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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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35. 闇の領域を行く /その②



 ─ 4 ──────


 六年ぶりに顔を合わすワリドはファルハルドたちを歓迎してくれた。


 そのあとの遣り取りは、やはり同じことの繰り返し。説明を聞いたワリドとエベレは同情とイルトゥーランに対する怒りを見せた。


 こうしてファルハルドの状況を思い、いきどおってくれるのはありがたい。


 しかし、ヴァルダネスやダリウスと違い、ただの村人であるワリドたちまでファルハルドと一緒になってイルトゥーランへの悪感情を募らせても仕方がない。

 不快な感情をいだけばそれだけ日常が詰まらなくなり損だとも言える。


 だから、ファルハルドはワリドたちをなだめる意味もあって、用意した土産を渡した。

 ラグダナで購入した食料や農具。そして、それ以上に目を見張って喜んでくれたのが、パサルナーンから運んできた華やかな布や古着だ。


 もちろん、こんな気の利いた品はファルハルドには用意できない。ジャンダルと白華館の者が用意した。


 よって、古着はほとんどが女性物。白華館の娼婦たちの着古した私服だ。私服だし、着古した物なので、装飾はあまりなく、ところどころ布が傷んでいる。

 それでも、開拓村では手に入りようもないほどに華やかで状態の良い服を目にし、ワリドたちはさっきまでの憤りと憂いを忘れた。


 華やいだ喜びの声に惹かれ、大人たちの話し合いの場だからと遠慮していた子供たちも部屋に入ってきた。


 それはアレクシオスよりもいくつか年上の男の子と女の子。


 その二人を見た瞬間、ファルハルドは訳知らず涙がこぼれそうになった。

 二人の、その誕生の時に立ち会い、女の子の名付け親ともなった。まかり間違っても親ではない。家族でも親族でもない。それでも名状しがたい特別な繋がりを感じた。


 二人の子供、ナヴィドとサルマが喜びそのものである笑顔で「ありがとうございます」と礼を言えば、パサルナーンでの惨劇以来暗く沈んでいたファルハルドの胸に一時の晴れ間が差した。




 積もる話はいくらでもあるが、ファルハルドたちは明日、日が昇る前に東村をつ。夕食を共に摂れば早々に眠りについた。ファルハルド以外は。


 ファルハルドはナヴィドとサルマに会い、この村をイルトゥーランとの暗闘に巻き込んではならぬと決意を新たにした。


 だから。自身を餌とし暗殺部隊を狩り出そうと、深夜一人柵を越え、村を囲む林に足を踏み入れた。


 村の見張り番からは見ることできず、仮に仲間たちが闘争の気配を感じ取ったとしてもすぐには駆けつけられぬ場所まで進み、足を止める。目を閉じ、その場にたたずむ。


 満月まで四日足りぬ月が、中天過ぎから地平手前に移動するまでそうしていたが、暗殺部隊が襲ってくることはなかった。


 敵の思惑はやはり読みづらい。ただ、これだけの条件を整えても襲ってこないのであれば、王城に全てを集中させ今は監視に徹しているのであろうか。

 ファルハルドは仲間たちが起き出す前に村内へと戻った。




 そして、まだ暗い刻限にファルハルドたちは出発した。


 見送りはワリドとエベレのみ。ナヴィドとサルマはまだ夢の中。

 他の村人や村に駐留する傭兵たちにはファルハルドたちの来村を教えていない。今はゆっくりと話す時間はないのだから。いつか為すべき事を全て終わらせた時、改めてまたやって来る。だから、今はこれでいい。


 エラキンたち騎馬隊七名が共に付き添っている。闇の領域となる北の山々の麓まで同行し、開拓地内で襲ってくる闇の怪物や悪獣を排除する。それが、留守居役として開拓地の防衛を任されているエラキンたちにできるせめてものことだから。


 実際に、額に赤い第三の目を持つ瘴気に汚染された獣たちが襲ってきた。エラキンたち騎馬隊は、ファルハルドたちが乗る馬車に近づけることなく殲滅した。


 開拓地内で充分に踏み固められた道ができているのは、両開拓村や黒犬兵団の駐屯地がある南側半分だけ。北側部分には傭兵たちが見回りに使う間に自然にできた細い道があるのみ。

 よって駐屯地を過ぎてしばらくすれば、それ以上馬車で進むことは不可能となる。


 ファルハルドたちは必要な荷を持ち、馬車を降りた。ゼブが同行するのはここまで。ファルハルドたちはゼブにここまで運んでくれた礼を述べた。


「では、儂は打ち合わせ通り、東村で十日間待機しておるからな。なに、ここからにこだわらずとも少人数なのだ。別の箇所から国境を越えることも可能だ。なにかあれば無理をせず、すぐに引き返してくるのだぞ」


 ゼブは敢えて気楽に告げた。


「ああ」


 引き返すゼブには騎馬隊のうち二名が護衛として付き、エラキンを含む残り五名の騎馬隊と共にファルハルドたちは開拓地内を進む。

 闇の怪物の襲撃を撃退しながら、夕刻には闇の領域となる山々の麓へと辿り着いた。


 一晩をそこで過ごし、次の日ファルハルドたちはいよいよ闇の領域へと入る。


「護衛をありがとう。助かった」

「水臭いことを言うなよ、戦友」


 エラキンは言い、笑った。次いで、握った拳でファルハルドの胸を叩く。


「武運あらんことを」

「ああ」


 昇る朝日と共にファルハルドたちは闇の領域へと足を踏み入れた。




 ─ 5 ──────


 ファルハルドたちの目的地はイルトゥーランの王城。闇の領域は通り抜けるだけ。深くまで入り込むつもりはない。


 それでも闇の領域とは、通常は最小でも百人規模の隊を組んで遠征する地。


 かつて、ファルハルドはアレクシオス副団長と二人で悪獣使いを追い、この地に入り無事帰還したことがあるが、あれは二人の特性の上に、幸運に幸運が重なり起こった奇跡的偶然。たった七人で通ろうとするなど狂気の沙汰だ。


 なのに、不安がる者はいない。できないと思う者もいない。


 ファルハルドとジャンダルは平然と、カルスタンとラーナは実に楽しそうに、ペールとアシュカーンは光の神々に仕える神官としての使命感に駆られた様子で。

 アリマにいたっては、初めて入る闇の領域に興味津々。目を離すと一人ふらふらと離れていきそうで危ういほど。この状況を心から楽しんでいる。


 ただし、ここは闇の領域。間違っても楽しい場所ではない。浅い場所であることから瘴気が立ち籠めていないのだけが救いで、散発的な闇の怪物の襲撃が続く。


 この山々は荒れた山々。水は豊富だが土壌が貧弱なのか、切る者とていない筈のこの場所に大樹は少なく森は所々にある程度。大半の場所は背丈程度の細い樹々が作る藪。残りは岩盤が剥き出しとなった岩場だ。


 その岩場となっている尾根を越え、林となっている場所に踏み込んだファルハルドたちに、枝を伝い忍び寄った豹人が樹上から、足下の地面から猿型の動く泥人形が湧き出て襲い来る。


 即座にジャンダルが魔力の小球で豹人を撃ち抜き、カルスタンが泥人形を叩き潰す。



 この二体はすぐに倒したが、戦闘音を聞きつけ、さらなる怪物たちが襲い来る。


 前方から犬人五体、斜め後ろから狼型の石人形二体と猿型の木人形四体。その奥からも近づく怪物たちの足音がする。


 止まっていては完全に囲まれる。後方はペールが守りの光壁を展開し止め、前方にアリマが竜巻状の風の刃を放った。

 風の刃は怪物たちと樹々を切り刻み道を切り開く。ファルハルドたちは駆け、この場を離脱する。


 万事がこの通り。今のところ出会う怪物は『むさぼる無機物』や『けがれた獣人』。ファルハルドたちにとっては倒すに容易たやすい敵。

 だが、次から次へと集まり、ただ休むだけでも備えがいる。




 水場を見つけ、アシュカーンが光壁を展開。皆はその中で休息し、ファルハルドは今のうちに短い睡眠を取る。


 闇の領域を抜けるのに、三日を予定している。皆は一晩なら眠らずとも戦えるが、二晩となると眠らなければいつも通りには戦えない。


 そのため夜の間、夜目が利くファルハルドはずっと起きて見張りをし、他の者は休む者、見張りに立つ者と交代しながら過ごす。


 最も負担が大きいのが、皆が休む間光壁を展開し続け守るペールとアシュカーンだ。

 可能な限り、二人を戦闘に参加させないつもりであったが、襲ってくる敵の多さになかなか上手くいかない。


 もしもに備えた魔導具も用意しているが、充分に足りるかどうかはわからない。


「前にここに入ったことあるんだよね。そん時もこんなだったの」


 ジャンダルは、目覚めに白湯を飲むファルハルドに問いかけた。


「どうだったか。その時は半ば自失していたからな、よくは覚えていない。確か、悪獣使いを見つけるまで、戦闘はなかったと思うが」


「まじで。敵を減らしたって言ってたから、もう少しましかと思ったんだけどなぁ」


 途中で会ったダリウス団長が言っていた話だ。


 イルトゥーランに不穏な動きがあると冬の間にヴァルダネスから連絡を貰ったダリウスは、春になると同時に団を率いて闇の領域へ遠征を行い、大々的に闇の怪物たちを狩っていった。


 戦場に行っている間に、万が一にも開拓村が闇の怪物による大規模な侵攻を受けることがないようにという考えでだ。


 そのため、もう少し戦闘回数は少なく進めるかと考えていたのだが、期待が外れた。


「ま、仕方ないだろ」

「そうだね。このくらいならなんとでもなるさね」


 カルスタンとラーナは軽く言う。体力自慢のこの二人なら三日間戦いっぱなしでもいけそうだ。


 光壁を展開するアシュカーンも、大事を取り少しでも体力の消耗を防ぎたいペールも、黙って話を聞いている。アリマは周りの話は気にもせず、ひたすら目にしたことを書き付けている。


 そんないつもと違う場で、いつもな通りな調子を見せ、ファルハルドたちは闇の領域を進んでいく。

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