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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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25. 崩落 /その②



 ─ 2 ──────


 パサルナーン迷宮九層目。緑青りょくしょうの竜を倒したファルハルドたちは休息所で身を休め、ゆっくりと話をしている。


「では、その娘子はもう心配はないということか。なによりである」


 ペールが重々しく言い、ジャンダルは軽く応える。


「そうだねえ。滋養薬が効果あって良かったよねー」


 仲間たちも気軽に会話を続ける。


「良かったですね。出産は大いなる試練だと言えますが、我が神の恩恵に出産に関わる法術はありませんからね」


しかり。なによりも尊い戦いだとも考えられるが、戦神様より授かる法術にもないのである。不思議なことだ」


 ただ、アリマは異なる視点から一つの懸念を述べた。


「――も、もし、その話が広まったら、誰も彼もが悪竜の血を使った薬を求める、かも……」


 アリマは需要が沸騰しても、ほとんど供給できないことを心配するが、ジャンダルはあっけらかんとしている。


「うん。それは調薬組合でも言われたよ。ファーリンたちには口止めしたから大丈夫でしょ。それに」


 ジャンダルは悪い笑顔を浮かべる。


「欲しがる人が増えたら、その分だけ値段を釣り上げて払える人だけ相手にすれば良いんじゃない」


 どうやら捉え方がアリマとは全く違うらしい。ファルハルドが一言注意した。


あおるなよ」

「わかってるって。そんなことする訳ないじゃん」


 どうにも嘘臭い。儲け話の匂いに敏感なだけに、こっそりいらぬことをやらかしそうだ。



 これ以上この話を続けても益がないとでも思ったか、カルスタンが話題を変えた。


「それで、今日はどうする」


 これまで九層目では、一戦を行えばその日の挑戦は終えていた。今日はすでに緑青の竜と戦っている。そして、その状態で少し余裕がある。


 仮にもう一戦行うとして、その相手が緑青の竜であれば、充分(こな)せる。あかがねの竜であれば厳しい。真鍮しんちゅうの竜であれば無理、逃げの一手。

 そして、もし万が一、より上位の竜とち合えば、逃げることすらできないかも知れない。


 パサルナーン迷宮に於いて、無理をする者は必ずその報いを受けることになる。


 それを考えれば、今日はもう切り上げるべきだが、九層目に挑み始めてはや半年。ナイイェルが寝込む日も増え続けている。いつまでも足踏みを続ける訳にはいかない。


「行こうじゃないか。挑んでこその挑戦者さね」


 ラーナは好戦的な笑みを浮かべ、率先して意見を述べた。


「――で、でも。無理して死んだら、それこそ元も子もない、し……」


 アリマが小声で怖々(こわごわ)話した。ラーナがちょっと不満そうに目をやれば、アリマはこそこそと隣にいるアシュカーンの背中に隠れる。ジャンダルはちょっと笑いながら言う。


「おいらとしては、やってみてもいいと思うんだけどね」


 それぞれが意見を口にしていく。アリマ以外は、皆挑戦を続けるのに乗り気だ。そおっと顔を出したアリマは泣きそうな顔で、あちらこちらに目を彷徨さまよわせる。


 ファルハルドはそのアリマに言う。


「挑戦は他人に強制されたり、人の気持ちをおもんばかって行うことではない。だから、気にしなくていい。嫌なものは嫌、自然な感情だ。無理に意見を変える必要も、人に従う必要もない」


 アリマは唇を引き結び、じっと床を見詰める。顔を上げ、それでも伏し目で誰とも目を合わさないまま話す。


「――ぜ、絶対に嫌だとは言って、いない、よ」


 しばらく話が途切れ、沈黙が広がる。


「――す、少しでも無理そうなら、すぐ逃げるのなら、い、いいよ」

「わかった。それでいこう」


 皆は準備を整え、二戦目に挑む。あたった敵は銅の竜。ファルハルドたちは襤褸襤褸なりながらも、勝利した。




 ─ 3 ──────


 休息所で一通りの怪我の手当てを済ませ、ファルハルドたちは地上へ戻った。負傷の大きなカルスタンだけ、中央大神殿で医療神に仕える神官に『甦生の祈り』を頼んだ。カルスタンが祈りを受ける間、ファルハルドたちは控えの間で待つ。


 年若い医療神の神官が心配顔で尋ねてくる。


「皆様もかなり負傷されておられますが、よろしいのですか」


 これにはアシュカーンが答えた。


「ええ。見た目はこの通りですが、私たちの怪我はもう手当てを済ませておりますので」

「そうなのですか。余計なことを申しました」


 医療神の神官は一礼し、治療行為を行う祈りの間へと戻ろうとした。ただ、年若い医療神の神官が祈りの間への出入口に垂れ下がっている布をめくれば、静謐を旨とする神殿なのにさざめきが聞こえてきた。


 ファルハルドは尋ねた。


「なんだ」


 年若い神官は戸惑う。


「わかりません。何事でしょうか」


 神官が足早に祈りの間に進み、出入口の仕切り布が垂れ下がれば、さざめきは消え再び場には静寂が訪れた。仕切り布になにかしらの魔法効果があるのだろうか。感覚の鋭いファルハルドが耳を澄ませても、祈りの間内の騒ぎは聞き取れなかった。




 『甦生の祈り』を受け回復したカルスタンが祈りの間から出てきた。なにやら顔色がおかしい。


「おい、大変だ。セレスティンが襲われ、大怪我をしたらしい」


 カルスタンが神官の祈りを受け始めてすぐ、白華館より遣いの者がやって来て要請したのだという。主であるセレスティンが襲われ重傷を負ったため、至急法術を使える神官に来ていただきたいのだと。


 ファルハルドたちは駆け出した。



 セレスティンは娼館の主。恨む者、憎む者、嫌う者には事欠かない。うなるほどに持つ金や影響力を奪いたいと思う者も多くいるだろう。


 ただし、セレスティンはそのことをはっきりと認識している。当然、そのために備えている。


 短絡的に襲ってくる者なら、雇っている護衛衆が排除する。冷静に計算できる人間に対しては、持っている金や影響力を使い、手出しできないように立ち回る。より手強い存在と対立するセレスティンが油断することはない。


 そんなセレスティン相手に襲撃を成功させる者。ファルハルドたちに思い浮かぶ対象は一つ。イルトゥーランの暗殺部隊。


 ファルハルドの主敵であり、セレスティンが暗闘する相手。


 セレスティンが傭う護衛衆も、影響力を活かした立ち回りも、その真の目的はパサルナーンへの暗殺部隊の侵入を妨害すること。全てはナーザニンの子であるファルハルドを守るため。何年もの間、そうして防いできた。


 それでも、ファルハルドたちは冷静ではいられない。ファルハルド、ジャンダル、カルスタンは実際に暗殺部隊の者と刃を交えた経験がある。奴らの実力は骨の髄から知っている。


 奴らの遣り方を知り、決して備えを怠ることのないセレスティンであるとはいえ、いつまでも完全に防ぎ続けることは難しい。

 奴らは手段を選ぶことなく、巧みで狡猾で計算高い。なにより並の戦士では、人数を集めようとも闇より忍び寄る奴らとは戦えない。


 今回の襲撃が、奴らが本格的に計画し狙ってきたものであるのなら、セレスティンの備えが破られたとしても不思議ではない。



 奴らを最も良く知るファルハルドもそこまで考えを進め、そして足を止めた。数歩進んだジャンダルが振り返る。


「どうしたの?」


 ファルハルドは答えることなく、急に身体の向きを変えた。


「え?」


 ファルハルドは万華通りとは別の方角に向け、駆け出した。それは西地区。ファルハルドたちが暮らす拠点がある方角。


 遠ざかるファルハルドの背中を見詰め、ジャンダルもファルハルドがなにに思い当たったのかに気付いた。声を上げる。


まずい! 皆、拠点に急いで!」


 ジャンダルは走り出し、戸惑う他の者たちも遅れてあとに続く。ジャンダルに追いついたカルスタンが走りながら問いかける。


「なんだ? どうした」


 ジャンダルは息を乱し、途切れ途切れに答える。


「敵が、暗殺部隊、だと、したら。狙いは、セレスティン、じゃない。兄さんだ」


 皆は困惑する。そうは言ってもファルハルドは視線の先で駆けている。少なからず負傷はしているが、それは悪竜によるもの。暗殺部隊とはなんの関係もない。


「違う! 思い出せ! 奴らは兄さんを狙うためにカルドバン村を襲った。なら、今、襲うとしたら」


 全員がなにを言いたいのかを理解した。


 なにかあればファルハルドが生きる理由を失う存在。保安隊や衛兵、護衛衆が頻繁に巡回し見守っているが、それでも戦うすべを持たず狙いやすい存在。

 それは。



 ファルハルドは拠点に辿り着く。外観に乱れはない。だが、鋭敏なファルハルドの感覚は捉える。乱れた気を。微かに漂う血の臭いを。


 ファルハルドは一息に階段を駆け上った。そして、見た。血の海に倒れるナイイェルを。

 次話、「渦」に続く。



 来週は更新お休みします。次回更新は2月8日予定です。

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