42. それぞれの場所で /その①
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「どうするんだ」
ファルハルドは、部下を引き連れ早々に立ち去ろうとするジュスールを呼び止めた。ジュスールはきっぱりと答える。
「陛下に事実を問いただす」
「いや、それ無理でしょ。どう考えても本当のこと、言う訳ないじゃん」
即座にジャンダルが否定した。カルスタンたちも憂い顔だ。
「お兄さんがたは近衛兵なんでしょ。まあ、実際のとこ、王様とどう関わってんのか知んないけどさ。それでも近衞ってんだから、王の側近くにいることは多いんでしょ。
それで子を攫う命令を下したのを知らないんなら、それはお兄さんがたには隠れて行ったってこと。なら、訊いたところで馬鹿正直に答えてくれる訳ないじゃん。むしろ、下手なこと訊いたら、消されるんじゃないの。
そもそも、本来王の側にいる筈の近衛兵がこんな場所まで出張ってくるには、いろいろあったんでしょ。兄さんを殺さずに帰った時点で無事に済むとは思えないんだけど」
「む……。だが、他に方法はない」
ジュスールの部下たちも困惑している。駆け引きや根回しが苦手な、どこまでも真っ直ぐな者たちのようだ。
「いっそ、一緒に」
「ふざけるな!」
ジャンダルは同行しないかと誘いかけるが、ジュスールは最後まで言わせずに切って捨てた。
「お前たちは敵だ。あくまで事実がわかるまで戦いを中断しただけ。勘違いするな」
ジュスールは親しみなど一切ない目で告げる。全く取りつく島もなく、ジャンダルは二の句が継げられない。緊張感のある尖った空気が漂い、誰もが口を噤む。
「もし、一つだけ頼めるなら」
しばしの沈黙の後、ファルハルドが遠慮がちに言い出した。
「俺の子は王城のどこかに囚われていると思う。どうあっても城に戻るのであれば、俺の子を探し身の安全を確保してもらえないだろうか」
ジュスールは厳しい目でファルハルドを見詰めた。しばし見詰め、口を開く。
「俺は、我が国が貴様の子を攫ったと信じている訳ではない」
さらに厳しい表情で続ける。
「だが。もし。万が一。万が一、本当に我が国が貴様の子を攫い、捕らえているのだとしたら。戦士の名誉に掛けて、貴様の子を守ってやろう」
「済まん。ありがとう」
ファルハルドは深々と頭を下げた。
「馬鹿が。万が一、本当ならばと言っているだろう。貴様の言を信じた訳ではないからな。ふん。それで名はなんと言う」
急に不自然な質問が為され、ファルハルドは戸惑う。
「……ファルハルド」
「違う! 貴様の子の名だ」
「あ、ああ。アレクシオスだ」
「ほう、悪くない名だ」
ジャンダルたちは少しの呆れとにやにや笑いが混じった表情を隠せない。まったく、素直でないと言うべきか、それとも素直過ぎると言うべきか。さっきまで殺し合っていた相手にこの態度。随分と良い奴であるようだ。
「それで、貴様はこれからどうするのだ」
「俺たちはこのまま」
ファルハルドは答えようとするが、それまで静かに見守っていた老爺が横から口を挟む。
「我が孫は、これよりイシュフールの地で大いなる存在の試みを受ける」
それは老爺の言っていた『大いなる存在の意思』や『この世の調和を乱すものを糺す』ために必要なことなのだろうか。
いったいなにを指しているのか、具体的なことはわからないが、ファルハルドはぼんやりと幼き日に母より聞いた話を思い出していた。
イシュフールには精霊の声を聞く者、姿を見る者は多いが、完全な意思疎通を行える者は極稀。その稀な者とは皆、『聖地』を訪れ、そこで精霊との交わりを得て還ってきた者たちであるとの話を。
老爺の言う『大いなる存在の試み』が母の言う『精霊との交わり』と同じかどうかわからないが、もし同じものを指すのならばイシュフールの中でも稀な者しか成功できない試みが、片親だけがイシュフールでしかないファルハルドで上手くいくものなのか。
大いに疑問だ。それでもそれがアレクシオスを助け出すために必要なことだと言うのなら、拒否するという選択肢は存在しない。
「わかった」
ファルハルドは覚悟を決め、同意した。ジュスールはそのファルハルドの顔付きから覚悟のほどを感じ取ったのだろう。余計なことは言わず、「では、な」とだけ言い残し出発した。
ファルハルドは腰の後ろの小鞄から、アヴァアーンの戦神の神殿で貰った連絡牒を取り出しジャンダルに差し出した。
「先に行っていてくれ」
「ん、わかった。なら、落ち合う場所は戦神の神殿ってことで。教権師さん」
ジャンダルはにやりと笑い、受け取った。
「もっとも、いけるようならおいらたちだけでもいくから。兄さんが追いついた頃にはアレクシオスを助け終わってるかもね」
「ああ」
「って、その前にっと」
ジャンダルは再びファルハルドの靴を直し始める。今回は応急修理とはいえ、前回よりもしっかりと縫いつけ、そう簡単には剥がれないようにと気をつける。
「でも、応急は応急だかんね。新しいのが手に入るなら、さっさと替えなきゃ駄目だよ」
ファルハルドは仲間たち一人一人と話し、「済まんが、宜しく頼む」と頼んでいく。
仲間たちは任せろと応えるが、アリマだけはイシュフールの居住地に行きたいし、大いなる存在の試みというのも見てみたいと散々とごねた。
これから採る移動手段はイシュフールの血を引く者でなければ行えないと老爺が説明し、戻ってきたあとで体験した内容を詳しく話すとファルハルドが約束したことで、やっとしぶしぶと引き下がった。
ただ、記録用にと、アリマが書き付けに使っている薄くて丈夫な白布を渡される。ファルハルドはそっと溜息をつき、受け取った。
「向かうぞ」
老爺が出発を促し、老爺とファルハルドは北に向け、深い森の中に分け入っていった。
ファルハルドを見送り、この場に残るはジャンダルたち。
「さて、と。んじゃあ、暗くなる前にこっちも少しでも進もうか」
「そうだな。しかし、いよいよイルトゥーランに入ってからファルハルドがいなくなったのは痛いな。王城のある王都は東で良かったよな」
カルスタンが尋ねるが、明確に答えられる者はいなかった。
「かな? あれ? ちょっと待って。誰か、イルトゥーランの王都に行ったことのある人いる?」
このジャンダルの問いかけに皆は首を振る。
「わお、びっくり。これ、ひょっとして拙くない?」
「お前はイルトゥーランに来たことあるんじゃなかったか」
「あるはあるけど、おいらはアルシャクスとの国境ら辺だけだね。アリマは? 調査に来たこととかないの?」
「――わ、わたしも、ない。イルトゥーランでは、学者はあまり歓迎されない、から……」
「ペールとアシュカーンは?」
「某は初めてである」
「私もです」
「あっらー。まあ、しゃあない。んーと、じゃあ、取り敢えず、一旦南東に向かわない。アルシャクスとの国境に近づけば拓けてるだろうし、街道とか人家とかあるだろうから」
予定では、イルトゥーランに入ったあとは住人との接触を避け、王城まで大森林内を移動するつもりでいた。
ただそれは、方向感覚に優れ、天地自然の力が強い場所でなら水も食料もすぐに見つけ出すイシュフールの血を引くファルハルドがいるのが前提の話。今いる者たちでは、ずっと森林内だけを移動するのは難しい。
よってジャンダルたちは開けた平地を移動する。おそらく五日ほど南東に進めば、アルシャクス側ではラグダナがある辺りに出る筈だ。
イルトゥーラン側に大きな街はないかも知れないが、少なくとも街道は存在し、町や村もあるだろう。
今は戦時下、ここは敵地。あまり住人と関わりたくはないが、仕方ない。ジャンダルたちは街道を目指し出発した。




