表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

270/305

19. 九層目に挑む日々 /その①



 ─ 1 ──────


 年の瀬も近づくティシュタルの月下旬。


 ファルハルドたちは進む。今日も九層目、悪竜たちが巣食う階層を。


 悪竜たちの層のうち、九層目には基本的に下位の竜たちが姿を見せる。その下位の竜たちとの戦いでも、まだまだファルハルドたちは確実に勝てるとは言えない状態だ。


 最下位である緑青りょくしょうの竜相手であれば、なんとか勝てるようにはなった。

 だが、緑青の竜よりも上位の竜であるあかがねの竜や真鍮しんちゅうの竜相手となると、辛勝できることもあれば、逃げ出すこともあるという状態だ。なかなか迷宮攻略は順調には進まない。


 三百年前のベリサリウスたちの戦いぶりを思い出すが、それも参考にはしづらかった。


 神聖王の仲間たちは、一人一人が図抜けた実力の持ち主だった。

 特にベリサリウスは桁外れの実力を持つ。力、技、判断力に優れる戦士であり、同時に法術も使える神官戦士。パサルナーン迷宮に潜り始めた頃は別として、九層目に挑む頃には欠点らしい欠点もない、単体で巨人を討つこともできるほどの優れた挑戦者だった。


 そんなまさに英雄と呼ぶに相応ふさわしい者たちと同じように戦えるかと言えば、当然できない。ファルハルドたちは自分たちのやり方で一歩ずつ攻略を進めていく。



 通路を進むファルハルドたちの背後から振動が伝わってくる。

 振り返る視界の隅に、褐色じみた光を反射する巨大な存在が見えた。それは曲がり角から姿を現した悪竜、銅の竜。緑青の竜と近い存在だが、鱗だけでなくその身にも強い魔法抵抗性を持つ。


 まだ距離のある状態で姿を捉えることができた。その幸運を逃しはしない。アシュカーンとアリマは即座に集中する。


「我は難行を求むる者なり。試練の神タシムン・エル・ピサラヴィにこいねがう。我に害なすものの、その身を縛り給え」

「我が一なる意志に従いて、無形の刃は断ち切らん」


 アシュカーンの法術により動きの鈍った銅の竜に、アリマの生み出した風の刃が迫る。


 風の刃は避けられることなく左前脚の鱗を切り裂いた。血を流す銅の竜は傾ぎ、斜めに進行方向が変わった竜は激しい音を立てて通路の壁に身体を打ちつけた。


 ファルハルドたちは武器を手に殺到する。しかし一歩早く、竜は身体をくねらせ牙を剥いた。一咬みで人の胴を喰い千切れる竜の牙が迫る。


 間一髪、ファルハルドたちは身をかわした。竜の牙は空を切る。


 だが。


「ぐっ」


 苛立つ竜の身震い。暴れる竜が首を振り、避けきれなかったカルスタンとラーナは打たれ、投げ出された。竜はカルスタンとラーナに襲いかかる。


 ペールが光壁を顕現、カルスタンとラーナに寄らせない。ファルハルドは光壁で進みを止められた竜の脚を斬りつけるが、鱗を小さく斬ったのみ。


 同じ箇所に繰り返し斬りつけるファルハルドに向け太い尾が振られ、風切り音が生じる。

 音によって、尻尾による攻撃を察知したファルハルドは躱そうとした。


 しかし、全力で行う攻撃の最中。わずかに回避が間に合わない。中途半端に避けかかったファルハルドは尾に打たれ、壁に叩きつけられた。立ち上がれない。


 アリマが火の矢を生み出して牽制し、ペールがカルスタンとラーナに、アシュカーンはファルハルドに駆け寄り、治癒の祈りを祈る。

 体勢を立て直したカルスタンとラーナが、脚を打ち、顎に斬りつけた。回復したファルハルドも攻める。


 カルスタン、ラーナ、ファルハルドは懸命に攻めるが、攻撃はその鱗に阻まれる。


 竜の攻撃を躱しつつ最初にアリマが切り裂いた鱗の裂け目を狙い攻撃を浴びせるが、身体が大きく、強い魔法抵抗性と頑健さを持ち、さらには常に体内魔力が活性化状態にある竜の肉体には、魔力をまとわせた武器をもってしても負わせられる傷は浅手。


 打撃や斬撃を積み重ねるが、充分には攻撃は通らない。


 素早く移動し駆け回ることはアシュカーンが行動阻害の法術で防いでいるが、竜の動きを鈍らせ続けることは負担が大きい。手を合わせ一心に祈るアシュカーンの全身は汗に濡れている。



 ついにアシュカーンが限界を迎える。これ以上の法術の維持はできない。


 解き放たれた銅の竜は一気に動き、ファルハルドたちをね飛ばした。床に投げ出された三人を竜はその巨体で押しつぶそうとする。


 その身体が浮き上がった一瞬をペールは見逃さない。己が信じる戦神に祈る。


「我は闇を討ち滅ぼす者なり。荒々しき戦神ナスラ・エル・アータルに希う。不可視の拳で我が目前の、悪しきものを撃ち給え」


 ペールの放つ不可視の拳が竜の顎を撃ち上げる。竜の身は大きく浮いた。


 ファルハルドたちはこの隙に床を転がり、下敷きになる位置から脱出。

 そして、アリマが狙う。


「真理の扉をいざ開かん。我が一なる意志に従いて、無形の刃は断ち切らん」


 力強く巨大な風の刃が竜を襲う。風の刃は届く。竜の腹へと。


 そこは背中側よりも鱗が薄い。風の刃は鱗を切り裂き、肉の身にも大きな傷を与えた。

 ただし、アリマが使える最大の術をもってしても、傷は内臓までには達していない。


 竜は怒りと苦痛の混ざった声を上げ、より一層激しく暴れ出す。ペールが光壁を顕現し、押さえ込もうとする。

 竜は暴れる。ペールは逆らう。光壁に亀裂が走る。



 ファルハルドたちは考える。逃げ出すべきか、このまま戦うべきか。視線で互いの意思を伝え合う。


 アシュカーンは疲労しており、竜をどう攻めればよいのか攻撃手段にも迷う。同時に、銅の竜に深手を負わせてもいる。これで攻めきれないならば、この階層で戦っていくなど不可能。


 ファルハルドは、カルスタンは、ラーナは武器持つ腕に、踏み出す足に力を籠め、攻めかかる。


 怒りに駆られ爛々(らんらん)と光る竜の目に、ジャンダルが魔力の小球を放つ。小球は竜の右目を打った。竜は目を閉じる。


 しかし、それだけ。活性化された体内魔力で高まっている魔法抵抗性に邪魔され、目立つほどには傷付けられない。


 それで充分。ファルハルドは竜が目を閉じた瞬間に跳躍。竜の身体を蹴り、跳ぶ。

 狙うは目。閉じられていない左目に向け、剣を繰り出した。


 竜は吠えた。それは耳をつんざく悲鳴。ファルハルドは瞳を突き刺した。


 生じた死角からカルスタンとラーナは攻める。呼吸を合わせ、アリマが鱗を斬り裂いていた左前脚を前後から挟み込むように同時に攻撃する。左前脚を半ばまで断つ。


 竜の動きは不自由に。しかし、圧倒的な力は未だ衰えず。不自由な状態となろうとも激しく暴れるその巨体は脅威のまま。


 攻める。ペールが光壁で竜の動きを妨害した隙に、ファルハルドたちは臆することなく攻める。


 竜の激しい抵抗に光壁は砕けた。その瞬間に、これを予想していたアリマが風の刃をぶつけ、竜の突進をくじく。


 同時に、暴れる竜の動きを読んだジャンダルが放った大振りのナイフが竜に残された右目に突き刺さる。


 ただのナイフでは、他の部位よりは弱い目といえども突き刺すなど不可能。だが、実現させた。刃には魔力をまとわせていたからだ。

 『付与の粉』により魔力をまとわせた大振りのナイフを、義手から伸ばした魔力の紐で繋ぎ投擲したのだ。


 ファルハルドたちは勢いづく。一気に攻める。しかし、攻めきれない。


 銅の竜の狙いは雑に、動きは不自由になりながらも、ファルハルドたちを狙ってくる。激しい抵抗に攻めきれない。


 誰より早くアリマが気付く。


「――み、皆。悪竜は地中にも潜る。竜は視覚に頼っていない、と、思う」


 ファルハルドたちは得心した。


 おそらくは竜が主として使用している感覚は、聴覚か触覚。あるいは魔力を感知しているのかもしれない。だからこそ、目を潰してもファルハルドたちを狙ってこられる。


 ただし、目を潰すことで狙いが雑になったことから判断すれば、近距離で対象を把握するのに使っているのは視覚なのだろう。


 だから、慎重に竜の攻撃を避けながら攻め続ける。

 続く、長時間、綱渡りの戦闘。全員が体力と魔力の限界を迎える寸前、ファルハルドたちはなんとか銅の竜を倒した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ