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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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18. あれからのカルドバン村 /その③



 ─ 3 ──────


 ユニーシャーの店は祭りの勢いそのままに盛り上がっている。


 モラードとジーラが行ったのはあくまでお芝居としての結婚式。の筈なのだが、近所の者や仲の良い者たちが集まり、祝いの言葉を述べていく。どうにも芝居と現実がごっちゃになってしまっている。


 もっとも、そうはいっても、モラードとジーラの気持ちこそ芝居と現実に境がないので、結果的には間違いではないとも言えるのだが。



 ユニーシャーとラーメシュは涙を流しながら、良かっただのほっとしただの言っている。やはり、実際に結婚式を挙げた気になっているようだ。


 唯一、まともで冷静なのはエルナーズだけなのだが、そのエルナーズも自分は結婚話を断り続けている身の上だけあって、皆をいさめることもできず、困り顔のまま曖昧な対応をしている。


 ファルハルドたちもこの場にいる。


 カルスタン、ペール、ラーナは盛り上がる祝い客たちと一緒になって騒いでいる。アシュカーンは穏やかに祝っている。ジャンダルも気を取り直したようで、機嫌良く騒いでいる。

 アレクシオスはそろそろ眠くなる時間の筈だが、騒がしい雰囲気の中で眠くならずに起きている。


 アリマはなんだか見たことがないくらいに、にこにこしている。よく見れば、周囲にいる誰かによって手元の杯が満たされたと思えば、アリマはあっという間に呑み干している。

 日頃はほとんど呑もうとしないが、どうやらアリマはざるらしい。延々と呑み続けられ、ひたすら上機嫌になるようだ。


 そして、ファルハルドは。ナイイェルと共にモラードとジーラの横で祝い客たちの相手をしている。


 モラードとジーラの親代わりはユニーシャーとラーメシュの筈なのだが、ファルハルドとナイイェルがまるで後見人のように扱われている。

 なぜそんなことになっているのか、ファルハルドは全く理解できない。それでもモラードとジーラのためにできることがあるのなら、否やと言う気は起こらない。


 最初はファルハルドはモラードとジーラに、真情は奈辺にあるのか問いただそうとしていた。

 ただ、ファルハルドたちがユニーシャーの店に移動した時には、すでに大勢の祝い客が押し寄せていて、その機会がなかった。


 客から祝いの言葉を受ける二人の、特にジーラの表情を見るうちに、ファルハルドにもなんとなく二人の気持ちが確かなものなのだと感じられた。

 そこからは無粋な質問をすることなく、入れ替わり立ち替わりやってくる祝い客の応対に専念する。


 結局、一度アレクシオスを寝かしつけるためにナイイェルがしばらく抜けた以外は、朝までずっと祝い客の相手をし続けた。




 朝になり、客たちが引き始めたところでファルハルドも部屋へと下がった。

 さすがに一晩中、客たちの相手をするのは疲れた。昼まで、もう少し正確に言えば、アレクシオスが目を覚ますまで一眠りしようと、ユニーシャーの店の二階にある部屋でゆっくりと寝台に横になる。


 ファルハルドは眠りに落ちる前に、隣にいるナイイェルに話しかけた。


「あの二人が思い合っていたなんて、まるで気付かなかった。君はいつから知っていたんだ」


 ナイイェルは穏やかに笑う。


「はっきり知っていた訳じゃないわよ。お互いを見る目とか、話す時の態度を見ていたら、そうなんだろうなって思っただけよ」

「良くわかるものだ。俺にはさっぱりだ」


 ナイイェルはくすりと笑った。


「仕方のない人。今になっても、色恋は苦手ですか」


 ファルハルドは答えず、不服そうなうなり声だけをこぼした。


 それきり話は途絶える。ファルハルドはゆっくりと眠りに落ちていく。そのファルハルドにナイイェルがつぶやいた。


「私にもしものことが合った時には、他の人と幸せになって欲しいのだけど……」


 ファルハルドはその言葉は聞かなかったことにした。




 ─ 4 ──────


 昼前、アレクシオスの元気いっぱいな声に起こされ、ファルハルドとナイイェルは目を覚ます。揃って一階の食堂へ降りていく。


 アシュカーン以外の仲間たちは昨夜深酒していたせいで、まだ眠っている。

 ユニーシャーとラーメシュもまだ寝ているようだ。代わりにエルナーズが皆の食事を用意してくれている。ナイイェルが手伝おうと調理場に入り、ファルハルドはアレクシオスと客席に向かう。


 モラードとジーラは起きていた。ただ、この二人はちょっと様子がおかしい。昨日は気持ちが盛り上がっていたので問題なかったが、今は気持ちも落ち着きそれぞれが自分の気持ちと行ったことに戸惑い、どんな態度で接したら良いのか決めかねているようだ。


 互いに目を向け目が合いそうになれば、途端に目をらす。手を繋ぎたそうにもじもじしているが、決して自分から手を伸ばすことはない。


 では、離れて気持ちを仕切り直すのかと思えば、それもない。二人は手を伸ばせば届く距離で、はっきりとしない態度を取っている。


 もっとも、二人ともずっと互いが身近に居過ぎたせいで自覚できなかった自分の気持ちにはっきりと気付き、大勢の前で表明もしてしまっているのだ。遅かれ早かれ、二人は結ばれることだろう。


 アレクシオスはモラードとジーラを見かけた途端、二人の下に走って行き、にこにこしながら口を開く。


「モラードおにいちゃん、ジーラおねえちゃん。ふたりとも良かったね。おめでとう」


 幼子の一切裏のない晴れやかな祝福。


「うん、ありがとな」

「アレク君、ありがとうね」


 それぞれがアレクシオスに感謝を伝え、二人は照れくさそうに見詰め合い笑った。どちらからともなく手を伸ばし、繋ぎ合う。


 その後の食事の間も、モラードとジーラは手を繋いだままでいた。二人が正式に結ばれる日は思ったよりも近そうだ。




 次の日、パサルナーンへ帰るファルハルドたちは郊外に建つ石碑のある場所に立ち寄った。


 石碑は汚れ一つなく綺麗に清掃されている。石碑の前には、村人たちの手によって花や供え物を捧げるための石造りの立派な献花台が造られ、今その献花台では香が焚かれ、村に生える花々や採れた作物がふんだんに置かれている。


 ファルハルドは用意した小樽の栓を開けた。樽からは微かに芳醇な蒸留酒の香りが立ち昇る。腕を伸ばし、石碑に酒を注いだ。


 ペールが皆に声を掛ける。合図に合わせ皆は目をつむり、胸に手を当て、胸の内で祈りを上げた。アレクシオスも意味がよくわからないながらも、皆の真似をする。


 ファルハルドは胸の内で語りかける。ヴァルカとハーミへ感謝を。神殿遺跡へ達することを優先させ、ベルク王を未だ倒せていないことの謝罪を。語りかけ、ヴァルカとハーミ、その他の者たちの冥福を祈った。

 次話、「九層目に挑む日々」に続く。



 来週は更新お休みします。次回更新は11月16日予定です。

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