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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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11. 英雄の望み /その②



 ─ 2 ──────


 ファルハルドたちからは声が出ない。警戒も忘れ、重苦しい空気に包まれる。セリアの話はあまりに衝撃的であった。特に光の神に仕える神官であるペールは地面が崩れるほどの衝撃を受けている。


 パサルナーン神殿で望みを願うことが必ずしも良き事とは限らないことにも、人が生き身のまま闇の怪物と似た存在に変わりうることにも、だ。


『身に過ぎたる望みを願えば、ときとして不幸な、思わぬ結果を招くこととなる』。それぞれが胸にいだく望みを見詰め、それを願った時なにが起こりうるかに考えを巡らす。



 ファルハルドは考える。ナイイェルの延命を願うことが人の身に過ぎたる願いであるかどうかを。

 しばし思い悩み、答えに辿り着く。過ぎたることかどうかなどわからない。そして、知ったことではない、と。


 大切な人に、人並みの寿命があるようにと願う。それが過ぎたることであろうと、あやまちであろうと知ったことではない。為すべきことを為す。ただ、それだけ。思考が単純なファルハルドに迷いは少ない。早々に結論を出した。


 仲間たちは未だ考え込んでいるが、ファルハルドは仲間たちより一歩早く別の疑問に思い当たる。問う。


「なぜ、そんなことを俺たちに教える」


 仲間たちは一気に現実に引き戻されたように、警戒心を取り戻した。


「もちろん、親切心から、と言ったところで信じまいのう」


 返事はしないが、それぞれの目が当たり前だと答えている。


「さて、のう。親切心、からではあるのじゃが。そうじゃのう、大半は暇潰しかのう。望みが叶う時を、ただ指をくわえて待つの退屈でな。

 暇潰しかたがた、あるいは神殿遺跡に辿り着けるやも知れぬ者には、要らぬ不幸を繰り返さぬよう教えておこうと思うただけじゃ」

「だったら、なぜだ」


 カルスタンが抑えても抑えきれぬ怒りの声を上げる。


「それほどに親切だと言うのなら、なぜ九層目への転移を妨害し、進もうとする挑戦者たちを殺した!」


 セリアは薄く笑う。


「情けない奴よのう。随分、甘いことよ。わらわたちの時代であれば、迷宮挑戦者は皆、覚悟を持っておったものだがのう。

 いつ死んでもおかしくはない。どんな理不尽が待ち受けようともおかしくはない。己が都合のため自ら望んで迷宮に潜る以上、起こること全ては己の招いた結果。

 泣き言をわめくことなどあり得ない。そういうものだったのだがのう」


 カルスタンは奥歯を噛みしめる。セリアの言う覚悟は持っている。持っているつもりであった。だが、甘いと指摘されれば反論しようもない。確かにそうなのだろう。


 ファルハルドが怒りと屈辱に身を震わすカルスタンの肩に手を置いた。眼光鋭く問いかける。


「わざわざ九層目への道を塞ぎ、敵として立ちはだかったのは、闇の怪物としての在り方か、それとも人としての考えがあってのことか」


 挑発と成りうる問いかけ。全員に緊張が走る。

 セリアがどんな反応を見せるかで、今すぐ再びの戦闘が開始されかねない。もし、戦闘再開となればどう動くか、それぞれが頭に思い浮かべながら注視する。


 ただ、セリアは怒ることもなく、むしろ下らない質問だとでも言いたげに呆れをにじませる。


「妾の都合あってのことじゃが、パサルナーン迷宮は光と闇の力がせめぎ合い均衡する世界の縮図じゃと言うたであろう。

 九層目に挑めるほどの力強き者が闇に喰われれば、それは闇の力を増すことを意味する。そして、パサルナーン迷宮で光と闇の均衡が変化すれば、その影響は世界全体へと波及する。

 先に進んで喰われるくらいなら、ここで死ね。それが世のためじゃ」


 絶句する。自らの行動が世界の命運に影響するなど考えたこともない。そんな視点で語られては反論など思いつかない。


「そうか」


 一言、言うのが精いっぱいだった。




 ─ 3 ──────


「まあ、良い。其方そなたらは見込みがある故、少し手助けをしてやろう。そこな小娘」

「は、はひぃ」


 セリアは呆れ、深々と溜息をつく。


「やれやれじゃ。アリマと言ったか。なかなかに強い力を持つ魔術師ではないか。もう少し堂々とできぬものか」

「――は、はひぃ。済みません」


 アリマは項垂うなだれ、小刻みに震えている。


「まあ、良い。ほれ。これをくれてやろう。持って行くが良い」


 セリアは玉座の陰から一本の杖を取り出した。それは磨かれた黒炭のように黒光りし、ところどころに金色の線が走る全体に細やかな彫刻が施された小振りの杖。


「妾が昔使っていたものじゃ。使いこなすことができれば其方の術はもう一段の進歩を見せるであろう」


 吸い込まれるように出したアリマの手がセリアの持つ杖に触れた瞬間、アリマは熱いものに触ってしまったかのように短い悲鳴を上げ、手を引っ込めた。


 セリアは少し底意地が悪い笑顔を浮かべる。


「使い熟せるかどうかは其方次第だがのう」


 アリマは腰の道具入れから厚手の布を取り出し、直接黒い杖に触れないように気をつけながら受け取った。


「――あ、ありがとうござい、ます」

「うむ、励め。さて、もう一つはこれじゃ。ほれ、受け取れ」


 セリアはファルハルドへと、さっきまで使っていた抜き身の長剣を差し出した。


 ファルハルドは躊躇ためらう。確かにセリアが使っている剣は良い物だ。だが、ファルハルドが扱う剣は小剣。長剣とは長さが違い、使い方が異なる。

 それに今回は折れてしまったが、オーリン親方が打つ剣に不満もない。


「なんじゃ、なにを躊躇ためろうておる。ああ、そうか。しばし待て」


 セリアは剣身に手を当て、何事かの文言を唱える。ゆっくりと長剣は短くなり、小剣の長さにまで縮まった。アリマは呟く。


「凄い……」

「これで良かろう。さあ、受け取れ」


 ファルハルドはやはり手を伸ばそうとしない。


「どうした。これは元々其方が使っていた物ではないか」

「?」


 セリアは不思議なことを言う。ファルハルドにはその剣を使っていた覚えはない。そもそもセリアに会ったのはつい最近。ファルハルドが以前使っていた剣など所持している筈がない。


「なんの話だ」


 セリアは剣全体が見えるように両手で支え持ち、ファルハルドへと示す。


「思い出さぬか。この剣を振るい多くの死闘を戦い抜いたことを。共に多くの激戦を乗り越えたことを」

「なにを言っている」


 ファルハルドには意味がわからない。


「ベリサリウスの奴と一緒にいずる粘液の粘液に触れ手酷い火傷を負い」


 やはり、わからない。


「アーラームに動物好きだからと、獣人を斬りたくないなどと泣き言を言い」


 全くわからない。


「シアーマクが注意を引きつけておる隙に炎の巨人の首を落とし」


 わからないが。


「魔法剣術により、亡者の群れを斬り破り」


 わかりはしないのに。


悪竜エジュデルハの鱗に弾き返されながらもその剣技で鱗を斬り裂き」


 なのになぜか胸がざわつく。


「そして、妾をかば悪魔イブリースとの戦いで倒れた」


 記憶がぎる。


 ファルハルドは額を押さえうめいた。次から次へと途切れ途切れの断片的な記憶が蘇ってくる。

 体験した覚えのない記憶。自分の経験ではない。ない筈だが、なぜだか昔の記憶だという確かな感覚がある。


「なんだこれは。いったい、どういうことだ」


 ファルハルドは目眩めまいを振り払うように頭を振り、顔をしかめながら問うた。


「なんだとは、妙なことを言う。思い出したのではないのか」


 ファルハルドとセリアは見詰め合う。その瞬間、ファルハルドは確かに思い出す。自分とセリアは互いに思い合っていたことがあると。その肌に触れていたことがあると。そんなことはあり得ないとわかっているのに。


「やっと」


 セリアの瞳から、つっと涙が溢れ出した。今までとは打って変わった少女のような表情を見せる。


「やっと、貴方あなたと再会できた」


 ファルハルドは目を細める。


「な、に……」

「ずっと、ずっと、貴方を待っていた」


「…………」

「ファルハルド。貴方と私は前の世で将来を誓い合っていた。貴方の前世での名はフィルーズ。貴方は最後の戦いに共にのぞんだ私の婚約者フィルーズの生まれ変わりよ」

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