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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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34. 闇の領域を行く /その①



 ─ 1 ──────


 ファルハルドたちは一路進む。


 これまでのところ、パサルナーンをってすぐにゼブが襲われたことを除けば、暗殺部隊からの襲撃はない。


 進むごとにイルトゥーランとの国境が近づいてくる。襲撃の危険性は高まっている。

 だがそれは望むところ。どれほど勁烈で巧妙な遣り口であっても構わない。襲ってくるなら、ただ殺す。だから。いつでも来いと手ぐすね引いて待っている。


 アヴァアーンを出発してより三日。アルシャクス北西地方の中心都市、小都市ラグダナまであと四日という場所でファルハルドたちはあたる。

 戦意溢るる集団と。黒犬と白銀馬の絵が染め抜かれた赤い大旗を掲げた傭兵団と、だ。




 ─ 2 ──────


 ゼブは馬車を街道脇に寄せて停める。一同は馬車から降り、近づいてくる一団を眺めた。


 ファルハルドたちは戦場いくさばおもむく大隊も、出発の準備を整えた軍団も目にしている。


 その正規軍と比べても、今目の前にいる傭兵たちは精強で猛々しい。まさしく強者つわもの。出会った集団の中で、最も手強さを感じさせる者たちだ。いささか、いや、かなり、雑で粗野な点が目立つのには目をつむっておくべきだろう。


 先頭に立つのは懐かしい顔。向こうもファルハルドやゼブに気付き、声を掛けてくる。


「いよう、久しぶりじゃねぇか。お前ぇら、こんなところでどうした。いくさに加わりに来やがったのか」


 六年経とうが、オリムはオリムのまま変わらない。


「イルトゥーランの王城に攻め入る途中だ」


 ファルハルドが端的に答えれば、楽しげだったオリムの目付きは一気に鋭く変化した。近くにいた団員にダリウス団長を呼んでくるよう指示し、他の団員たちにはここでしばらく休息してろと指図した。


 団員たちはファルハルドたちの向かい側にれ、それぞれが気楽な姿勢で休み始める。


 こっそり酒を隠れ呑む者もいれば、即座に眠りこける者もおり、賭け事を始める連中もいれば、興味深そうにファルハルドたちを眺める者もいる。


 ファルハルドとゼブを知っている者は、二人が目を向ければ軽く挨拶を返してきた。ざっと見る限りでは、ここにいる人数は五十名弱、顔見知りは半数ほどだ。



 ダリウスはゆっくりと力強く歩いてくる。その後ろには斬り込み隊にいたナーセルと髭ありハサンが付き従っている。


「久しいな」


 ダリウスも以前と変わることはない。初対面である仲間たち全員が、その立ち姿から圧倒されるほどの武威を感じている。


「団長。この馬鹿、相変わらず馬鹿やらかしてやがるぜ。これっぱかしの人数でイルトゥーランの王城に攻め込みやがるとよ」


 ナーセルと髭ありハサンは、こいつまたかという顔をし、ナーセルは「本当マジかい」とこぼし、ハサンは「やべぇな」と呆れる。

 ダリウスは眉を寄せ、重々しく「なにがあった」と問うた。


 ファルハルドはわずかにも表情を変えることなく静かに答える。


「留守中に暗殺部隊によって、妻が重傷を負わされ、息子がさらわれた。奴らは俺を王城に誘っている」


 聞かされた全員から、特にダリウスとオリムからは濃密な怒気が溢れ出す。離れた位置にいた鳥たちは一斉に飛び立ち、団員たちは顔色を青くした。



 ファルハルドはパサルナーンに帰り着いたあと、ヴァルカが悪獣の大群から村を守るため戦い戦死したことを知らせる手紙をダリウスに宛てて送っていた。

 ダリウスからは知らせてくれたことに対する感謝とヴァルカの冥福を祈る言葉が綴られた返信が届いた。


 その後も年に一度くらいの頻度で手紙の遣り取りを行っていた。


 だから、ダリウスたちは知っていた。ファルハルドが結婚したことも、息子が産まれたことも、そしてその息子にアレクシオスと名付けたことも。


 黒犬兵団の者たちはファルハルドの結婚や息子の誕生を揶揄からかいネタとして話題にし、息子にアレクシオスと名付けたと知れば、皆が目の端に涙を浮かべた。

 特にオリムは夜、一人で星に杯をかざし断っていた酒を一杯だけ呑んだ。


 だからこそ、アレクシオス副団長の最後やダリウスの演説を知る者たちにとっては、これは他人事ではない。我が事であり、その先にあるのは命に代えても為すべきこと。


「どぐされどもが」


 オリムは腰の刀の柄に手を掛け、うなる。ナーセルとハサンも座った目で「ふざけやがって」とつぶやく。ダリウスはぴたりとファルハルドを見据え、一言「わかった」と言った。


 オリムたちはダリウスに目を向ける。ダリウスは団員たちへと振り返った。休んでいた団員たちも全員が直立不動の姿勢でダリウスに注目している。ダリウスは抑えきれぬ激情を籠め、告げる。


「喜べ、戦士たちよ。我らが望んだ戦場が待っている。仲間をいたぶった仇が待つ戦場が、殺すと誓った敵が待つ戦場が。

 得られるのは報酬ではない。誉れでもない。ただ、この胸に一片の満足を得る。仇を取ったという満足を。我は戦士であるという満足を。

 戦士たちよ、奮い立て。俺は皆に約束する。たとえ何者が立ちはだかろうとも、必ずや奴らの王城を抜く。俺に付いてこい」


 団員たちは一斉に拳を天に突き上げ、声を上げた。猛々しい獣の声を。



 オリムはファルハルドに近づき、その胸を拳でついた。


「俺らは正面からぶち破る。お前ぇは隙をけ。ま、奴らの首は俺が貰うけどよ」


 ファルハルドは口の端を吊り上げ、オリムの胸を拳でつき返す。


「いや、俺が獲る」


 二人は顔を見合わせ笑った。




 ─ 3 ──────


 ファルハルドたちは途中、ラグダナに泊まり開拓地に向かった。


 ファルハルドとしてはラグダナには寄りたくなかった。この街はどうにも肌に合わない。それでも補給の都合上、どうしても寄らない訳にはいかなかった。


 幸いなのは、今の仲間たちに娼館に行きたがる者はいないという点か。


 神官や女性たちは当然として、カルスタンもラーナがいる前で出掛けようとはせず、ジャンダルも元々行っても良いし行かなくても良いしという程度。

 イルトゥーランとの国境と接する街で仲間が無防備にばらけることは防げた。


 以前、ファルハルドがこの街を訪れた際に暗殺部隊の手の者が襲ってきたように、この街でなら奴らはきっと仕掛けてくると考えた。しかし、襲撃はなかった。


 拍子抜けした、訳ではない。予想とずれた動向を見せるなら、それは敵がこちらには予想できない理由や都合で動いているということ。

 どこでどう動いてくるのか、そしてなにをしてくるのか、敵の動きを予想するのはより一層困難となっている。


 もうじき闇の怪物たちが支配する闇の領域。その先は敵地。一行は緊張を高め進んでいく。




 開拓地に入る山路では、馬の負担を減らすためアリマ以外は馬車から降り、自分の足で歩いた。アリマも決して虚弱ではないが、他の者たちと比べればやはり体力では劣る。

 なので、これから先に備え体力を温存するため、アリマだけは馬車に残した。


 頂上を越え、少し下れば開拓地が見渡せる。


「ほう」

「ふーむ」


 ファルハルドとゼブは、両開拓村の戸数が増え、畑が広がっていることに軽い驚きを覚えた。

 他の仲間たちは、想像以上に闇の領域と村が近いこと、村のすぐ傍まで森が迫っていることに驚いた。こんな環境でよく村が存在できているものだと。


 すでに昼は過ぎ。このまま闇の領域へ向け進む選択肢もあるが、大事を取り東村で今日の宿を借りるつもりだ。



 村を囲む林から抜け、東村が見えたところで巡回中の黒犬兵団の団員と出会った。


 それは騎馬の一隊。見慣れぬ馬車との突然の出会いに傭兵たちは警戒するが、その度合いは高いものではない。ファルハルドたちの乗る馬車がいかにも身分ある家が使う高価な車体であるためだ。


 近づいてくる隊の先頭にいる者を見、御者をしているゼブは誰何すいかされる前に自分から声を掛けた。


「エラキン、久しぶりだな」


 エルキンは一瞬動きを止めたが、誰であるか思い出したようで挨拶を返してきた。


「ゼブか。久しぶりだな。だいぶ変わっているから、すぐにはわからなかったぞ。いったいどうした。随分、立派な馬車を御しているじゃないか。客でも乗せてきたのか」

「いやいや」


 ゼブは笑って御者台と車体の間の仕切り布をめくった。


「ファルハルドとその仲間たちだ。故あって、イルトゥーランに潜入せねばならんでな。闇の領域を通り抜けるため連れてきた」

「どういうことだ」


 あとの遣り取りは今まで繰り返してきたのと同じ。エラキンは開拓地内での護衛を買ってでて、ファルハルドと共に東村へと向かった。

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