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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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16. あれからのカルドバン村 /その①



 ─ 1 ──────


 セダの月の半ば十七日(中のピサラヴィの日)、秋分の日。ファルハルドたちは揃って、秋祭りの準備を進めるカルドバン村を訪れた。


 訪れたのはファルハルドとジャンダルだけではない。ナイイェル、アレクシオス、カルスタン、ペール、アリマ、ラーナ、アシュカーンも一緒だ。


 ナイイェルとアレクシオスに関してはファルハルドの家族だから。


 ファルハルドとナイイェルの教育方針として、アレクシオスにはできる限り祭りなど世間一般で行っている行事や風習を体験させると決めている。ファルハルドのようになにが当たり前なのかわからないようでは良くないから。


 それに、共に参加し、家族で共に過ごした思い出をたくさん覚えていて欲しいとも思っている。ファルハルドにもナイイェルにもいつなにが起こってもおかしくないのだから。


 カルスタンたちに関しては、全員が共にあの悪獣の大群との戦いを戦い抜いた者たちだ。皆、カルドバン村のことを気に掛けている。


 それは今回やって来ていないバーバクも同様なのだが、バーバクには自分の店があり、左脚を引き摺ってもいる。そう頻繁にカルドバン村を訪れる訳にもいかず、バーバクは二年に一度くらいの頻度で馬車を仕立て、カルドバン村を訪れている。




 秋祭りは昔と同じだけ賑わっている。あの戦いから三年ほどは復旧に忙しく、秋祭りを開きはしてもつつましい状況だった。今では復興も完了し、村の人口も昔の水準にまで戻り、村はかつての賑わいを取り戻している。


「ジーラおねえちゃん」


 アレクシオスはジーラを見かけ、駆け出した。


 ジーラは今年十七歳。ファルハルドたちと出会った時にはまだ七歳だったジーラも去年成人の式を行い、耳にはささやかな貴石の付いた耳飾りを付けている。


 その他に今日は頭に鮮やかな赤い花を挿し、銀の髪飾りを付け、晴れ着の胸に銀の胸飾りも付けている。

 胸飾りはエルナーズの時と同じく、ファルハルドとジャンダルが成人祝いに贈ったものだ。形はエルナーズの時とは違い、兎の親子をかたどったもの。ジーラは大喜びしてくれた。大切に祭りなどの特別な日にだけ身に付けている。


「アレク君、お久しぶり。また大きくなったね」


 ジーラはにこにこと笑いかけ、アレクシオスの頭を撫でる。


 幼い頃には住んでいる集落を賊に滅ぼされ、両親を殺された。五年前には悪獣や悪神の徒の大群によって村が攻められた。そんな酷い体験をしていながら、ジーラは歪むことなく素直に明るく成長していた。


 世にどれほど悪意と脅威を広げようとする者たちがいようとも、同時にそれをね返す人々が存在していることを知っているから。そして、身近に暮らすカルドバン村の人々が、力を合わせ強く明るく暮らしている影響だ。


「兄ちゃんたち、久しぶり」


 モラードがファルハルドを見かけ走ってきた。


 今年二十歳になってもモラードはあまり変わっていない。今も口の周りにどこかでつまみ食いをしてきたのだろうとわかる汚れがついている。昔のように汚れを晴れ着の袖で拭ったりしないのだけが変わったところだろうか。


 いや、わかり易く変わった点がある。ナイイェルを見て、モラードは頬を赤くしている。


「ナイイェルさん。変わらず、お、お綺麗ですね」

「まあ、モラード君。そんな女の人の喜ばせかた、どこで覚えたのかしら。こんなおばさんを揶揄からかっちゃだめよ」

と、それこそナイイェルが揶揄って言えば、モラードはだらしなくとろけた笑顔を見せた。


「もう。なにしているの。今年は大事な役を任されてるんでしょう。ちゃんと準備して」

「おい、ちょっ、引っ張るなよ」


 立ち去りがたそうなモラードは、やたらと不機嫌なジーラに引っ張られどこかに連れて行かれた。

 替わるようにエルナーズがやって来た。


「皆さん、いらっしゃい。お変わりないようですね」


 ここにいるのがファルハルドとジャンダルだけであるのならもう少し砕けた話し方をしていたが、今は神官であるペールとアシュカーンも共にいる。多少はという程度だが、かしこまった様子で挨拶をしてくる。


 もっとも、ラーナが「そっちも変わりなさそうだねえ」と気楽に挨拶を返せば、祭りの気分も相まってエルナーズからは完全に堅苦しさがなくなった。


 軽くファルハルドたちとも話したあとは、お喋りに花を咲かせる女性たちは連れ立って場所を変える。それはアリマもだ。


 アリマはファルハルド以上に人混みも人と話すことも苦手としている。パサルナーンで行われる新年の祝いである光の神々の三日間や夏至祭などには、どれほど誘っても参加せず、決して魔術院から出てこようとしない。


 ただ、ユニーシャー一家、特に年の近いエルナーズとは仲が良く、カルドバン村に出掛ける際にはこうして一緒に付いてくる。


 ファルハルドたちの前では未だにあまり話そうとしないが、女性だけで集まった時には普通に話をするらしい。今もなにがそんなに楽しいのかさっぱりわからないが、実に楽しげにお喋りをしている。


 ペールとアシュカーンも村の在村神官へ挨拶をしに、皆と別れ礼拝所に向かった。残されたファルハルド、ジャンダル、カルスタン、アレクシオスは祭りの準備が進む広場の中央へ向かった。




 まだ準備中の筈だが、途切れ途切れに笛や鐘の音が聞こえ、その度にアレクシオスは駆け出そうとする。手を繋いでいるファルハルドはしっかりと手を握り、間違っても手を離さないにと気をつけている。


「ニユーシャーおじさん」

「おお、揃ってのご到着だな。アレク君も来てくれたのかい」


 頭髪に白いものが交ざり始めたニユーシャーは、変わらず今回も料理作りの指図をしながら大鍋を掻き混ぜている。昔より恰幅が良くなったラーメシュは、その近くで食器の準備やできあがった料理の盛り付けをしている。


「やあ、よく来てくれたね。まだしばらく準備に手が離せないんだよ。のんびり皆と話でもしてておくれでないかい。アレク君、こっちにおいで。ほら、焼き栗をお食べ」


 アレクシオスは手を繋ぐファルハルドを見上げる。その目は食べたいと全力で訴えている。ファルハルドが頷き手を離せば、アレクシオスは跳ねるように駆け、ラーメシュから焼き栗を貰った。


 ファルハルドがラーメシュに礼を言えば、ラーメシュは笑って礼なんて良いんだよと応える。

 ユニーシャーとラーメシュは気の良い夫婦だが、子供に対しては殊の外、甘いところがある。昔、言っていたように二人には子供がいないことが影響しているのだろうか。


「よおぅ、元気そうだな」


 この数年の内に村に移住した者たちがファルハルドを見かけ、声を掛けてくる。

 それは共に苦役刑として黒犬兵団で働いたジャコモと、帰還の馬車に同乗していた人相の悪い男、ザヒールだ。二人は今では迷宮挑戦者を引退し、カルドバン村の住人となっている。


「ああ」


 二人の横にはそれぞれ幼子の手を引いた女性が共にいる。ジャコモとザヒールの妻子だ。何度か話したこともあり、アレクシオスとは子供同士で仲良く話している。


 ジャコモが周囲に聞かせために大声で得意そうにしている話を耳にし、その妻は少し済まなさそうにしている。

 ジャコモが声高に話している内容は、傭兵として働いていた時、自分がどれだけファルハルドの面倒を見てやっていたのかという自慢話。ジャコモの人柄を誰よりも良く知る妻は当然に嘘だと見抜いている。


 全体の手配をしていた村長もファルハルドたちを見かけ、話しかけてきた。


「皆さん、よくいらしてくださいました。ジャンダルさん、差し入れは届いてますよ。ありがとうございます」

「おいらたちも呑むんだし、そんな礼なんて良いよー」


 村長の言っている差し入れとは、ジャンダルが注文し届けられた大樽の酒のことだ。


 三年ほど前からジャンダルの懐事情は大幅に改善され、今では大金持ちとまではいかないが、ちょっとした小金持ちになっている。余裕が出てきたことから、去年からこうしてカルドバン村の秋祭りに酒を大樽で差し入れしているのだ。


 酒を差し入れすることはファルハルドがあまりいい顔をしないが、ジャンダル、カルスタン、ペールが実に熱心に言い募るため、妥協として一樽だけの差し入れということで手を打っている。もっとも、その一樽は大樽であるのだが。


 酒好きの村人たちが、次々と村長と同じように礼を言いに来る。ただ、この者たちの半数からはすでに酒の匂いが漂っている。どうやら隠れてこっそり盗み酒でもしてきたようだ。


 ファルハルドは眉をしかめるが、いい加減長い付き合いとなる村人たちはファルハルドの顰め面に取り合わない。遠慮なく肩を抱き口々に話しかければ、いつしかファルハルドも笑っていた。

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