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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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31. アヴァアーンで /その①



 ─ 1 ──────


 ゼブとアリマがカルドバン村に着いた翌日。ファルハルドたちはユニーシャーたちに礼を述べ、出発した。


 ずっと御者をしていたゼブを休ませるため、ファルハルドが代わって手綱を取る。

 一行の中では、黒犬兵団で馬の扱いを教えられたファルハルドと、親が隊商の護衛をしていた関係で習う機会のあったカルスタン、そしてゼブの三人が御者をすることができる。


 まさに狙われる対象であるファルハルドが外に姿を晒す御者をすることに皆は反対したが、暗殺部隊相手では姿を晒そうが馬車内に隠れようがたいした違いなどないと押し切り、結局ファルハルドが御者をすることを納得させた。




 立ち寄った停泊地でも、イルトゥーランとアルシャクスのいくさについての話題で持ちきりだった。いつ戦が始まるのか、どこで行われるのか、安全な場所は、商売するのに都合の良い場所はどこか。命と生活に直結するだけに皆が真剣に情報交換を行っていた。


 やはり旅する者は頻繁に停められ、あらためられているらしい。ファルハルドたちも停泊地に着く前に、一度停められ調べられている。


 エルメスタの人々は国に縛られることのない人々。面倒を避ける者たちは他国に向かい、戦時こそ商機と思う者たちはアルシャクスやイルトゥーランに集まっているようだ。


「やっぱ、いろいろ値段が上がってるね」


 食料を買い足し、その後他の店を見て回ったジャンダルがぼやく。それはファルハルドも感じていた。


 昔は物の値などわからなかったファルハルドも、家庭を持ちパサルナーンで暮らすうちに、だいぶわかるようになっていた。その相場感から言えば、なんの変哲もない麦や布が随分高くなっている。


「ま、しょうがないよな」

「であるな。せめて、人々の暮らしが穏やかであれば良いのであるが」


 それなりに商いの感覚もわかるカルスタンは当然のことだと軽く言い、神官であるペールは人々の暮らしへの影響を気に掛けている。


「これもまた一つの試練というものでしょうか」

「酒の値段がだいぶ上がっているじゃないか。勘弁して欲しいさね」


 アシュカーンは試練の神に仕える神官らしい感想を持ち、ラーナは補充するつもりの酒が高くなっていることを嘆いている。


 ちなみに、アリマは夢中になって物の値段の変化や各店主から聞き取った人の動きを書き取っている。

 自分の興味があることだからか、普段の人と話すのが苦手な様子は影を潜め、次から次へとどんどん人と話をしている。




 一行は停泊地を過ぎたあと、進路を北西にとった。


 北北東方向に進めば、昔ファルハルドとジャンダルがパサルナーンへ向かった道を逆に辿ることになる。

 王城に向かうにはそちらが近いが、その道は戦場になると予想される場所を通っている。仮に戦端が開かれる前に辿り着けたとしても、そこを通り抜けられるとは思えない。


 そのため、戦場予定地を避け、西の地から国境を越える予定だ。



 御者をしているゼブは溜息をついた。前方で人や馬車が滞留している。検問を実施しているが、通行量に対して調べる側の人数が足りていないのだろう。


 たまたま巡回中の隊とあたって検められるのも面倒だが、こうして調べが間に合わず渋滞となっている場所に捕まるのが最も困る。


 いくらパサルナーンでは名家とされるガッファリー家の馬車とはいえ、他国であるアルシャクスで並んでいる者たちを差し置いて先に通してくれと言えるほどの権威はない。そのため、長く進めず多くの時間を取られることになる。



 半刻ほどで一行の順番となった。


「パサルナーンの者か。どこへ行く」


 番兵は油断のない目を向けてくる。馬車には家格ある家を示す紋章を付けているため無遠慮に中を検められはしないが、問題ないと確認されるまで通されることはない。だから、ゼブは堂々と示す。


「西部開拓地を守る傭兵団にゆかりがありましてな。今なら腕を高く買ってくれそうなので、腕の立つ迷宮挑戦者を紹介しに行くところですわい」


 ゼブは御者台と車内を仕切る垂れ布をめくり、車内を見せながら答える。


 ファルハルドたちは情報を集めながら進み、可能ならば近い場所で早めに国境を越えるつもりであるが、無理そうならば最悪西部開拓地から『闇の領域』を通り抜けイルトゥーランに入る予定でいる。


 そして、今進んでいるのはアルシャクス西部の中心都市、副都アヴァアーンへと至る街道。パサルナーンからアルシャクスの西部開拓地に向かうには、この街道を通るのが最短となる。現時点では発言内容と行動に矛盾はない。


「わかった。通って良し」


 番兵は一度、長らしき者へと振り返り、許可を出した。アルシャクスとイルトゥーランが接する国境線からは離れた場所であるためか、確認作業はまだ少し甘い。



 御者を交代しながら夕刻まで進み、夜には街道の脇で休む。


 主要となる街道であるため、おおよそ半日進むごとに旅人の守護神バッシュ・エル・ヴァードを祀る祠がある。

 街道を行く旅人たちはよく、一日の移動量の目安として祠を基準に考える。よって集落などのない場所では、夜は祠の周辺で休む者は多い。野営する旅人たちは火種や情報を融通し合い、協力し合う。


 そして、大勢が固まって休むのは安全上の理由もある。現在地は『人の領域』の直中ただなか。さらには普段以上に頻繁に軍による巡回が行われている。

 そのため、野盗の心配は少なく、闇の怪物や悪獣の襲撃も極少ない。それでも、完全になくなることはない。



 夜更け。空には雲が多く、半月の明かりも遮られがちだ。


 五組の旅をする者たちが共に休んでいる。交代しながら見張り番を立てているが、見通しは悪い。そのため、見張り番は気付かなかった。一体の黒い豹人が近づいていることに。


 雲が流れ、切れ間から差した月明かりが偶然傍まで寄っていた黒い影を照らした。見張り番は声を上げた。


「敵だ。獣人一体、すぐ傍に来ている」


 眠っていた人々は跳ね起き、戦える者たちが武器を手に取った時。一つの人影が飛び出した。それはファルハルド。一気に走り抜け、黒豹人を一振りで斬り捨てた。


 眠りながらもファルハルドは見張り番より早く黒豹人の接近に気付いていた。

 ただ、今回の移動に際して、出発前に皆に強く言い含められていた。悪目立ちして人目を引かぬように、他の旅人と一緒に野営をする時は見張り番も行い、眠ったまま異常を感知しても素知らぬふりをするようにと。


 なかなか声を上げぬ見張り番にじりじりしながら、ファルハルドは待っていた。だから、警戒の声が上がると同時に飛び出すことができた。



 ファルハルドは言われた内容を守っているつもりでいる。が、肝心の悪目立ちをしないという部分が守れていない。一緒に野営をしている人々は驚き、あれはいったい何者なのだと噂をする。


 何度か似たようなことがあり、局所的に噂は広まっていく。そして、噂の広まりは思わぬ結果を生んだ。




 街道を進んでいた一行は、大人数の部隊に中る。それはそれまでに何度も中った巡回や検問を行う隊とは比べものにならない規模。一個大隊約六百名。


 その時御者をしていたファルハルドは考える。どうやら、戦に備え移動する部隊のようだと。


 部隊の移動を妨げないため路肩に馬車を停めそのまま部隊が通り過ぎるのを待つが、行き過ぎたところで部隊は停止した。何事かと見ていれば、部隊の指揮官が数名の部下を連れ近づいて来る。


「おおっ、やはりそうであったか。我らが軍に入るのだな」

「?」


 近づいてきた軍指揮官は開口一番、不思議なことを言い出した。ファルハルドには全く意味がわからない。


 それに、なにやら親しげな態度を見せてくるが、アルシャクス軍にこれといって知り合いはいない。


 昔、ワリド村長やダリウス団長と一緒にアルシャクスの副都アヴァアーンに行った時に顔を合わせた軍の将校や、イルトゥーランの雪熊将軍オルハンと戦った紛争で見掛けた者はいるが、その時も折衝はダリウスが行い、一傭兵であったファルハルドが正規軍と話をする機会などなかった。


 戸惑い無言でいれば、軍指揮官は上機嫌に部下にファルハルドを紹介し始めた。


「お前たちも聞いたことがあろう。こちらがあの雪熊将軍を決闘で降した豪傑、『飛天』殿だ。この度、イルトゥーランとの戦に参加するため、我らが軍に入られる」


 この言い様を聞き、ファルハルドは思い出した。確かにこの軍指揮官とは会ったことがある。

 六年前、悪獣の大群を倒した後カルドバン村にやって来た軍指揮官だ。その時は二個中隊を率いていたが、昇進したのだろう。


 あの時は村長に呼び出され、雪熊将軍との決闘の模様を話して聞かせた。その時もなんだか勝手な思い込みをしていたが、今も臆面もなく勝手な思い込みを披露している。


 ファルハルドは訂正しようと口を開きかけるが、軍指揮官が話しかけてくるほうが早かった。


「この前、驚くほど腕の立つ旅人の噂を聞き、もしや貴殿ではあるまいかと思ったが、やはり儂の勘に狂いはなかったな。さあ、我が隊に加わるが良い。歓迎するぞ」


 軍指揮官は自分の思い込みを一欠片も疑わず、ファルハルドを勧誘する。


「いや……、そうでなく……」

「どうした。遠慮はいらぬ、共ににっくきイルトゥーランを倒そうぞ」

「…………」


 この思い込みが激しい人物にどう言えばわかってもらえるものなのか、ファルハルドにはわからない。

 開戦前の非常事態下、下手なこと言って機嫌を損ない、万一拘束でもされてしまえば無駄に時間を浪費することになる。


 仕方なく仲間に助けを求めようとした時、部下の一人が進言した。


「大隊長。『飛天』殿とここで会ったのは偶然。この街道を進まれているということは、殿下に拝謁されるためアヴァアーンに向かわれているのではないでしょうか。

 でしたら、どの隊に所属させるか、すでに殿下にお考えがあるのではありませんか」


「おおっ、そういうことであるか。これは失礼した。ならば、ここで我が隊に加わる訳にはいかぬな」


 誤解に誤解を重ねているが、取り敢えず面倒な勧誘がみ、ファルハルドは安堵した。


 さらに軍指揮官は一つ良いことを行った。鑑札を発行してくれたのだ。


 鑑札には『この者はアヴァアーン太守ヴァルダネス殿下へ拝謁するため旅している』と記載されたため、アヴァアーンに立ち寄らざる得なくなったが、まあ良い。軍により停められた時、この鑑札を示せばすぐに解放されるのだから。これで、アヴァアーンまでは順調に進めるだろう。


 そして、カルドバン村を発ってから十日後。ファルハルドたちはアルシャクス副都アヴァアーンに辿り着く。

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