39. ジュスール /その①
─ 1 ──────
闇の領域をイルトゥーラン側に抜けた先、そこも開拓地が元々そうであったように深い森となっている。
その中に開けた場所がある。そこは大きさの揃った白石が広く一面を覆い、中央に巨大な石で組まれた石室がある場所。
その人物はそこで待っていた。
年齢はファルハルドとそう変わらないだろう。背丈はカルスタンと同じほど、肉の厚みも同様だ。まとう戦士の気配は荒々しく、野の獣を思わせる。そんな人物が眼光鋭くファルハルドを見据えている。
ファルハルドがこの者と会ったのは七年前。二度交錯しただけ。だが、その二度で、この人物は決して忘れ得ぬ印象を刻んだ。
出会ったのはアルシャクスとイルトゥーランの紛争で。ファルハルドはアルシャクス側、黒犬兵団の斬り込み隊の一員として。かたやこの人物は雪熊将軍率いる中隊の分隊長として。
一度目の交錯は、この人物がファルハルドに斬りかかり、ファルハルドは躱した。
二度目の交錯では、同じ斬り込み隊に所属するアキームとザリーフを斬り殺された。
怨みを抱いている訳ではない。出会ったのは戦場、殺った殺られたは戦場の倣いなのだから。
そう、怨みも憎みもしていない。ファルハルドは、だ。
ファルハルドたちは白石が一面を覆う手前で立ち止まった。ファルハルドを待ち構えるこの者にも仲間がいる。数は九名。その者たちも白石で覆われた場所には入らず、手前で立っている。
仲間たちを留め、黒い毛皮を肩からまとった精悍な顔付きをした人物は一人進み出た。そして、ファルハルドに告げる。
「俺は雪山の勇者オルハンの子、ジュスール。我が父の仇、ファルハルド。汝に決闘を申し込む」
やはりか。そうだろうと思っていた。
この人物は雪熊将軍と体格も剣筋もよく似ていた。雪熊将軍から遺言を残された娘が、『ジュスールにも伝える』と応えていたことからも、漠然とこの人物がそのジュスールで雪熊将軍の近親なのだろうと予想していた。
いつの日か、こうして向かい合う日が来るだろうとも。
ただ、その日が、今日この場であることを残念に思った。
今日、この場にファルハルドが現れると知っていた者、それは暗殺部隊以外にない。
ジュスールがここでファルハルドを待ち構えていたのなら、それは暗殺部隊によって知らされたから。
手を組んでいるのか、利用されているのかは知らないが、あの偉大なる戦士の息子が暗殺部隊と関わっていることを残念だと思った。
ファルハルドは一度、仲間たちへと振り返り、皆を見回した。老爺から待ち構える者がいることを教えられた時、ファルハルドは仲間たちに話してきかせた。それが誰であるのかを、ファルハルドとの因縁も。
皆は頷き、ファルハルドは短く深く息を吸った。前に向き直り、進み出る。地面を覆う白石を数歩踏みしめ、止まった。そして、応える。
「決闘に応じよう」
─ 2 ──────
ファルハルドにはカルスタンとペールが、ジュスールの仲間からも二名が立会人として進み出る。
ファルハルドが歩き出そうとした時、老爺は言った。
「心せよ。この結果は世の行く末を変える」
「知ったことか」
ファルハルドは言下に切り捨てた。憤ったのではない。静かで堅固なる意思の下、話す。
「全力を尽くす。それだけだ」
「そうか」
ファルハルドとジュスールは進み、剣の間合いまで五歩を残し立ち止まる。二人は正面から向かい合う。
ジュスールの装備は雪熊将軍とほぼ同じ。大剣を背負い、鎖帷子の上に毛皮をまとう。足拵えが少し厳重なのと、兜が飾りけのない簡素な形、肩からまとっている毛皮が黒い点が異なる。
そして、全く違うのはその眼差し。
雪熊将軍はいざ戦いとなればその目に獰猛さを宿らせていたが、普段は穏やかな落ち着いた目をしていた。
対して。ジュスールの目には強く激しく、濁った憎悪が渦巻いている。
ファルハルドはつい最近、これと同じ目を見ている。カルドバン村で返り討ちにしたウトゥクの息子、トゥトクのあの目だ。燃えるようなジュスールの目を、ファルハルドは淡々と受け止める。
ジュスールは抑えても抑えきれぬ熱い息を吐き出した。
「パサルナーンのファルハルド。貴様を倒すため、あの日から俺は己を鍛え直した。雪辱を果たさせて貰う」
「そうか」
ジュスールは大剣を抜き、邪魔な鞘を捨てた。
「イルトゥーラン近衛隊小隊長、ジュスール。我が父、オルハンの魂の平安と名誉のため、汝を倒す」
ファルハルドも小剣を抜き放った。
「パサルナーン迷宮挑戦者、『飛天』のファルハルド。来い」
ジュスールは踏み込んだ。肩口を狙い、高く掲げた大剣が振り下ろされる。その斬撃は速く、鋭く、なにより一振りでファルハルドを両断できる威力が載っている。
ファルハルドの目はその斬撃を捉えている。素早い足捌きで躱した。
大剣は即座に返され、斬り上げる。強靱頑健な肉体が繰り出す連続攻撃。ファルハルドは敢えて躱す動作を抑え、迫る大剣の剣身に左腕の盾を当て逸らした。
雪熊将軍相手であれば、剣の軌道をずらすなど不可能。ジュスールの斬撃は速く鋭く強いが、あの時の、負傷していた雪熊将軍にもあと一歩及ばない。
決闘は怨みを残さぬのが建前。決闘で雪熊将軍を降したファルハルドに憎しみを募らせていることだけでも、ジュスールが戦士として半端な覚悟しか持たない者であるとわかる。
ファルハルドは数々の激戦を乗り越えてきた戦士。どれほど腕の立つ相手であろうとも、そんな相手に負ける気はない。
「がぁあっ!」
ジュスールは力強い咆哮を上げ、斬撃を繰り出す。一振り一振りに一撃必殺の威力が籠められたその斬撃をファルハルドは全て躱す。
昔より、速く、鋭く、力強いが、荒く、無駄に力が入っている。気負い過ぎだ。
理由はもちろん理解できる。理解はできるが残念だ。妄執に囚われず冷静に戦うならもっと遙かに手強いだろうに。
ファルハルドには闇の領域で戦い続け溜まった疲労、左足に負った凍傷と火傷、さらには応急修理をしただけの靴という不利がある。
それでも、自分よりも体力や筋力、体格に優れた相手との豊富な戦闘経験が助けとなり、感覚の鋭さと身熟しの軽さで攻撃を躱し続けている。
苛立ったのか、ジュスールはそれまでよりも大きく踏み込み、剣を振る。より速く鋭く強くなるが、それだけ。わずかに革鎧を掠められながらも躱した。
残念だ。全てが高次元でまとまった手強い戦士ではあるが、自らの実力を活かしきれていない。
雪熊将軍との決闘を経て、悪獣の大群からカルドバン村を守り、巨人の階層を越え、亡者の女王と戦い、悪竜とも戦う今のファルハルドから見れば、豪壮なジュスールの剣も凡庸な剣でしかない。
もういい。ジュスールの剣の見極めはついた。この戦いを終わらせ、先へ進もう。
ファルハルドが攻撃に転じようとした、その時。ジュスールの頭と肩の位置が下がった。
踏み込み過ぎ、体勢を崩した? いや、これは。
思考するよりも先に、ファルハルドの本能が刺激されていた。無意識下でその身は反応し、地を蹴り距離を取る。
しかし、間に合わない。飛び出す巨体。ファルハルドは躱しきれず、脇腹を斬られ、さらに体当たりを受け投げ出された。
ファルハルドは失念していた。ジュスールと雪熊将軍の剣筋は似ている。それは事実。しかし、大きく違っている点があったことを。
七年前のあの紛争で、ジュスールは自らの分隊を率い、絶えず戦場を駆け巡りながら戦っていた。そう、剣筋そのものは似ていても、どんな状態からその剣を繰り出すかは大きく違っていた。
ここまで足を使わなかったのは、おそらくファルハルドの油断を誘うため。
自分の見た目や言動からファルハルドがどんな思い込みを持つのかを予想し、思考を誘導した。
その外見の印象に反し、ジュスールは冷静。ただ憎悪に目を曇らせる、そんな底の浅い人物ではなかった。




