40. ジュスール /その②
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「ああっ」
ファルハルドが攻撃をくらい投げ出される姿を見、ジャンダルとアリマは反応する。
ラーナやアシュカーンたちと違い、二人には戦士の作法はわからない。思わず援護に出ようとした。
しかし、これは決闘。他者が介入することなど許されない。
カルスタンとペールは目に力を籠め、視線で二人を止めた。ジャンダルとアリマは苦しげな表情で踏みとどまった。
抜かった。それが無意識であろうとも、わずかであろうとも、命を懸けて戦う敵を侮るなどあまりに傲慢。その報いを受けるは必定。ファルハルドは自らの驕りに対して手痛い付けを払わされた。
飛び出したジュスールは即座に方向転換。地面に転がるファルハルドに襲いかかる。
ファルハルドはそのジュスールの動きを視界に収めている。すぐに跳ね起きた。
が、ふらつき蹌踉めく。
脇腹の傷は浅い。多少引き攣るが、動きにはほぼ支障がない。影響が大きいのは体当たりをくらったこと。当たり所が悪かったのか、視界が回り、左腕も痺れている。
剣を翳したジュスールは目前に。精緻な体捌きによる回避は不可能。ファルハルドは大きく身体を傾け、なんとか躱した。
ジュスールはそんなファルハルドの状態を見て取り、急停止。大きく踏み込み大きく剣を振る。
ファルハルドはさらに身体を傾け、地面に倒れ込んだ。そのまま地面を転がり距離を取ろうとする。
ジュスールは逃がさない。追いかけ、狙う。しかし、低い位置を転がり移動する相手は斬りにくい。ファルハルドはジュスールの追撃から逃れる。
ただ、いつまでもは続かない。
転がり避けるファルハルドはなにかにぶつかり止まった。それはこの場の中央にある石室。
ファルハルドはジュスールに追いつかれる。ジュスールはファルハルドを串刺しにせんと刺突を繰り出した。
ファルハルドは石室の壁の凹みに指を掛け、そこを支えに跳躍。壁を蹴り、石室の屋根に上った。
ジュスールの大剣は音を立てて、地面を覆う白石を突き刺した。
そのままファルハルドは屋根を蹴り、上った位置と逆側、ジュスールのいない場所へと下りた。
ジュスールは遮二無二ファルハルドを追いかけ回り込んでくる、ことはない。
その目にある燃えるような憎悪は変わっていない。ただ、その憎悪に振り回され、我を忘れることはない。隙を見せることなく、ゆっくりとファルハルドがいる側へ進む。
ファルハルドは自らの状態を確かめる。左腕の痺れは軽減、視界の回りも治まった。脇腹の傷も、打撲の影響も軽微。問題はない。
深く息を吸い、心気を静める。ジュスールはまさに戦うに相応しい敵、相手としてなんの不足もない。もはやファルハルドの内に侮りはない。
ジュスール、それにそれぞれの立会人たちもファルハルドのいる反対側へと来た。戦いは仕切り直し。ここからが本番。
─ 4 ──────
ファルハルドとジュスール。両者は踏み込む。
ファルハルドは刺突の構え、ただ真っ直ぐに。ジュスールは掲げた大剣を振り下ろす。
頭上から、ファルハルドを両断できる剣が迫る。ファルハルドは膝を折り身を屈め、一歩左に。ジュスールの剣を掻い潜る。
一気に身を伸び上がらせ、狙うは喉。が、届かない。ジュスールが肘打ちでファルハルドの剣を逸らした。
二人は近づき身をぶつけ、次の瞬間には離れ攻め手を変える。
ファルハルドは石室を利用。壁を蹴り、高さを生みジュスールを跳び越え背後を取る。
ジュスールはファルハルドの位置を音と勘で掴み、背後に向け剣を振る。
攻めようとしたファルハルドは急停止、鎧を掠められながらも距離を取り躱した。
二人は止まらない。攻め込み、躱し、目まぐるしく位置を入れ替える。
ファルハルドはジュスールの攻撃を躱し、刃を当てる。
筋肉が発達した頑健な身体を鎖帷子で覆うジュスールには、軽い攻撃では当てたところで碌に手傷を負わすこともできない。ジュスールはファルハルドの攻撃を身体で受け止め、斬撃を繰り出してくる。
風切り音と共にジュスールの刃が迫る。ファルハルドはジュスールの攻撃を受ける訳にはいかない。まともに受ければただ一撃で致命傷となる。学び、身に付け、磨き、深化させた体捌き、足捌きで躱す。
大きくは躱さない。ぎりぎり。身を掠めさせながら最小の動きで躱し、攻撃を繰り出す。
両者は競り合い、渡り合う。無数の攻撃を繰り返しながら、未だ両者に決定的な被害はない。
ジュスールが大きく剣で薙ぐ。ファルハルドは地すれすれにしゃがみ避けた。
ジュスールは低い位置にいるファルハルドに向け、その太い脚で蹴りを繰り出す。
ファルハルドは盾を当て、そこを支えに身を浮かせ、ジュスールの顔面を蹴り返した。
ファルハルドは『身軽さ秀でるイシュフール』の特性を強く持つ。身熟しの軽さ、速さならファルハルドに分がある。
ただし、身軽さ一つで圧倒できるほどの明確な差はない。
状況を大きく変える一手もあるにはある。
魔法剣術。剣に魔力をまとわせ、大剣を切断すれば勝敗の天秤は大きくファルハルドの勝利に傾くことだろう。
ファルハルドなら一拍の間があれば魔力を引き出せるだけの深い集中を行える。
ただ、その気にはなれなかった。この男には、剣士として、研鑽を重ねた剣技をもって勝ちたい。ファルハルドはそう欲した。
ときに大きく離れながらも、ファルハルドは一振りでファルハルドを両断できるジュスールの大剣の間合いの中で戦っている。
緊張感のある戦い方だが、それは仲間たちにとって見慣れたもの。ひやりとはさせられながらも、不安に駆られることなく見守っている。
ファルハルドの祖父を名乗る老爺がどんな思いを抱いているのかは窺い知れない。遙か天の上から下界を見下ろすような目で静かに見詰めている。
ジュスールの仲間たちは拳を握り、顔を紅潮させている。この七年間、ジュスールがどれほどの思いを募らせ、己を追い込み鍛え上げたのか、身近にいた彼らは良く知っている。
ファルハルドはなんとしてでも倒したい相手。なのに、目の前で展開される戦いは胸を熱くさせる戦い。
認めたくはないが、自分たちの小隊長と渡り合うファルハルドを見事な戦士だと認めつつある。
そして、ジュスールは。怒りは消えない。怨みも、憎しみも、悔しさも、嫉妬も、消えることはない。だが今、胸の内で膨らむのは充実感。骨のある戦士との存分な戦い。これこそが求めるもの。ジュスールは心躍らせ戦う。
ジュスールは刺突の形に剣を構え、ファルハルドを貫かんと突進。ファルハルドは跳躍。剣だけではなく、突き進んでくるジュスール自体を跳び越える。
それはジュスールの予想の範囲内。ジュスールは振り返りながら地面を覆う白石を蹴り上げた。
無数の白石が大きく広がりファルハルドを襲う。
攻撃を躱し続けるファルハルドに対して、ジュスールは面の攻撃を狙った。
ファルハルドは迫る白石を見て、全てを躱すのは不可能と判断。半身となり、石に対して晒す面積を制限。その上で、可能な限り、盾、鎧、兜で白石を受ける。
ファルハルドが身に付ける防具は盾、籠手、脛当ての表面、兜が金属製。鎧は革製だが、頑丈な蜥蜴人の革を素材とした小札鎧。
白石の当たる衝撃に息が詰まり、視界に星が飛ぶが、それだけで済んだ。
ただし、受けた衝撃に一瞬動きが止まる。その一瞬でジュスールに距離を詰められた。
繰り出される刃。ジュスールの大剣がファルハルドの盾を貫いた。




