12. 英雄の望み /その③
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仲間たちは皆、なにかを話そうとするが、話せる言葉が見つからない。
ほとんどの宗派に於いて人は生まれ変わると説かれ、魔術院での研究でも理論上、人の生まれ変わりはあり得ることとされ、民話や物語の中では生まれ変わりは定番の出来事として頻繁に語られる。
だから、人は生まれ変わると思いますかと問われれば、たいていの者は当然のように生まれ変わると答えるだろう。
それでも、実際に前世の記憶を持っている者と会ったことがある者などいない。
今、目の前にいる者が、その生まれ変わりであると突然聞かされても、信じる信じない以前の問題として全く理解が追いつかない。
ただ、セリアの態度からは嘘や冗談の臭いはしない。皆は混乱し、言葉が出せずにいる。
そして、最も混乱しているのがファルハルド。セリアの言っている内容はまるで信じられない。
だが、次から次へと断片的な過去の記憶が蘇り、セリアの言うことが正しいと示している。信じられないのに、信じざるを得ない。引き裂かれる思いが、混乱の渦を生んでいる。
「思い出した?」
混乱し動揺するファルハルドに、セリアが優しく問いかける。ファルハルドは顔を歪めたまま、それでも強く答える。
「俺はファルハルド。慈愛の母ナーザニンの子。そして、ナイイェルの夫、アレクシオスの父親であるファルハルドだ」
セリアはしばし遠い目でファルハルドを見詰めたが、不意に雰囲気が元に戻りファルハルドの言葉を当たり前だと肯定した。
「誰の生まれ変わりであろうとも、其方は其方。そのこと自体は変わらぬ。そんなことで其方が歩んできた人生が、培ってきた人間関係が、其方という存在が変わる訳ではない。
生まれ変わりであるということがなにを意味するのか。生まれ変わりが意味するのは、生まれ変わりであるということ。ただ、それだけじゃ。それ以上でも以下でもない。
単に妾にとって、大切なことだというだけじゃ」
ファルハルドの混乱はまだ収まらない。ファルハルドの戸惑いを見ながら、ペールが疑問を口にした。
「教えていただきたい。なぜ、このファルハルドがそのフィルーズ殿の生まれ変わりであるとわかるのでありますか」
「妾はこの身となることで、この剣を介して他者の魔力を吸収できるようになった。その魔力が教えるのじゃ」
ペールは困惑する。
「魔力によって、そのようなことがわかると?」
「むろんじゃ。一つ問おう。其方、魂とはなんじゃと考えておる」
ペールは即座に迷いなく答える。
「魂とは、神々により形作られる、生まれる前からあり死してもある、その者の本質。
形作られながらも形なく、存在しながらも見ることできず、不変でありながら変わり続けるもの。精神は魂の活動であり、肉体は魂の器。
清き強き状態こそ魂の向かう先であり、そのために努力することこそ人生の意義である」
セリアは皮肉げに口を歪める。
「いかにも戦神の神官が言いそうな意見じゃな。では確認じゃが、この世にある全ての存在を成り立たせる根源となっておる力とはなんじゃ」
「それは……魔力、であります」
「其方は魂をその者の本質と言った。では、その本質とはなんじゃ」
「それは……、神々が形作られる……」
「つまり、なんじゃ」
「それは……」
「それは?」
「それは……神々が形作られるとしか表現しようのない……」
ペールは苦しげに言葉に迷う。セリアは冷ややかな目で首を振る。
「やれやれじゃ。神官たちはあいかわらずそこで停まっておるのか。存在の根源が魔力であるのなら、その者の本質というのも魔力に決まっておろう。
魂とは、一定の結合力で一塊となった魔力のまとまりのことじゃ。記憶も思いも全て魔力の作用。
そして、死ぬと死の衝撃によりその塊は砕け、散り散りとなって流れ去る。その後、漂う魔力は再び集まり新たな塊となる。それが生まれ変わりよ」
理解が追いつかない。それでも、ペールは自らの信じる教えに従い理解しようとし、アリマもまた持ちうる限りの知識を使い理解しようとしている。セリアの説明は続く。
「通常、生まれた者は前世のことなど覚えておらぬ。それは漂う魔力が新たに塊となる際、特定のなにかだった魔力が選択的に集まる訳ではなく、不規則にその時その場に漂っていた魔力が集まるためじゃ。
そのため、特定の記憶や性質を引き継ぐほどの偏りは発生せず、生まれてくる者は全てに対しまっさらな白紙の状態で生まれてくる。
ただ、極稀にだが、英雄や狂人のような徒人を超える強靱な魂を持つ者が死ぬ場合、死の衝撃でも魔力の塊が充分には砕けきらず、ある程度の小片としてまとまりが残ることがある。
その場合には特定の人物の記憶や人格の断片が保持され、その魔力の小片が他の魔力と共に新たな塊、つまり魂となれば、生まれてきた者には一定の前世の記憶や人格が引き継がれる。
それが世に言う生まれ変わりじゃ。
そのファルハルドにも、三百年前フィルーズであった魔力が、判別できる程度にまとまって引き継がれておるということじゃのう」
ファルハルドは混乱した頭のまま考える。死の衝撃でも砕けぬ強靱な魂。覚えがある。
ヴァルカ。あのカルドバン村の戦いで見せたヴァルカの行いこそ、死の衝撃でも砕けぬ魂があることを証明している。
ファルハルドが混乱した頭で考えている間に、セリアの説明は終わりを迎える。
「もちろんそうは言っても、所詮構成魔力の一部に過ぎぬし、仮に大部分であったとしても其方がフィルーズと別の人間であることに変わりはない。其方はファルハルド、そのことに変わりはない。
さっきも言ったが、其方がフィルーズの生まれ変わりであることは、あくまで妾にとってだけ意味のあることじゃ」
「その意味とはなんだ」
セリアは口を歪めるだけでファルハルドの問いかけには答えなかった。
「そのようなことは気にせずとも良い。それより、さっさと受け取れ」
混乱したまま、ファルハルドは剣を受け取った。
「どうじゃ」
手にした剣はやけに手に馴染む。構えてみる。長さや太さ、重さや重心位置など、全てをファルハルドに最適化して造られた筈のオーリン親方が打った剣よりも、もっとずっとしっくりくる。
愛剣。そう表現する他ない不思議な感覚だった。その感覚が強く告げる。セリアの話は疑う余地なく正しいと。
ファルハルドから混乱が去り、顔色が良くなった様子を敏感に読み取ったのか、セリアは満足そうに言う。
「どうじゃ、納得できたようじゃのう」
セリアのしたり顔がなんだか忌々しく、ファルハルドは返事をしない。が、セリアは全てを見抜いているかのように機嫌良く話す。
「ふむふむ、やはり様になっておるわ。いろいろと思い出したかえ?」
「いや」
新しく思い出したことはない。あくまで身体の感覚として馴染むと感じただけだ。そのファルハルドの返答をセリアは残念がる風もなく受け止めた。
「さようか。で、あるならば、少し言っておくとするかのう。剣を介しての魔力の吸収は妾であるからこそできること。その剣を使ったところで其方には行えぬぞよ」
それはそうだろう。先の説明の時もセリアは闇の怪物と似た身体と成ったことで、この剣を介した魔力の吸収ができるようになったと言っていた。
ならば、この剣が道具として特別であったとしても、魔力の吸収そのものはセリアの能力だということだ。この剣を手にしたところで、ただの人間であるファルハルドに行えないのは当然だ。
「剣を撓らせることはできる筈じゃ」
ファルハルドは言われ改めて剣を振ってみるが、撓ることはなかった。戦いの時を思い出し、「トロウ」と言ってみるが変化なし。
セリアは笑う。
「ほほほっ。其方がただ文言を唱えたところで意味はない。それはあくまで本来の持ち主ではない妾が撓らせるための魔導の術じゃ。
其方の場合は体内魔力を高め、その剣と共鳴することで撓らせることができる。そういう術式をフィルーズに頼まれ妾が刻んだのじゃからのう。
すぐには無理でも、使い続ければいずれできるようになるであろうぞ」
できそうになる予感は全くないが、そんなものかと思う。
「それに魔力の吸収ができるようになる方法もあるでのう」
すっとセリアはファルハルドに近づき、剣を握るその手を取った。
「えっ……?」
そして。
セリアは自らの胸に剣を突き立てた。




