52. 王都戒厳 /その①
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ジャンダルたちは無事、イルトゥーランの王都に辿り着いた。しかし、戦神の神殿から動けずにいる。
王都に入る際の検めも厳格を極めた。他国者であるジャンダルたちは怪しまれ、詰所へと引っ張られ、長時間の取り調べを受ける。
戦神の神殿の連絡牒を持っていたことから、問い合わせを受けた戦神の神殿が身元を引き受けると申し出てくれたお陰で、ジャンダルたちはやっと解放されたのだ。
「戦時だから、身元確認とか厳しいだろうなあとは思ってたんだけど。もうねえ、想像以上に厳しくて参っちゃったよ。ずっとあんな感じなの?」
ジャンダルたちは王都にある荒々しき戦神の神殿に移動したあと、改めて責任者に丁寧に礼を述べた。
その後、王都の現状を把握するために、雑談混じりの質問をする。
この神殿で神殿長を務める導師がジャンダルたちを茶でもてなし、答えてくれる。
「元より王都での検問は厳格であったが、あそこまで厳しくなったのは最近であるな。先日の戦いでアルシャクスに一敗し、前線が大きくこの国内部に移った頃から一層厳しくなったのだ」
一度大きく国境から押し込まれた後は、前線は大きくは動いていない。ただ、イルトゥーラン軍はアルシャクス軍を押し返すことができず、前線はじりじりと王都へと近づいているらしい。
「我々は戦神様を奉ずる者。戦を否定はせぬ。だが、戦は戦う意志持つ者がその命と誇りを懸けて行う営み。戦を望まぬ民が巻き込まれるなどあってはならぬ。でありながら、今は市民の生活が抑圧されておる。困ったことよ」
元々、戦場とイルトゥーランで最も重要な街道は距離が近かったのだが、前線が移動したことで街道の一部が戦場に含まれてしまった。
結果、最も人や物の移動が活発だった街道が使えなくなり、その影響が国中に広がりつつある。
さらに、その街道を通ってアルシャクス軍やその息が掛かった者が王都に侵入することを警戒し、検問が厳格になり、衛兵の巡回は増え、王都のあらゆる場所で連日の厳しい取り締まりが実施されている。
これらにより、王都を中心としたイルトゥーラン各地でアルシャクスと自国に対する不満が急速に高まっているのだという。
「今は、普段は神殿を訪れぬ市民たちも神殿へと足を運んでおる。早く戦を終わらせて欲しい、落ち着いた生活を取り戻させて欲しい、アルシャクスを打ち負かして欲しい、頼りにならぬ貴族たちを罰して欲しいと祈りにな」
導師は深々と溜息をついた。
「他の神殿でも同様だそうだ。我らも努めてはおるが、人々の不安を全て取り除くことはできぬ。無理からぬことと言えばそれまでであるが、今の状態が続くならいずれなにかが起きかねぬ」
ジャンダルたちはなんとも言えぬ表情で押し黙る。
自分たちの敵はベルク王であり、暗殺部隊。王都が不安定化することそのものは自分たちの助けになると言えるのだが、だからといってイルトゥーランの民が苦しめば良いとは思わない。
それに王都内の警戒が厳しくなるのも、あまりに治安が不安定化し過ぎるのも、身動きが取りづらくなり歓迎できないことだ。
しばし沈黙した後、自分たちに必要な情報を聞き出すために会話を再開した。
「そんなに取り締まりが厳しくなってるってことは、おいらたちがどこかで宿を取るのも難しかったりするのかな」
「ふむ。今は旅人も少ない故、宿屋はどこも空いておる。借りることは難しくなかろう。
ただ、どこの宿屋でも宿泊客の名簿を全て提出させられておるそうだ。おそらく宿を取る者は監視され、連日のように衛兵による検めを受けるだろうのう。
部屋を用意させるので、しばらく神殿に身を置けば宜しかろう。今は人手が足りておらぬからの。
其方らの手が空いておる時に助衆として働いてくれればそれで良い」
せっかくなので、このありがたい申し出を受けることにした。
「ときに」
導師は少し身を乗り出した。
「教権師殿はいずこにおられるか?」
「あー、いやー、そのー。ちょっとおー、兄さんは用があって、一旦別行動してんだよね。そーろそろ追いついてくると思うんだけどねえ。ねえ。あはは、は」
ファルハルドは祖父を名乗る老爺に連れられ、『大いなる存在の試し』とかいうものを受けるために別行動中。
ファルハルドならその『大いなる存在の試し』をきっと乗り越えるだろうと信じてはいるが、そのためにどのくらいの日数が掛かるかはまるでわからない。
こうして戦神の神殿があれこれ親切に融通を利かせてくれるのは、どう考えてもファルハルドが戦神の神殿が言う『聖文碑』の解読に貢献したお陰。
そのファルハルドがいつ追いついてくるかわからないとは言いづらく、精いっぱい誤魔化してみた。
─ 2 ──────
この五日ほどを王都にある荒々しき戦神の神殿で助衆として働き、ジャンダルたちは神殿に馴染んでいた。
元々荒々しき戦神に仕える神官であるペールは当然、助衆ではなく神官として働き、どこからどう見てもいかにも戦士といった佇まいのカルスタンとラーナは戦神の神殿にいてもなんの違和感もなく、神官たちにも最初から歓迎されている。
ジャンダルやアリマは戦神の神殿にいる者らしくはないが、その働きぶりからすぐに認められた。
ジャンダルはその人当たりの良さや目敏さから、不安を抱え神殿にやって来る市民たちの気持ちを言葉巧みに解きほぐし、神官たちへの相談が順調に進む橋渡し役を行っている。
アリマはその知見を活かした効率的な人や資源の配分の提案や、法術とは異なる魔術を使っての手助けを行うことで重宝されている。
異なる神に仕える神官であるアシュカーンも、主に書類仕事を手伝い役に立っている。
手伝い初めた次の日には、なにかと忙しい現在、いてくれてとても助かると感謝されるようになっていた。
こうしてひとまず落ち着いて過ごせる場所を確保できたのは良かった。ただ、ジャンダルたちは焦燥に駆られている。王城へ侵入する目処が全く立たないからだ。
『戦士の国』を名乗るイルトゥーラン。その王都にある戦神の神殿は王都の中心地にある。貴族たちが多く住む街の北や西からも、庶民たちが住む南や東からも訪れやすい場所だ。
対して、王城は王都の北西に建てられている。西側を大森林に接し、その他三方を貴族街に囲まれた小高い丘の上に。
ただでさえ庶民には近づけないその王城に、今は普段以上に近づくことができない。
ジャンダルたちが王都に辿り着いた時にはすでに厳しかった王都の警戒が、その後さらに厳しくなったために。
現在、王城には貴族や役人ですら気軽に出入りすることができない。毎回、衛兵に止められ、徹底的に調べられている。
当然、食料などを納品する商人たちも、長時間の執拗な検査を受けなれば下働きたちが働く区画にすら入ることはできない。
よってジャンダルたちが王城に侵入する方法を調べようにも、そもそもその糸口すら見つからないのだ。
ジャンダルたちは毎日苦い思いを抱き眺めている。神殿から一歩外に出れば、ありありと見られる王城の偉容を。




