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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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28. 打立 /その①



 ─ 1 ──────


 イルトゥーランによるアルシャクスへの宣戦布告。


 よりにもよって、なぜ今なのかと、ファルハルドたちは恨めしく思う。

 いや、今だから、なのか。戦時であれば、王の権限がより強まり、勝手を行うことができる。だからこそ、戦時体制となるこの時に暗殺部隊を動かしたのか。


 実際のところ、どうであるのかはわからない。ひとまず、ゼブに説明を求めた。


「今日の昼に、よしみを通ずるアルシャクスの貴族家より早馬がやって来てな。知らせを受けたのだ。まだ詳しいことはわからんが、アルシャクスやイルトゥーラン内の移動は大幅に制限されるだろう。

 数日中にはより詳しいこともわかる筈だからの、それを待って行き方を考え直そうぞ」


 皆はファルハルドに目を向ける。ファルハルドは返事をしない。奥歯を噛みしめ、押し黙っている。ゼブは短く溜息を吐いた。


はやる気持ちはわかるが、一人で行こうとはするな。戦時なのだ。すぐに見咎められるぞ。ましてや其の方は、イルトゥーランに向かうためアルシャクス国内を通り抜けるのだ。必ず止められ、取り調べられることになる。

 少しでも怪しいと思われれば捕らえられるし、上手くいっても多くの時間を取られる。


 もし万が一、揉めでもすれば、あっという間に国中に手配書が回りどうにもならなくなる。

 まだるっこしく思うだろうが、ここは若様に頼るほうが結局は早く行ける。


 なに、数日だけの話だ。数日待てば新たな算段も付けられるのだ。若様も今、其の方のために動いてくれておる。ここは辛抱してくれ」


 ファルハルドは一度大きく深呼吸し、無言で頭を下げた。




 二日後には白華館の客たちの間でも、イルトゥーランによる宣戦布告は盛んに話される話題となっていた。

 街中ではまだ噂になっていない。かつて暗殺部隊が情報を集める場として利用していたように、人が集まる娼館は他よりも早く情報が出回っている。



 次の日には市中にも情報が回り始め、人々は騒ぎ始める。寄ると触ると、いつイルトゥーランとアルシャクスの戦端が開かれるのか、自治都市パサルナーンやエランダールはどう対応するのか、自分たちにどんな影響があるのかと関心高く話している。

 そして、ゼブが白華館を訪れた。


「明日()つぞ」

「なに? いろいろわかったの?」


 出発できるのは助かるが、いったいなにがどうなっているのか、旅をするのに詳細がわからなくては具合が悪い。代表してジャンダルが質問した。


「いや、新しくわかったことはあまりなくてな」


 まだ開戦は為されていない。イルトゥーランとアルシャクスの間で使者を行き来させながら、両国とも軍を動かす準備を進めている。


 会戦予定地は、過去にも何度もぶつかりあった場所。イルトゥーランの王城とアルシャクス主都サルディンジャーン、副都アヴァアーンの三つの都市のほぼ中間にある国境の平原。


 ただ、それ以外の場所でもいくさが行われるのかどうかがはっきりとしない。その点は両国首脳部、特にベルク王の考え次第だ。


「えっと……、それって大丈夫なの」


 なにが立ち塞がろうとも押し通るつもりではあるが、揉めると都合が悪いからということでこの数日間待機していたのだ。結局、状況がわからないまま出発するというのなら、一抹の不安が残ったままだ。


「うむ、若様がご立派になられてなぁ」

「……はい?」


 アルシャクスの貴族家から続報を伝える使者がやって来、ガッファリー家としてこの事態にどう対応するか、当主である父親や次期当主である長兄、使用人筆頭である家宰、そしてゼブが若様と呼ぶ当主次男であるカマルで話し合いを持った。


 その話し合いの最中に抜け出してきたカマルがゼブに指示をしたのだ。これ以上、事態の推移を待っていてはあまりに時が過ぎゆく。早々に出発せよ、と。


 ゼブは問うた。出発するのは良いとして、馬車をいかがしますかと。

 家の紋章を付けた馬車を使うことになっていたが、揉め事が起こる可能性が高いのであれば、ガッファリー家に迷惑が掛からぬようなんのしるしも付けぬ馬車を使用したほうが良いのではないかと考えて。


 それに対してカマルはきっぱりと述べた。我が家の紋を付けた馬車を使え。我が家の名はアルシャクスに於いても一定の影響力を有している。多少なりとも旅程が順調に進む筈だ。それでなにかあれば、その時は私が全ての責任を取る。


 そして、当主たちとの話し合いに戻り、家の紋章を付けた馬車をファルハルドたちのために使わせる許可を正式に得た。


「実に立派になられたものよ。生来の生真面目さと優しさが、ときに融通のかなさや頼りなさとなることもあったが、うむうむ、実に立派になられた。儂はもう思い残すことはない」

と、ゼブは日に焼けた皺だらけの顔を大粒の涙で濡らす。


「そ、そうなんだ」


 一人盛り上がっているところに非常に申し訳ないが、ファルハルドたちにとっては完全にどうでもいい話だった。ゼブを放置し、皆は出発するための準備に散った。




 翌朝。夜が明ける前、ファルハルドたちは準備を整え、集まった。

 見送りはいない。名誉の旅立ちではないのだから。仰々しい見送りをファルハルドたちが断ったのだから。なにより、ナイイェルは未だ目覚めず、セレスティンは起き上がることができないのだから。


 誓う。たとえ戻る時、誰かが欠けることがあったとしても。必ずやアレクシオスを無事連れ帰ると。


「行こう」


 昇る朝日と共にファルハルドたちは出発した。




 ─ 2 ──────


 ゼブは一路、馬車を北に走らせ、アータルの刻過ぎにイルマク山の麓に着いた。ここで一旦、ファルハルドたちは馬車を降りる。


 ここからイルマク山の山中を通る旧街道を使えば、カルドバン村まで普通なら徒歩で二日半。馬車であるなら、新街道を使うしかないため六日が掛かる。

 ファルハルドたちは徒歩で進み、ゼブは人を下ろし軽くなった馬車を飛ばし改めてカルドバン村で落ち合う予定だ。


 ファルハルドたちは丸二日でカルドバン村に辿り着く。


 店に姿を見せたファルハルドたちを見て、ニユーシャーたちは意外に思った。ファルハルドたちはいつも春と秋にカルドバン村を訪れるが、それはそれぞれ春分の日や秋分の日の頃。今年の春分の日はエンサーフの月の十三日《中のエンサーフの日》。今日は四日《上のフェレズの日》。やって来るのがいつもより少し早い。


「どうしたんだい」


 農村に於ける一回目の食事を摂るためにいた客も全て帰り、自分たちの食事を摂っていたニユーシャーが手を止め尋ねた。

 ニユーシャーの質問に、ファルハルドが答えジャンダルが説明を補足する。


「その馬車が着くまでの二、三日、部屋を使わせてもらえないか」

と、ファルハルドは話を締めた。ニユーシャーたちはしばし絶句する。


「あ、ああ……。そりゃ、いくらでも使ってもらっていいが……。いや、しかし、また、なんて話なんだ。女子供を狙うなんざぁ、ひでぇ話じゃねえか。とんでもねえ奴らだな」


「まったくさ、本当に酷い話じゃないかい。女房を斬って子供を連れ去るなんて、そんなの人間のやることじゃあないよ」


 ニユーシャーとラーメシュは顔を真っ赤にして怒る。モラードも同じく怒り、エルナーズとジーラは目に涙を浮かべている。

 ジャンダルは肩をすくめてみせた。


「なんたって、この村を滅ぼそうとした奴らだかんね。やって良いことと悪いことの区別なんてつかないんでしょ」


 明確な軽蔑をその顔に浮かべる。


「なんにしても、しっかり食って力をつけねえとな。食事、まだなんだろ。すぐに用意するから待っててくれ」


 ニユーシャーは、ファルハルドたちの食事を用意しようと席を立った。ファルハルドは手を上げ、掌を左右に振る。


「ありがとう。ただ、これから村長にも話をしに行くから、俺の分は大丈夫だ」

と、ファルハルドはそのまま出口へと向かう。


 ナイイェルが斬られ、アレクシオスが連れ去られて以来、ファルハルドはほとんど眠っておらず、食事もあまり摂ろうとしない。本人は気付いていないが、この二日の山中の移動で疲労が溜まり、その足取りは少しふらついていた。


「ああ、待って。おいらも一緒に行くよ。皆は先に食べといて」


 ジャンダルは急ぎ言い残し、ファルハルドを追いかけた。



 食事休憩を終えた村人たちが農作業に向かう時間だからか、日中にしては村内を歩いている人数が多かった。ファルハルドとジャンダルを見かけた村人たちは、親しく声を掛けてくる。


「おおー、今年も来たかい」

「去年の芝居は良かったですよ。今年もまた、新しい芝居を見せてくれるんですか」


 ファルハルドたちの事情を知らぬ村人たちは集まって来ては、なんの屈託もなく機嫌良く話す。

 ファルハルドは一瞬ジャンダルに目をやり、次の瞬間。村人を斬り捨てた。

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