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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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30. 打立 /その③



 ─ 4 ──────


 その後、ウトゥクの妻、ルヤや村長と話をし、話をまとめた。


 明日、ウトゥクの葬儀を上げ、ゼブが到着するまでの間ファルハルドはウトゥクの息子、トゥトクを鍛える。


 ゼブがやって来れば、ファルハルドたちはアレクシオスの救出にイルトゥーランに向かい、ルヤとトゥトクはファルハルドたちがイルトゥーランから帰ってくるのに合わせパサルナーンへ引っ越し、ファルハルドは責任を持ってルヤの仕事先を見つけ、トゥトクを鍛える。


 馬車にはセレスティンから譲られた銅貨や銀貨を積んである。ゼブが来たならそこから必要な金額を払い、ファルハルドたちが帰ってくるまでのルヤとトゥトクの生活は村長に見てもらうこととした。




 ニユーシャーの店に戻り、ジャンダルは尋ねた。


「なんで、あの子を鍛えようと思ったの」


 仲間たちの反応は様々だが、その点を疑問だと思っているのは皆も同じだ。敵の子供を自分を殺せるように育てる。誰もファルハルドがなにを考えているのか理解できない。


「怒りと絶望を誰かが受け止めないといけない」


 トゥトクが向けたあの目に宿る意志を見、ファルハルドは考えを決めたという。


「そうは言っても、いくらなんでも」


 怒りと絶望を抱えた子供がいるのなら、そんな思いをなくせるように温かい環境でも用意するのが普通だろう。

 殺したいほど憎い相手が目の前にいては、いつまで経っても憎悪を忘れることができない。それこそ不幸というものだ。


 ただ、ファルハルドがぽつりと零した言葉に皆はなにも言えなくなる。


「きっと俺も同じ目をしていたのだろう」


 ファルハルドはトゥトクの目の中に昔の自分の姿を見た。誰よりも深く、その痛みも悲しみも理解する。

 だから、どれほど危険で間違った方法であったとしても、トゥトクの思いを真っ向から受け止める。ファルハルドはそれ以外の方法を知らない。


 しばし沈黙が続き、ジャンダルは溜息をつき、別の部分に疑問を呈した。トゥトクの扱いについては言っても仕方がないと諦めたようだ。


「ウトゥクだっけ。命を狙ってきた相手を返り討ちにしただけなんだから、償う必要なんてないでしょ」


 これにはニユーシャーたちも含め全員が強く頷いている。暗殺部隊によってこのカルドバン村が、そしてナイイェルとアレクシオスがどんな目に遭わされたのか、それを知る一同は暗殺部隊に関わる全てを許す気がない。


 命を狙われた当人であるファルハルドが、返り討ちにしたことを償わなければいけないことだとなぜ考えるのか、全く理解も共感もできずにいる。


「暗殺部隊は殺す。姿を見せた者は全て殺す」


 ファルハルドは冷たく言い放つ。どれほど時が経とうとも、悪獣にされたスィヤーの首を刎ねた感触はその手に残っている。悪獣使いも暗殺部隊も殺すと決めた決意が揺らぐことはない。


 その冷たい憎悪は歴戦の挑戦者である仲間たちの背にすら寒気を生じさせる。ただし、それほどの憎悪を抱くのならば、なおさら償おうと考えた理由がわからない。


「誰であっても刃を向けてきた相手は斬る。ただ、暗殺部隊の手の者には、弱みを握られ無理矢理従わされている者もいる。もちろん、仕掛けてくるなら斬る。それは変わらない。それでも、同情は覚える。

 それに、敵であるから斬るというのは、俺の都合。この村には関係ない。自分の村の住人が殺されれば、その相手を罰したいと思うのは正常な感情。俺はこの村の秩序を乱したいとは思わない」


 敵を一切の躊躇ためらいなく斬る非情さと弱者をおもんばかる情け深さ、他者を重んじる配慮とあまりに自らを大切にしなさ過ぎる無頓着ぶり。

 ファルハルドの中にあるちぐはぐさが、他の者にとって理解しにくい判断に繋がっている。


 それでも、その考え方と判断が、ファルハルドという人格と不可分に結びついていることは誰が見てもわかる。


 だから、償うなとは言いにくいが、一点これだけはどうしても指摘しなければならない。ジャンダルが露骨な呆れ顔で問う。


「これ一応の確認なんだけどさ。償うために死んじゃったら、パサルナーン神殿遺跡でナイイェルの延命を祈るのできなくなるし、アレクシオスはててなし子になるんだけど。わかってて言ってるんだよね」


 ファルハルドは目をらし、しばし沈黙した。


「その点は、よろしく頼む」


 考えが及んでいなかったようだ。全員が揃って溜息をついた。




 ─ 5 ──────


 ウトゥクの葬儀から四日。その間、ファルハルドは毎日トゥトクに剣の稽古を付けて過ごす。


 といって、なにかを教えていた訳ではない。今のトゥトクにファルハルドの言葉を聞く耳はない。


 昔、モラードにさせたように、ひたすらファルハルド相手に打ち込ませる。

 一つには破滅的な気持ちを発散させるために、もう一つには今の自分ではまるで足りていないと自覚させ聞く耳を持たせるために。


 ただ、どちらも上手くはいかない。トゥトクの胸の内に渦巻く憎悪はまるで薄らぐことなく、聞く耳を持つこともない。

 どうしようもない。学ぶ気がなければ伸びることはない。たとえ幼子であっても、どうするかは最後は本人次第だ。


「ここまで」


 トゥトクが疲労で動けなくなったところで、ファルハルドは終了の声を掛けた。動けないトゥトクを背負い、家まで送り届ける。


 最初の日にはファルハルドに背負われることを嫌がり抵抗したが、今では大人しく背負われている。この四日間の唯一の変化だ。


 いや、もう一つ変わったことがある。トゥトクに稽古を付けるようになってから、ファルハルドはちゃんと睡眠と食事をとるようになった。


 トゥトクの鍛錬が終われば、ファルハルドは郊外の石碑が建つ場所へ向かう。鍛錬とも少し違う。胸の内でくすぶる黒い炎に呑まれぬため、一刻ほど石碑の前で剣を構え、心気を研ぎ澄ます。




 昼前にはユニーシャーの店へと戻る。時刻はエンサーフの刻を過ぎたところ、農村に於ける一回目の食事の時間だ。店内は混み合っている。


 ファルハルドが姿を見せると、店内には少しの緊張が走った。


 村人の大部分はファルハルドがウトゥクを斬ったことに理解を示している。この店を利用する者たちなら、なおさらだ。

 それでも、ファルハルドを視界に入れればどうしても意識してしまう。なかなかこれまで通りとはいかない。


 ウトゥクの葬儀のあと、ファルハルドがすぐにカルドバン村を出て行き、もうこの村には来ないようにすべきかとこぼせば、ジャンダルは叱り飛ばした。

 そうやって人との繋がりを断ち切らせるのも奴らの狙いじゃないの。乗せられてどうすんの、と。仲間たちもその通りだと言い、これまで通りを続けることにした。


 給仕の手伝いをしていたジャンダルが声を掛けた。


「ご苦労様」

「ああ」


 穏やかなやり取りに店内に漂っていた緊張が緩む。



 カルスタンとラーナも畑仕事の手伝いから戻ってきた。ペールとアシュカーンは在村神官の手伝いに出たままだ。毎日、夕方まで戻らない。

 残る一人、人見知りの魔術師様はずっと部屋に閉じこもっている。食事も部屋で摂るほどだ。


 店の客たちが帰り、揃って食事を摂るなか、出る話題は決まっている。


「来ないな」

「だねー」

「足りてなかったか」

「迎えにいったほうがいいのかねえ」


 仲間たちは考え込む。話しているのは、今日になっても姿を見せないゼブについてだ。


 予定通りであれば、三日前にはこのカルドバン村に着いている筈だった。万が一を考え、一つの手は打っていたが、もしやそれでは不充分であったのかと話している。


 ジャンダルが指を折り数え、「あと二日待って来なかったら、ちょっとこちらから迎えに行ってみよっか」と言い、取り敢えずは様子をみることとなった。




 そして、次の日の夕刻。ゼブが馬車を駆り、村に到着した。皆はゼブを出迎える。


「やあ、遅かったね」

「大変だったわい。やはり奴らは手強いな」


 言いながらゼブは御者台から降りる。もう一人、馬車から姿を見せた者がいる。それはアリマだった。


「やっぱ仕掛けてきたんだ」

「うむ。三人であったわ。そのうちの一人が手強かったからの。おそらく、一人が暗殺部隊の部隊員で、残りは見習いか手の者であろうよ」


 ジャンダルはにやりと笑う。


「そんなんじゃあ、アリマは敗れないねえ」


 アリマに目をやれば、なにか口の中でもごもごと言って身の置き所に困っている。


 そう、パサルナーンの街を出発する前に決めていたのだ。隙を作り、見張っている暗殺部隊が仕掛けてくるよう誘い込むことを。


 イルマク山の麓で二手に分かれたのはそのための仕込み。そうすれば、旅に必要な物資を積み、なおかつゼブしか乗っていない馬車を狙ってくると考えて。

 だから、襲撃に備え、降りたと見せかけつつアリマには馬車に残ってもらった。



 今、ファルハルドたちの横には魔術師の長衣を着た女性がいる。共に徒歩で旧街道を移動した、アリマと同じ格好をした者が。


 女性は頭を覆う頭巾を外した。勝ち気な顔が露わになる。その女性はアリマより十歳は年上で、こうして顔を見比べてみれば別人であることは一目でわかる。

 ただ、背格好は似ていることから、顔を隠していれば二人を見分けることは難しい。


 セレスティンが魔術師の長衣を用意していたことから思いついた方法だ。元々、アリマは外を出歩く際、いつも人目を避けるために長衣に付いている頭巾を深く被っているため可能となった。

 ちなみにアリマ役を務めた女性はゼブの同僚、ガッファリー家に仕える者である。


 ゼブしかいないと思い襲いかかった暗殺部隊には魔術師に対抗できる手段がなかった。最初の闇から忍び寄っての襲撃を風の壁で防ぎ、あとは距離を取った状態で風の刃や火の矢を放ち殲滅した。


 ただし、暗殺部隊は侮れる相手ではない。致命傷を負いながらも馬車に接近し、車輪を破壊してのけた。ゼブは馬車を修理するために近くの村まで徒歩で往復する羽目になり、やっと今日の到着となったのだ。


「今回は上手くいったお陰でこの程度で済んだがなあ。やはり一筋縄ではいかん奴らだとて」


 これで監視の目を逃れたなどとは考えていない。さらなる罠や襲撃に備え、皆は気を引き締める。

 次話、「アヴァアーンで」に続く。

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