ではない。生きる気力そのものが減退している。


 そして、その暗さは神官たちにも垣間見られる。


 今は戦時。とはいえ、王都は戦場でもない後方。そんな街中で千名を超える死者が出るなどかつてなかったこと。


 イルトゥーランは軍事大国であり、力を根本原理とする苛烈な国。力なき市民たちの反抗にも、戦を邪魔されることにも、殊の外厳しく対処する。


 それを知っているからこそ、市民たちが反抗することは滅多になく、反抗が起こるにしても小規模だった。


 だが、今回は大規模な騒乱が、王の膝元で急に起こった。

 なにかがおかしい。なにかが揺らいでいる。


 市民たちは無意識にそれを感じ取り、行動を起こした。神官たちはそれを感じ取り、憂いている。



 ジャンダルに言わせれば、なにがおかしいかなんてわかりきってるじゃん、となる。なにがおかしい? 王がおかしいに決まっている。


 イルトゥーラン歴代の王がどんな王であったかなんて知らない。各国の王がどんな王であるかなんて知らない。

 それでも、わかる。人の妻を斬らせ、その子を攫わせるような奴がまともな人間である訳がない。そんな王を戴いて、国がおかしくならない筈がない。


 直接的には取り締まりを厳しくし過ぎたことが原因なんだろうが、それも戦でアルシャクスに一敗地に見舞われたのが理由。


 そして戦場で負けたのは、結局不出来な王が下手糞な統治しかできてないため。家臣たちの心が離れ戦場での連帯が上手くいっていないのが原因だろう。


 武力を中心に置いたイルトゥーランは、その統治の成果は戦場でこそ如実に現れる。戦場での働きが上手くいかない時、イルトゥーランの体制は揺らぐ。


 そこまで考え、ジャンダルも気付く。

 イルトゥーランが一敗地に見舞われたことは周知の事実。そして、イルトゥーランが武力によって支えられた国であることは、この国に住む者なら誰でも肌感覚で知っている。


 なら、なぜベルク王はなにも手を打たない?


 国が揺らぎ、最も不利益をこうむるのはベルク王。それは明らか。


 ならば、保身のためにも手を打つのが当たり前。なのに、アルシャクスに大きく前線を押し込まれてから二十一日も経っているのに、これといって手を打っている様子は見られない。


 もちろん、庶民には高貴なる人々がなにを行っているかなど知る由はない。

 それでも、通常であれば人心を鎮めるため、手を打っていることを、それこそ誇張してでも宣伝するもの。それが統治者の行い。


 だが、今に至るも、行ったことといえば取り締まりを厳しくすることだけ。だからこそ、大規模な騒乱が王都で起こった。


 確かになにかがおかしい。ジャンダルも同じ疑問に達した。

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