45. 開戦 /その②
この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。
─ 3 ──────
さて、どうなんのかねぇ。日が暮れた陣営地で、焚き火を眺めオリムは考える。
団長であるダリウスは今、ヴァルダネスに呼ばれ、前線作戦会議に出席している。
通常、作戦会議に傭兵が加わることなどあり得ない。いくらヴァルダネスが高く買っていようとも、周りの幕僚たちが納得しないからだ。
しかし、ダリウスには有無を言わさぬだけの実績がある。初戦に於いて、並み居る敵を薙ぎ倒し敵将の一人を討ったのだ。
開戦初日の大金星。ダリウスは全軍の前で、王直々の褒詞を賜った。以来、ヴァルダネスはダリウスを作戦会議の特別参加者として遇していた。
そうはいっても、やはり作戦会議で常にダリウスに厳しく当たる者はおり、ヴァルダネスはダリウスを正式な一員に加えることは控えていた。
ただ、ちょうど先日、その者が守る場所がイルトゥーラン軍の突撃隊によって断ち割られ、敵軍に王のいる本陣近くまで迫られるという大失態があった。
以来、その者は完全に面目を失い、ダリウスに厳しく当たる者はいなくなった。ヴァルダネスは正式にダリウスを作戦会議の一員に加えた。
もっとも正式な参加者になったとはいえ、ダリウスが発言することは滅多にない。ヴァルダネスもダリウスに妙案を期待して出席させている訳ではない。期待しているのは、連携を深めること。
他の者たちはいざ知らず、この二者だけはこの戦の最終目標をイルトゥーランの王城を抜くことに置いている。
同じ目標を持つ者として、障害となる意見が出れば取り除き、実現のため協力し合う。そのためにヴァルダネスはダリウスを作戦会議に出席させている。
そして意見を固め終わり、今度の作戦会議ではいよいよ積極的に攻めに出る、その決を採る予定である。その結果がどうなるのか、オリムは半ばの期待を抱え待っている。
ダリウスが作戦会議から帰ってきた。その歩く姿を見、オリムはにんまりと笑う。
他の者ではわからないだろう。だが、長い付き合いのオリムなら一目見ただけでわかる。
明日は面白ぇ日になりそうだ。オリムの内で戦意が燃え上がる。
─ 4 ──────
血煙立つ戦場で、ダリウスがその無敵の拳で立ちはだかる敵諸共、堅く作られた馬防柵をぶち破る。
生じた空白を埋めるため、次から次へと攻めかかってくる敵戦士たち。
ダリウスはさせない。次から次へと敵を打つ。打つ、打つ、打つ、打ち払う。
ダリウスが確保する空白を、アルシャクスの重装槍騎兵が大槍を構え駆け抜ける。一部が敵の反撃に倒れながらも、立ち塞がるイルトゥーラン軍を蹴散らしていく。
そこにオリム率いる斬り込み隊が躍り込む。
「はっはーっ」
向かう先に立つは、戦斧と盾を構えた髭面の戦士。刃を撃ち合わせることなく、一振りでその首を刎ねた。
オリムは止まらない。ひたと前を見据え、一人、二人、三人と、当たるを幸いに新たな敵を斬っていく。
右手から迫る戦斧の一撃。オリムは目を向けることなく、勘一つで身を躱す。無造作に振るう三日月刀で敵の武器持つ腕を斬り裂き、返す刀で喉を裂く。
がっしりした体格の戦士が抱きかかえるように腕を伸ばし、突進してきた。
オリムは前に出した足を軸に回転。体当たりを透かし、横を通り抜ける敵の膝に回し蹴り。敵は転がり、自軍の戦士たちを巻き込んで派手に倒れた。
土埃舞い、血飛沫が飛び交い、切断された指が、手脚が転がる戦場で、オリムは笑っている。生命と生命のぶつかり合い。そのひりつく感覚に、オリムは声を上げ笑っている。
すぐ後ろに続くナーセルを始めとした斬り込み隊隊員たちも同じ笑顔を浮かべ暴れ回っている。
戦意横溢な黒犬兵団のなかでも、最も戦意に満ちた者たち。
彼らは望む。勝利の満足を? 得られる褒美を? 戦友たちと過ごす時間を? 生きて還る安堵を? それらは確かに彼らを喜ばせる。だが、真に求めるものは別にある。
なによりも望むもの。それは戦いそのもの。他では決して得られない生命を燃やす充実感こそ至上の喜び。この瞬間こそ、至福の時間。
暗殺部隊との因縁も、目指す目標も脇に置き、ただひたすらに振るう刃に、迫り来る刃に、全力を尽くして暴れ回る。
さらに続くは黒犬兵団本隊。各小隊長の指揮の下、一定程度には集団としてまとまりある動きを見せ、斬り込み隊が乱した敵部隊にぶつかっていく。
その小隊長のうち、最も巧みに指揮を執るのは、鬚なしハサンが退団したのを機に本隊へと所属を変えた髭ありハサン。
所属が変われども、斬り込み隊の呼吸は覚えている。斬り込み隊の動きに合わせ、部下と共にイルトゥーラン軍を蹴散らしていく。
目立つ動きを見せ、大きな被害を生んでいる黒犬兵団を止めるため、イルトゥーラン軍は精鋭を差し向けてきた。
大盾を備えた重武装隊と野獣の毛皮を被った荒々しい部隊。連携を取り、その大盾と装備でこちらの攻撃を止め、その隙に恐れを知らぬ野獣皮の戦士たちが襲い来る。
「上等だぁ! こら!」
オリムは昂る。その毛皮を被った戦士たちを見た瞬間に。雪熊将軍率いる部隊を思い起こさせる姿を見た瞬間に。
より一層、激しく大きく二刀を振るい迫り来る敵を血祭りに上げていく。
オリムはこの七年を遊んで暮らした訳ではない。アレクシオスの無念を晴らすため、決着が付かなかった雪熊将軍の娘エレムや黒い毛皮を被った部隊長を倒すため、嘗てなかったほど真摯に腕を磨いた。
もはや、そこんじょそこらの戦士では相手にもならない。敵精鋭が複数で向かってこようとも、片っ端から斬り捨てていく。
敵部隊はオリムは取り囲まんとする。だが、できない。オリムに続く斬り込み隊がさせない。
斬り込み隊を大きく上回る数の力を活かそうにも、続く黒犬兵団本隊もこの精鋭と互角に戦える者たち。数でも実力でも上回ることができないのだから。
ただし、敵精鋭たちの働きにより、オリムたちの進みは止まった。これで黒犬兵団の進撃は止まる。
いや、違う。他に離れた位置で戦う者がいる。
それはダリウス。ただ一人で敵部隊を圧倒できる者。
オリムたちがダリウスと離れて戦っていたのはダリウスの邪魔をしないため。普段のダリウスは団長として、自ら戦いながらも団全体の指揮を執り、必要な箇所の助けにも回る。
だが、今日のダリウスは戦意に滾っている。雪熊将軍と戦った時のように、全力で戦うダリウスの近くには誰も寄れない。オリムですら枷にしかならないのだから。
ダリウスの前では敵部隊の大盾も重武装も数の力も、意味はない。立ち塞がる全てを粉砕する。
それでも敵部隊は立ち止まらない。『戦士の国』イルトゥーランの戦士たちに恐れはない。前から、横から、背後から、十重二十重に取り囲んだ敵が一斉に攻めかかる。
ダリウスは敵を粉砕しながら、さらに意識を集中させる。深い集中と共に拳を包む燐光はまばゆい輝きとなる。
「ふんっ!」
ダリウスは輝く拳で地を打った。
生じる衝撃。大地が揺れ、舞い上がる土砂が敵部隊に降りかかる。
揺れる足下に、降りかかる土砂に、敵部隊の足が止まった。ダリウスの拳の前に、敵部隊は藁人形のようにあっさりと粉砕されていく。
ダリウスたちとは離れた場所。前線中央で大きな喊声が上がった。ヴァルダネスが率いる一軍がイルトゥーラン軍を断ち割ったのだ。
黒犬兵団の戦う場所は戦場全体から見れば、中央から外れた一角。
初戦で将を討ったダリウスたち黒犬兵団の戦闘力を軽視することもできず、イルトゥーラン軍は精鋭を差し向けてきたが、そうなれば当然他の場所が手薄となる。
ヴァルダネスがその隙を見逃す訳がない。
前線の総指揮官であり、現在のアルシャクスの武の象徴でもあるヴァルダネス自身が先頭に立つことで全軍の指揮を高め、一気にイルトゥーラン軍を断ち割った。
この日、イルトゥーラン軍は大きな被害を出し、前線は国境線から大きくイルトゥーラン内に移動した。
次話、「幻想迷宮」に続く。




