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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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27. 渦 /その②



 ─ 3 ──────


 ジャンダルとラーナは白華館の男衆をともない拠点へと戻る。男衆は小型の荷車をいている。重体のナイイェルを白華館へ運ぶためにだ。


 拠点へと戻る途中、バーバクの店に立ち寄り状況説明を行った。話を聞いたバーバクは店を閉め、ジャンダルたちに同行し拠点へと向かった。


 拠点に戻れば、幸いにも状況に変わりはなかった。ナイイェルの状態が急変することはなく、ファルハルドが一人飛び出していることもなければ、暗殺部隊によるさらなる襲撃もなかった。


 ジャンダルはセレスティンとの話を聞かせ、用意した荷車にナイイェルを乗せ、揃って白華館に移動する。


 その進みは遅い。荷台には大量の麦藁を敷いているが、それでも荷車の振動は伝わってしまう。間違ってもナイイェルのさわりにならぬようにと、通りの人々の注目を浴びながら慎重に進んでいく。




 白華館に辿り着けば、ただちにナイイェルは準備の整えられた部屋に運ばれる。セレスティンは自分に付いていた医療神の神官をナイイェルに向かわせた。


 ファルハルドはずっとナイイェルに付き添い、その手を握っている。セレスティンに呼ばれても離れようとしなかった。


「兄さん」


 ジャンダルに声を掛けられ、迷う素振そぶりは見せるが、やはり動かない。


「おい、一緒にいてもできることはないぞ。今は神官様に任せろ。行くぞ」


 バーバクに肩を揺らされ、しぶしぶとファルハルドは手を離した。


 セレスティンの状態にも変化はない。話すのも辛い状態であるだろうに、話をすることも同じだ。


「ファルハルド様……。ナイイェルのことは……、お任せ、下さい」

「頼む」


 ファルハルドは深々と頭を下げた。


「王城に……、向かわれる、のですね」

「ああ」


 セレスティンはファルハルドの返答を聞き、ただ一言、「ご武運を」と伝えた。


「ああ」


 セレスティンはさらに話を続ける。


「皆様の……、武具を、用意して……、おります。お持ち下さい」

「いや、それは」


 ファルハルドは躊躇ためらった。


 セレスティンは金持ちだ。いくら装備が高くつくとはいえ、セレスティンにとってはなにほどでもない金額だろう。

 とは言え、厚意で受け取るには高価過ぎる。それに装備は使い慣れたものが良い。


 ファルハルドが断りの文句を口にする前に、バーバクが横から口を挟んだ。


「貰っておけ」


 ファルハルドは目を向ける。バーバクは頷いた。ファルハルドは少し考え、「済まん。ありがとう」と応えた。


 セレスティンは話し疲れたのか、目をつむり掠れる声で続けた。


「ジャンダル様。必要な……ものは、なんなりと……お持ち、下さい」

「わかった。助かるよ、ありがとう」


 ジャンダルは礼を述べ、セレスティンを休ませるため一同に声を掛け、私室から出た。



 ジャンダルは館を取り仕切る者と話をし、バーバク、カルスタン、ペールと共に必要な物資を選び、譲り受けていく。

 ファルハルドとラーナはナイイェルに付き添っている。なにかできることがある訳ではない。それでも、そばにいたかった。


 医療神の神官は法術を行うだけではない。外科的な治療も行えば、薬の処方も行う。傷口に塗り薬を塗り布を取り替え、飲み薬を用意するために席を外した。


 ファルハルドは手を握ったまま、眠るナイイェルに話しかける。


「どうか、元気になってくれ。アレクシオスには母親が必要だ。あの子は必ず取り返す。だから、頼む。どうか、あの子に元気な姿を見せてやってくれ。頼む」


 ラーナはファルハルドの邪魔をせぬようにと、部屋の隅に移動し抑えられぬ涙をそっとぬぐった。



 しばらく時が過ぎゆき、ジャンダルがファルハルドとラーナを呼んだ。飲み薬の用意をし戻ってきた医療神の神官にナイイェルを任せ、二人はジャンダルたちがいる部屋へと向かった。


 そこにはジャンダルたち以外に、アリマとアシュカーン、それに苦役刑の間、共に黒犬兵団で働いていたゼブが待っていた。


 アリマとアシュカーンはそれぞれの要件を済ませたあと、ジャンダルが拠点に残した書き置きを見、ガッファリー家から寄越されたゼブと一緒に白華館へやって来た。


 ジャンダルも含めそれぞれ話し合わなければならないことがあるが、まずはこのあと仕える主家に帰らなければならないゼブの話から聞くことにした。


 ゼブは今では髪が真っ白となり、だいぶ痩せてもいるが、まだまだ元気な様子で張りのある声で話す。


「久しぶりだな。この六年の間、其の方らのことは時々風の噂で聞いておった。あれだけの騒乱を引き起こすほどだからの。ベルク王が諦めることはないとは思うておったが、まさかこの街でこのようなことを仕出かすとは。信じがたい蛮行だ」


 ゼブは激戦を共に戦い抜いた戦友としても、パサルナーンの街に責任を持つ名家に仕える者としても、今回の一件には深くいきどおっている。


「若様からも其の方らに力を貸すように言われておるでの。ガッファリー家の紋を付けた馬車を使って良いともおっしゃった。儂が御者をするでな。イルトゥーランまでの移動は任せるが良い」


 ゼブは胸を叩き、請け負った。各所への連絡や手続き、細々とした手配に二日ほど掛かるが、それ以降ならいつでも出発できるそうだ。

 ファルハルドは一日でも早い出発を希望し、三日後の早朝に出発することにした。


 ゼブは準備する物の打ち合わせを済ませ、主家への報告のため帰って行った。



 次にアリマとアシュカーンから話を聞く。


 魔術院には怪我の治療に役立つ文物は見当たらなかったが、薬や治療の効果を高める知見が書かれた書物を探し出し、内容を医療神の神官に伝えてくれた。


 そして、今回の件については保安隊も事件として動いている。ただし、明確にイルトゥーランが事件を起こしたと証明できるだけのあかしはないため、公式にイルトゥーランに責任を問うことは難しいらしい。


 元々、ファルハルドたちは統治機関など当てにしていなければ、信用もしていない。この話を聞かされても、だろうなと思っただけだった。


 ただ、表立って罪を問うことはできないが、パサルナーン政庁は繋がりのある貴族家などを通じ、イルトゥーラン政府に非公式に抗議を行う予定ではあるそうだ。


 どうでも良かった。アレクシオスを奪われ、ファルハルドは城へ誘い込まれている。待ち受けるは殺し合い。抗議になどなんの意味もない。アレクシオスを取り返し、奴らは殺す。自分たちの手で決着を付けると決めている。


 ジャンダルとバーバクはセレスティンが用意したという武具を皆に披露する。


 皆が使っている鎖帷子くさりかたびらや盾などは、元々大きさはそれほど厳密なものではない。ジャンダルが身に着ける革鎧も多少は大きさの調整ができる。

 兜に関してはもう少し大きさが重要になってくるが、それも大きさ合わせの頭巾を使用することもあって、これも少しくらいなら合わなくても問題ない。


 だから、ファルハルドの鎧と盾以外は用意できて不思議はない。


 ファルハルドの鎧は他国であるアルシャクスの上級将校用の小札鎧こざねよろいを手直ししたもの、盾は他にない独特の形をした特注品。

 これらの新品を他人が新しく用意するのは無理だ。なのに、それも新しい物が用意されていた。


「なぜだ……」

「あー、うん。まあ、い、いいんじゃない」

「さすがは大店の主だということじゃないのか」


 ファルハルドは唖然とし、ジャンダルは決して目を合わさず話し、バーバクはなにかを誤魔化すように少し早口で喋った。


 魔術師であるアリマの杖はさすがに新しいものを用意できていなかった。長衣も用意こそされていたが、それは悪竜革製ではなく、各種術式も刻まれていなかった。

 全く問題ない。魔術師は自分で用意したものしか使わない。


 なにより驚かされたのは、魔法武器までが用意されていたことだ。


 庶民の家よりも値が張るが、驚かされた理由は別にある。どれほどの大金を積んだところで、そもそも魔法武器など売っていない。


 魔法武器を手に入れたい者は自らが材料を用意し、作製を依頼するしかない。

 そして、魔法武器の作製を依頼するのは、迷宮挑戦者。それも、中層以上に潜る中堅たち。手に入れられる者は数少なく、やっと手に入れた魔法武器を手放す者はそれ以上にいない。


 だから、どれほどの金持ちであろうとも魔法武器を手に入れるのはほぼ不可能だ。それなのに、用意されていた。


 バーバクは愛おしそうにその魔法武器を撫でて言った。


「これは昔、俺が使っていた物だ」


 そう、バーバクは昔、魔法武器を手に入れ、やっと入手したその魔法武器を手放していた。五層目で毒巨人によって仲間たちが壊滅させられた時にだ。


 バーバクはその斧型の魔法武器をラーナに差し出した。


「え? ……いや、あの」


 ラーナは驚き、戸惑う。


 ラーナはカルドバン村の戦いの後、ファルハルドから習い、魔法剣術を使えるようになっていた。


 ただ、どうにも魔力を引き出すのが苦手で、引き出すためには長い時間意識を集中しなければならない。

 厳しい戦闘では致命的とも言える欠点だが、これまで仲間たちの協力の下、なんとかしてきた。


 魔法武器を使えばその苦労が全て解決する。喉から手が出るほど欲しい。しかし、安易に受け取って良いものだとも思えない。


 バーバクは言う。


「あんたは戦斧を使うんだろ。使ってくれ。セレスティンもそのために用意したんだからな」


 ラーナはバーバクを見る。バーバクは微笑み、頷いた。仲間たちを見回す。皆は頷く。ラーナは手を伸ばし、魔法武器を受け取り身を震わせた。




 他の必要になる物も準備を整え、いよいよ明日出発する日の夜、ゼブが訪ねてきた。


「明日の出発は延期だ」


 突然の発言に皆は困惑する。


「なぜだ」


 ゼブは驚愕の事実を告げた。


「イルトゥーランがアルシャクスに宣戦布告した」

 次話、「打立」に続く。


 次回更新は三月中旬予定です。済みません。

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