表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

274/305

23. 真鍮の竜 /その②



 ─ 3 ──────


 ヴァードの月三日(上のエンサーフの日)、ファルハルドたちは九層目の通路を進む。



 その格好は以前と少し違っている。


 全員に共通の分として、首に布を巻いている。それはアリマが皆に用意した、防毒の術式を刻んだ口覆いだ。今は首に下ろしているが、使用する時には引き上げ口と鼻を覆う。


 アリマは共に潜るようになってすぐ、防毒の口覆いを皆に用意した。その時に潜っていたのは七層目だったが、亡者たちにも毒を撒き散らすものは多く、通路に漂う瘴気から身を守るためもあって用意したのだ。


 ただ、これは不評だった。皆は一度使ったきりで、以後は使わなくなった。戦闘時に使用するには布が厚過ぎ、息苦しくなってしまうためだ。


 今回用意したのは、その反省を踏まえ改良したもの。新しく東国諸国で産する、細く伸縮性がある糸を手に入れ、その糸を織物組合で丈夫で薄手の布に織り上げてもらったのだ。


 この薄い布に術式を刻むのはかなり難しいのだが、それには悪竜の血を活用した。悪竜の血に数段階の加工、成分抽出を行えば、魔法を定着させやすい染料として使用できた。


 ただし、口覆いに刻んだ術式の効果はさほど強いものではない。一応は効果がある、という程度。それでも、皆は少しでも悪竜相手の戦いを有利に進めるため、防毒の口覆いを使用することにした。



 変わった点は他にもある。一目でわかるのはアリマだ。その着ている長衣が革製になっている。悪竜の革で作ったものだ。


 魔術院や各組合に悪竜から採れる素材を持ち込み始めてから約四箇月。血や皮などの利用法がやっとわかってきた。


 悪竜の皮も魔法との相性がとても良い。外部からの魔法を防ぎ、さらにはあらかじめ術式を刻んでおきさえすれば、任意の魔法はそのまま通す。それはまるで一人一人に魔法の達者の補助があるようなもの。とても有用な助けとなる。


 悪竜の皮は上手く使えばとても有用となる素材なのだが、残念なことに毒を含んでおり、その毒を取り除く方法が長くわからずにいた。


 いろんな方法を試し、最近になって革になめしてから大幅にけば、毒の部分を除去できるとわかった。厚みに欠け、丈夫さに難が出てくるため、鎧などに仕立てるには向かないが、衣類にする分には支障はない。


 その悪竜の革を使い、アリマは長衣を、他の者たちは鎧下を作り着用している。他に、アリマとジャンダル以外の盾を持つ者たちは、複数素材を貼り合わせて造る盾の素材の一つとしても使用している。

 これらによって、悪竜との戦いは変わるのか。それはこれより示される。




 この日、ファルハルドたちが九層目で出会った敵。それはまさに望んだ存在、真鍮しんちゅうの竜。


 皆はただちに首に下ろしていた口覆いを引き上げ、口と鼻を布で覆った。さらにアシュカーンが、カルスタンとラーナに『抗毒の祈り』を祈る。


 ファルハルドに祈らないのは、ファルハルドは元々毒への耐性を持ち、なおかつ決して多い訳ではない体内魔力の不用意な消耗を避けるため。

 ジャンダルたちに関しては、距離を取って戦うため防毒の口覆いだけで良いという判断だ。


 向かってくる悪竜をペールが守りの光壁を展開し、受け止める。かに見えたが、この一撃で光壁は砕け散った。


 悪竜は突っ込んでくる。

 全員が跳び退く。だが、アリマが遅れた。間に合わない。


 当たる寸前、ファルハルドが飛びつき、アリマを抱え跳んだ。

 避けきれず、身を引っ掛けられる。ファルハルドはアリマを抱えたまま、くるくると回転し通路の壁へと飛ばされる。


 壁に当たる寸前、身をひねり足から着地し、勢いを吸収。ただし、アリマは目を回している。


 悪竜がファルハルドとアリマに牙を剥く。


 カルスタンとラーナが、脚を目掛け武器を振る。鱗を傷付けるが、二人の武器は弾き返された。


 ペールの光壁の再展開は間に合わない。アシュカーンが光壁を展開する。悪竜の攻撃は止めた。ただし、体当たりによって光壁は再び砕かれた。どうやら、この真鍮の竜は今まであたった竜よりも強靱な個体であるようだ。


 竜の移動が止まった隙に、ファルハルドはアリマを抱えて移動。同時にジャンダルが竜へ向け、魔力の小球を放った。それは一発だけではない。二発、三発、四発と、続けて放つ。


 挑発された竜は、ジャンダルへ向け毒の息を吐いた。ジャンダルは後ろに飛び退き、距離を取る。防毒の口覆いは充分に機能を果たしている。わずかに届いた毒の息は口覆いが防いだ。



 再び突進しようとする悪竜をペールが押さえ込む。


「我は闇を討ち滅ぼす者なり。荒々しき戦神ナスラ・エル・アータルにこいねがう。不可視の力(もち)て、我が目前の、悪しきものを押さえ給え」


 押さえ込めたのは寸時。その間を活かし、暴れる竜をアシュカーンが縛る。


「我は難行を求むる者なり。試練の神タシムン・エル・ピサラヴィに希う。我に害なすものの、その身を縛り給え」


 動きの鈍った竜にファルハルドたちが攻めかかる。


 ラーナが指の付け根を狙い斧を振り下ろす。ラーナは鱗を剥がす戦い方を繰り返したことで、より精密に狙いを付けられるようになっている。振り下ろした斧は竜の太い指を断つ。


 カルスタンは脚を狙い、戦鎚を振り抜いた。力負けせぬよう、全身の力を籠めて繰り出す。

 狙いは傷を与えることではない。妨害、牽制、挑発を目的とした攻撃。鱗は割れず、止めることもできない。それでも、無視できぬ一撃。竜は苛立ち、カルスタンを踏み潰そうとする。


 そこに攻めかかるはファルハルド。


 カルスタンを狙う竜の死角から近づき、跳躍。目を狙う。ファルハルドの刃は防がれた。目を閉じた竜のまぶたに防がれた。だが、瞼は傷付き、血を流す。


 怒れる竜はファルハルドを尾で打たんとする。宙にあるファルハルドはかわせない。だから、目眩から回復したアリマが阻んだ。


「我が一なる意志に従いて、無形の刃は断ち切らん」


 放たれた風の刃は鱗を傷付け、尾の軌道を変える。竜は咆吼する。体内魔力をより活性化させ、アシュカーンの行動阻害の法術を引き千切った。

 再びペールが光壁を顕現。わずかな時であっても真鍮の竜をくい止める。


 そのわずかな間で、アリマは精神を集中し、唱える。選ぶは自身の放てる最大の術。


「真理の扉をいざ開かん。我が一なる意志に従いて、無形の刃は断ち切らん」


 強く巨大な風の刃が放たれ、光壁を砕き進もうとする竜の顔を切りつけた。大きく鱗を切り裂き、顔から出血。流れる血は竜の顔を赤く染める。


 ますます怒れる竜は大きく息を吸い、大量の毒の息を吐き出した。

 たとえ、真鍮の竜の吐く毒は弱くとも、大量に浴びせられては只では済まない。防毒の備えも追いつかない。


 だから。ファルハルドたちは素早く下がり、ペールとアシュカーンが息を合わせ、竜との間に光壁を展開した。毒の息の拡がりは止められる。


 さらに、真鍮の竜が全ての毒の息を吐ききる前に、アリマが術を発現させる。


「我が一なる意志に従いて、立つ雄風よ、悪風を打ち払え」


 生ずるは鋭い風の刃ではなく、力強く吹く大風。毒の息を押し流した。



 大風に乗るようにファルハルドは駆ける。竜はファルハルドの姿を捉え、牙を剥いた。


 咬み潰さんとする竜の牙を躱し、ファルハルドは加速。狙うは首。鱗の境目に刃を立て、駆ける勢いそのままに鱗を断ち切り、身体の側面を深く長く斬っていく。


 竜は痛みに身をよじり、ファルハルドは撥ね飛ばされる。強く壁に打ちつけられた。


 アシュカーンが再び行動阻害の法術を祈る。その場に両膝をつき、深く深く祈りに没入する。アシュカーンはその法術を振り絞り、真鍮の竜の動きを縛る。


 ペールもまた、全ての魔力を籠める。生み出された特大、濃密な不可視の拳は動けぬ竜の脇腹を撃つ。一撃で広範囲の鱗を割った。


 そのペールが鱗を割った部分を、カルスタンが戦鎚で打つ。打つ。打ち据える。


 のたうつ竜は毒の息を吐こうとするが、特大の毒の息を吐いた直後だ。打たれる度に途切れ途切れに吐き出すのがやっと。防毒の備えで充分に対応できる。


 打ち続けるカルスタンをその太い尾で打とうするが、その尾はラーナが間に入り弾き返した。尾を防がれ、喰らいつかんと開いた巨大な口に、ジャンダルが魔力の穂先を放つ。


 与えることができた傷は浅い。だが、竜の攻撃を妨害した。繰り出す攻撃を次々と邪魔され、次第に竜の攻撃は単調なものとなっていく。


 ただし、ファルハルドたちも、ペール、アシュカーンの魔力が限界に近い。ここで決めなければ、自由に暴れ回る竜に為すすべなく蹂躙されることになる。


 だから、ファルハルドたちは攻める。


 立ち上がったファルハルドが斬り込む。顔を狙い、自分に注意を引きつける。


 その間にカルスタンとラーナが走り寄り、それぞれが鱗の割れている脇腹と脚目掛け攻撃を繰り出す。一撃で与えられる傷は軽くとも、少しずつ被害を蓄積させていく。



 竜が暴れ抵抗する度、ファルハルドが顔を斬りつけ注意を引きつけ続ける。徐々に弱らせてはいる。

 だが、まだ倒せない。アシュカーンが叫んだ。


「これ以上は保たない」


 その声と同時にファルハルドは下がり、ジャンダルはアリマに呼びかけ閃光玉を投げた。アリマは火の矢を放ち、閃光玉を射貫こうとした。


 だが、しかし。アリマもまた、これまでの術の使用で疲労している。まだ魔力には余裕があるが、体力的に厳しい状態。火の矢は狙いを外した。閃光玉は竜の顔に当たり、何事もなく床に転がった。


 アシュカーンが限界を迎え、竜は解放される。怒れる感情のままに突進をする。指を斬り落とされ、散々に攻撃を受けている竜は弱っている。ファルハルドたちはなんとか突進を避けた。


 竜は壁に激突する。激しくぶつかりながらも、竜に被害はないようだ。再びファルハルドたちに突進しようと、身体の向きを変える。


 その動きを予想したファルハルドは一歩早く駆け、進路上に落ちていたジャンダルの閃光玉を拾い上げ、そのまま真っ直ぐに竜へと向かう。


 眼前にファルハルドの姿を捉えた竜は、毒の息を吐き出した。ファルハルドは息を止め、毒の息の中へと突っ込んだ。防毒の口覆いとファルハルドが生まれつき持つ毒耐性により、真鍮の竜の毒の息を耐えきった。


 そして、ファルハルドは跳躍。竜の鼻を蹴り、さらに高く。空中で手にする閃光玉を竜へと投げた。


 ファルハルドの意図を察していたジャンダルは準備を整えていた。疲労で狙いが定まらないアリマに手を添える。


「おいらが狙いをつける。ここだ。放て」


 ジャンダルはアリマの構える杖の向きを調整、生じた火の矢は今度は閃光玉を射貫いた。


 目が眩んだ竜は一気に弱まる。皆は一斉に畳みかけ、ファルハルドたちは初めて真鍮の竜に勝利した。

 次話、「崩落」に続く。



 次回更新は、年が変わって1月18日予定です。

 皆様、良いお年を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ