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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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50. 幻想迷宮 /その⑤



 ─ 5 ──────


 悪魔イブリース。『悪神の王(タロー・マティ)』が産み落としたる闇の眷属けんぞくにして尖兵。その力は神々と等しい。


 当然、それは人がかなう存在ではない。


 ただ、幸か不幸か、悪神の王が産み落とした純然たる悪魔、人間の分類によるところの上位悪魔たちは神々と同様に『創られた者たちの大地( ファルスターナ )』には属さぬ存在。


 『創られた者たちの大地』に現れる上位悪魔とは、言うなれば異なる次元に置いた本体が映し出す影のようなもの。


 『創られた者たちの大地』に住む者ではその本体に手出しすることができぬ代わりに、上位悪魔たちも『創られた者たちの大地』では十全な力を振るうことができない。




 フィルーズたちはパサルナーン迷宮十一層目、悪魔の階層を進む。


 現れる悪魔は二種に大別できる。悪神の王が産み落とし存在の本質を別次元に置いた上位悪魔と、上位悪魔が産み出した肉持つ存在である下位悪魔だ。


 光の神々による制限なのか、上位悪魔は休息所には近づくことすらできない。よって休息所を出て、最初に現れる敵は下位悪魔。


 この時現れた下位悪魔は二体。野晒のざらしの骨のようにのっぺりとした白い個体と、したたる血のように赤い個体。


 その姿形は一層目、二層目に現れた悪魔型の石人形や木人形と同じ。

 身体は骨と皮。全体的に細身な造りながら、突き出た口には牙が並び、不自然に大きな角、大きな翼、長い尻尾を持つ。


 ただし、その身の大きさは石人形たちよりも大きく、フィルーズたちよりも二回りは大きい。



 白の悪魔がその鉤爪が生えた腕を振るい、赤の悪魔が長い尻尾を振るう。


 肉持つ身である下位悪魔であっても、内包する魔力は莫大。ただの腕や尻尾の一振りが、物理的な攻撃であると同時に魔力的な攻撃ともなる。


 ベリサリウスが魔法剣術で剣に魔力をまとわせ白の悪魔の一撃を腕に斬りつけながら受け、アーラームが守りの光壁を展開し赤の悪魔の尻尾をらす。


 間を開けず、白の悪魔にフィルーズが、赤の悪魔にシアーマクが斬りかかる。


 フィルーズもシアーマクも魔法剣術の使い手。フィルーズの長剣も、シアーマクの戦斧も魔力をまとっている。上位の亡者と同じく悪魔相手には魔力を帯びた攻撃でなければ、まるで効果がないのだから。


 二人の攻撃は下位悪魔に傷を負わせる。その傷口から血が流れ落ちることはない。血ではなく、その身が塵となって零れ落ちてくる。


 負わせた傷は軽傷。零れ落ちる塵はわずか。悪魔の動きに遅滞はない。腕を振るい、尻尾を振るい、咆吼を放つ。


 悪魔の咆吼とは聞く者に影響を与える魔法干渉。


 アーラームが光壁を広げ、悪魔の咆吼を遮断する。ベリサリウス、フィルーズ、シアーマクが体内魔力を活性化させ、攻めかかる。


 ベリサリウスが白の悪魔の腕を斬り裂き、フィルーズが臑を断つ。シアーマクは赤の悪魔の腕を斬り飛ばした。


 悪魔たちは咆吼を上げ、身体を再生させる。その再生力は上位の亡者に匹敵する。斬り裂き、断っただけの白の悪魔の傷は即座に、腕を斬り飛ばした赤の悪魔の傷は少しの時間が掛かり再生される。



 フィルーズが前に出て一人で白の悪魔と斬り結び、ベリサリウスは下がり剣を立てて祈りを上げる。


「我は理不尽に逆らう者なり。火の神アータルにこいねがう。悪を滅ぼすその火の力を我に貸し与え給え」


 ベリサリウスの剣を覆う魔力が青白く燃える神火に変換された。斬り裂き与えるその傷はさっきまでよりも大きく深くなり、再生速度も目に見えて落ちた。


 ベリサリウスに呼吸を合わせ、フィルーズも攻め立て翻弄する。ベリサリウスはまとう神火を燃え盛らせ、剣を大きく振り赤の悪魔も牽制する。


 赤の悪魔はシアーマクを狙った攻撃をベリサリウスに邪魔された。生じた隙を見逃さない。シアーマクは大きく踏み込み、重い一撃で袈裟懸けに斬り裂いた。赤の悪魔は苦悶の声を上げる。


 その間近から上がる苦悶の声はシアーマクに影響を与え、シアーマクの頭は混乱する。誰かれ構わず暴れようするシアーマクにアーラームが祈る。


「我は平安の世を目指す者なり。約束をつかさどる神ミフルに希う。乱され惑う者を正しき状態に戻し給え」


 アーラームが祈りの言葉と共に触れれば、シアーマクの混乱が収まる。

 その乱れた隙を赤の悪魔がつくことはできなかった。その足を、腹を、石の槍が貫いていたからだ。


 それはセリアが創り出したもの。セリアは床に触れ、床を形作る石材に術式を通した。セリアの意思に従い、石材は槍へと形を変え赤の悪魔を貫いたのだ。


 セリアはさらにその貫く槍を分岐させ、逃れようとする赤の悪魔を固定する。


 動けぬ悪魔をシアーマクが斬り裂き、アーラームがその法術の一撃により悪魔の身を塵へと還す。


 反撃を受けながらも、フィルーズたちは二体の下位悪魔を倒した。


 常人ではその前に立つことすら不可能な下位悪魔を打倒する者たち。まさに英雄。

 この者たちなら、歴史上三例目となるパサルナーン迷宮全層踏破を為せるに違いないと期待されている。


 フィルーズたちも全層踏破を目指し、さらに先へと進む。





 シアーマクは床に横たわる。息をしているのかどうかわからない。仲間たちは追い込まれ、駆けつけることができないのだから。


 敵は上位悪魔。その実力は桁違い。複数体の下位悪魔を降せるフィルーズたちでも歯が立たない。


 ベリサリウスとフィルーズは全身を血で濡らしている。ベリサリウスは剣を支えに床に片膝をつき、フィルーズは立ててはいるが剣を持ち上げることもできない。


 アーラームはあちこちにひびが入った光壁を懸命に維持し、セリアは最後の反撃を試みるため己が命を削りながら術式を織り上げている。


 悪魔の精神構造も、その身体の造りも人とは異なる。それでも、今浮かべている表情は理解できる。

 わらっている。まるで話にならぬ卑小の身で挑み、今にも潰れそうな状態で必死に抵抗するフィルーズたちをあざけっている。


 悪魔の口腔に魔力が集まる。その魔力量が放たれれば、もはや崩壊寸前のアーラームの光壁では耐えられない。その一撃で一行は塵一つ残さず消し飛ばされることだろう。


 次第に高まる悪魔の魔力。このままでは、反撃のためセリアが織り上げている術式の完成は間に合わない。


 ベリサリウスとフィルーズは互いに目を合わし頷いた。二人は精神を集中し、根源の領域を満たす魔力を引き出した。

 全身に、剣に魔力を行き渡らせ飛び出した。果敢に攻める。一拍でも二拍でも時間を稼ぐ、そのために。


 二人の決死の抵抗に、悪魔の魔力が揺らぎ、口腔に魔力が集まる速度が鈍る。


 これなら間に合う。二人がそう考えた、その時。

 確認のため、セリアに一瞬向けたフィルーズの視界の端にセリアへと忍び寄る黒い影が映った。


 それは闇が凝縮したような漆黒の悪魔。アーラームの光壁が届かぬ場所を迂回し忍び寄る、奇襲に特化した下位悪魔だった。


 その姿を見た瞬間、フィルーズは動いていた。


 下位悪魔はセリアのすぐ傍に。その鉤爪をかざし、セリアを狙う。

 セリアも下位悪魔の接近に気付いた。しかし、もはや回避も術式の切り替えも間に合わない。セリアに為すすべはない。


 鉤爪は迫る。間一髪、跳び込んだフィルーズの一閃が下位悪魔の腕を斬り飛ばし、返す刀で下位悪魔の首を斬り飛ばした。



 しかし。全身に傷を負い、疲労が溜まり、セリアの危機に心乱したフィルーズは通常の状態ではなかった。


 いつもなら、くらう筈はなかった。首を落とされようとした下位悪魔の反撃など。死角からフィルーズを狙った尻尾の一撃など。


 フィルーズが下位悪魔の首を落とした瞬間。フィルーズもまた、下位悪魔の尻尾の一撃によりその胴を串刺しにされた。


 下位悪魔の身はたちまち塵となって崩れ、フィルーズはその場に倒れ込む。


 セリアは術の構築を止め、フィルーズに手を伸ばそうとした。

 だが、セリアは見た。倒れるフィルーズが、もはや声を出すこともできぬフィルーズが、その唇の動きで、止めるなと語りかけた姿を。


 セリアが衝撃に立ち止まったのは刹那の刻。刹那の刻でセリアは気持ちを切り替えた。一気に術式を織り上げる。


 上位悪魔が口腔に集めた魔力を放つと同時に術式が完成。それは魔法攻撃を増幅して反射する機能をアーラームの光壁に付与する術。


 光壁は砕けながらも、悪魔より放たれた魔法攻撃をね返した。増幅し撥ね返された魔法攻撃を受け、上位悪魔は崩れゆく。


 仲間たちがとどめを刺さんと残る力を振り絞る後ろ姿を見ながら、フィルーズの意識は闇に包まれる。


 最後に耳に残ったのは、フィルーズの名を呼ぶセリアの慟哭だった。

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