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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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17. あれからのカルドバン村 /その②



 ─ 2 ──────


 まだ日が西の空に残る刻限に、村長の掛け声の下、秋祭りが始まった。


 最初に行われるのは在村神官による神々への祈り。その横にはペールとアシュカーンもいる。二人は在村神官の補助役として儀式を手伝う。料理と今年村で採れた最も出来のいい作物が供物として捧げられ、祈りの言葉が唱えられる。



 村人全員で祈りを上げれば、最初の儀式は終わり、食事を楽しむ時間の始まりだ。


 ファルハルドはナイイェルとアレクシオスと一緒に仲良く食事をし、と言いたいところだが、そうはいかない。あの戦いで活躍したファルハルドたちを村人たちは放っておいてくれない。

 陽気に騒ぐ村人たちが皿に料理を盛って集まってくる。村長が率先してやって来るのだから、止められる者などいる筈もない。


 次から次へと村人たちが集まってきて、なかなか一人一人とゆっくりとは話せない。エルナーズたちも近づけないでいる。実に騒々しく鬱陶しいが、ナイイェルとアレクシオスが人混みで危ない目にさえ遭わないのなら別に良いかと、ファルハルドも大人しく付き合っている。


 ちなみに、それこそ産まれた時から周りに大勢の人がいるのが当たり前なアレクシオスは、ファルハルドと違い人に囲まれることが苦手ではない。集まった村人たちにも可愛がられ、機嫌良く過ごしている。




 一通り腹が膨らめば、昔なら村人総出の踊りの時間となるのだが、今年は違う。踊りは行うが、その前に一つ別の行事が挟まっている。それはジャンダルの懐事情が改善された理由とも関わりのあること。


 日が暮れた広場の一角で盛大に篝火かがりびかれている。そこは区切りの目印として四隅に杭が打たれ、縄が張られた場所。広く場所を取られ、一方だけを開き、残りの三方をわくわくした様子の村人たちが囲み座っている。


 村人たちはファルハルドたちに場所を譲ってくれ、ファルハルドたちは区画を取り囲む村人たちの最前列にいる。


 開かれている一方から、色とりどりの布を縫い合わせた滑稽な衣装を着た人物が、区画の中央へと進み出た。その人物は区画を囲む村人たちをゆっくりと見回し、朗々たる声で語り出す。


『今宵、皆様にご覧いただきますは、

 囚われた姫と恋する青年の物語。


 さて、その地を治めておりますは、

 良い領主と評判の人物でございます。

 なれども、この領主にはどうにも一つの悪癖が。

 それはただ一人の家族である娘を心配するあまり、

 人目に晒さぬようにと塔へと閉じ込めていること。


 されども神々の御意思にかかれば、

 領主の思惑など意味を持ちませぬ。

 ある日、閉じられた塔の窓から顔を覗かせた領主の娘は

 たまたま通りかかった旅人と目を合わせます。

 

 ああ、これぞ神々のご采配、起こるは世に言う瞬雷の恋。

 二人は一目で惹かれ合う。

 その激しく燃え上がる恋心の前には、高き塔もなんのその。

 二人は言葉を交わし、互いの心を確かめ合う。


 その旅人の存在は、すぐに領主の知るところ。

 たちまち旅人は捕らえられ、

 怒れる領主の前へと引き出されます。


 あわや旅人がその首を刎ねられんとした時、

 かざされた刃の下に娘が身を曝し、

 心よりの懇願をいたします。

 自分はこの旅人を愛している。

 もし、この旅人との結婚をお許し下されねば、

 この身はもはや生きてはおれません。


 娘の熱情に手を焼いた領主は旅人に

 一つの課題を出しました。

 東にある最も高い山のいただきに、

 この地を脅かす悪竜が棲んでいる。

 もし、その悪竜を退治することができれば、

 娘との結婚を認めてやろう。


 娘は涙を流し、抗議します。

 それではなんら死罪と変わりませぬ、と。

 しかし、旅人はなにも怖れません。

 この場にいる人々と神々に誓います。

 己の愛の証として、

 人々を苦しめる悪竜を必ずや討ってみせまする。


 単身、悪竜討伐へと向かう旅人へ

 娘は家に伝わる三つの魔法の品を贈りました。

 一つは無限に糸を送り出す糸車、

 一つは付ければ動物たちの言葉がわかる耳飾り、

 一つはいつでも娘と旅人、互いの姿を写し出す一対の手鏡のその一方いっぽう


 これらの魔法の品を持ち、東の山を目指し出発した旅人は

 その道中で、四人の仲間と出会います。

 一人は荒れ野で神々への信心に生きる高徳の神官、

 一人は槍取れば並ぶ者なき無双の傭兵、

 一人は世事にけ、万事器用にこなす達者な旅商人、

 一人は真理の探究に人生を捧げる智恵深き魔術師。


 さてはて、協力を誓った仲間たちと恋する旅人は

 いかに悪竜に立ち向かうのか。

 そして、姫と旅人の恋の結末は。

 どうぞ皆様、その目でお確かめあれ』



 村人たちは一斉に拍手し、歓声を上げる。


 そう、行われる行事とは村人たちによって演じられる素人演劇。この芝居の脚本を書いているのがジャンダルだ。


 元々は酒場などでファルハルドと雪熊将軍の決闘や、カルドバン村での戦いの話を請われたことから始まっている。


 最初は普通に話していたのだが、そのうちにより盛り上げるため、場面を付け足したり、溜めを作ったり、誇張をするようになっていった。


 そこまで進んだところで、ジャンダルの語りを聞いた白華館のセレスティンが提案した。いっそ芝居にしたらどうですか、と。


 面白い、どれ一つ、とそれっぽく脚本を書き上げ劇団に見せてみれば、これが実にウケた。

 ならばとジャンダルとセレスティンは手を組み、ジャンダルが脚本提供、セレスティンは貧乏劇団の後援を行えば、その興業は大当たり。


 ジャンダルが次々と新しい脚本ホンを書き、劇団が巡業に回るうちに、次第に各地でも話題になっていく。


 そうこうするうちに、昔知り合ったナーディルとラーディルの兄弟が脚本の話を聞きつけジャンダルに会いに来た。


 二人から交渉を持ちかけられ、セレスティンを交え話し合う。結果、新作の脚本はまず後援する劇団に提供し、その後一年ほどしたらエルメスタのナルマラトゥ氏族の者たちに低料金で提供すると決めた。


 この頃にはジャンダルの書く脚本には始まりであったファルハルドの話など影も形も残っていなかった。


 それは幸いだった。ファルハルドもジャンダルが書いた芝居を目にする機会があったが、その演目の原型として自分がネタにされているとは気付かなかった。もし、気付いていたら全力で公演阻止に動いていたことだろう。


 この日、カルドバン村で演じられる芝居は、セレスティンや劇団に断りを入れた上で用意した新作だ。春に村に来た時に脚本を渡し、村人たちは半年掛け稽古を積んできた。どんな芝居になっているのかとファルハルドたちもジャンダルも楽しみにしている。



 旅人とその仲間役が出てきた。全員、演技は下手だが、観客である村人たちは大喜び。特に主役である旅人役の若者に向けては、いくつもの黄色い声が掛けられる。


 その旅人役を演じているのがモラードだ。演技は下手だが、立ち回りは堂に入っている。


 小さな頃からファルハルドに剣を教えられ、一人でも稽古を続けたモラードの腕前はなかなかのものだ。戦う専門家でないながら、並みの兵士となら渡り合えるだけの腕前となっている。


 そのモラードが仲間と共に悪竜と戦う場面では、モラードが剣を振るう度に村人は歓声を上げ、危機におちいればわめき、ついに悪竜を倒せば拍手喝采。皆、芝居に引き込まれている。



 ただし、この芝居は冒険活劇ではない。冒頭でも告げられているように、主眼は恋愛物語の部分だ。

 悪竜を倒した旅人は、娘の姿を一目見ようと懐から魔法の手鏡を取り出し、覗き込んだ。途端に上げる嘆き声。


『ああ、なんということだろう』


 やけに芝居がかった口調なのは仕方ないのだろう。モラードは四人の仲間役に語りかける形を取って、観客たちに説明をする。


『領主は私を騙した。愛しいあの人が別の男と結婚させられようとしている』


 観客たちのある者は嘆き、ある者はいきどおりの声を上げた。ファルハルドは手で輪を作りながら隣のジャンダルに尋ねる。


「手鏡はこのくらいの大きさだろ。その大きさに映る光景で、どうやったら結婚させられようとしているとわかるんだ」

「え? 知らないよ」


 ジャンダルは抜け抜けと言い放った。


「おい」

「そういうのはいいんだって。ほら、見てみなよ。皆、盛り上がってるじゃん。細かいことは気にせず楽しむのが一番なんだって」

「そうなのか」


 ファルハルドは疑わしげだが、ジャンダルは断言した。


「当然」


 二人が話す間にも芝居は進み、一行は動物たちの話がわかる耳飾りによって街の方角へと移動する水牛たちを見つけ、その背に乗り街へと帰り着く。


「都合良過ぎないか」


 ファルハルドが言えば、ジャンダルは笑う。


「それが、良いんじゃん」


 確かに村人たちは旅人たちが水牛の背に乗る場面でやんややんやの大喝采。


 そして、そのまま芝居は次の場面へと。娘と隣の領地の領主の息子との結婚式が行われようとしている領主の館は堅く閉ざされている。

 旅人たちは、魔法の糸車から糸を引き出し、糸を使って壁をよじ登り領主の館に忍び込んだ。


「待て。いくらなんでも、糸で五人の人間の体重は支えられないだろう」

「大丈夫、全く問題なし」

「いや、問題あるだろう」



 しばらくつっこみどころが気になって仕方がなかったファルハルドだが、旅人が娘の下へと辿り着いた場面で少し驚き、芝居に集中する。なぜなら、その娘役を演じているのがジーラだったからだ。


 旅人役のモラードと娘役のジーラは息の合った様子で台詞の掛け合いを進めていく。次第に二人の掛け合いは熱を帯び、なんだかそれまでとは違う迫真の演技を見せ始めた。


『愛しい人、どうか他の男となど結婚しないで下さい』

『わたしの心はすでに貴方あなたのもの。どうか、この心を疑わないで』


 なんだか、ジャンダルが妙な顔をしている。


「どうした」

「うーん、いやさ」


 ジャンダルは首をひねる。


「おいら、あんな台詞書いた覚えがないんだけど」

「どういうことだ」

「わかんない」


 小声で話すファルハルドとジャンダルを、芝居を楽しんでいるナイイェルがぴしゃりと叱りつける。


「二人ともうるさい!」

「済まん」

「ごめん」


 ファルハルドとジャンダルは首をすくめ、口をつぐんだ。


 そして、芝居はいよいよ最後の場面に。旅人とその仲間、さらに娘は領主と相手の男を遣り込める。

 そのまま、結婚式は旅人と娘の結婚式となる。熱く見詰め合う旅人と娘は、祝福を受けながら、口付けを交わす。


「おぉ」

「え」


 ファルハルドもジャンダルも驚いた。モラードとジーラは振りではなく、本当に口付けを行った。

 ファルハルドはジャンダルに目をやるが、ジャンダルは目を真ん丸に見開き首を振る。祝福の拍手を贈るナイイェルは二人に心底呆れた目を向ける。


「二人とも。気付いていなかったの。前からモラード君とジーラちゃんはお互いを意識していたじゃないの」

「えっ!」


 二人は思わず顔を見合わせる。ナイイェルよりもよほど付き合いが長い筈の二人は全く気付いていなかった。驚き言葉が出ない二人にアレクシオスが追い打ちを掛ける。


「モラードおにいちゃんも、ジーラおねえちゃんも、おたがいのこと大好きだもんね」


 幼子ですら気付いてることに気付けなかった二人は呆然ぼうぜんとし、その後の踊りの時間も自失している間に終わっていた。

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