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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
序章:たとえ、過酷な世界でも

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25. ラーメシュとニユーシャー /その②



 ─ 3 ──────


 コトッ。それぞれの前に香草茶が配られる。


 あのあと、突き飛ばされしたたかに背中を打ちつけた男性が復活し、一同を店内にいざなった。


 店内はさほど広くはない。五人掛けの丸卓が三つ。調理場へ繋がる場所に立ち飲み席が五つ。調理場には天井から腸詰肉ソースィスが吊るされて、他になにか調理途中の料理も見える。



 エルナーズが伯母夫婦と同じ卓に座り、別の卓にファルハルドたちがまとまって座った。伯父が店を閉め、全員に香草茶を入れていった。


 茶を配り終わり、伯父も椅子に腰掛けた。おもむろに伯母が口を開く。


「エルナーズ、随分大きくなって。前に会った時はまだこんな小さくて、お人形さんみたいに可愛かったねぇ。こんなに別嬪になって。妹に、ヤースの若い頃にそっくりだよ。

 そういえば、ヤースはどこだい。会わせる顔がないって、別のところにでもいるのかい」


 エルナーズが上手く言葉にできない様子を見て、ジャンダルが代わりに説明をする。


 エルナーズたちの集落が賊に襲われたことを話せば、伯母は悲鳴を上げ、伯父は真っ赤な顔で拳を震わせた。


 悪獣に襲われたくだりでは、二人とも真っ青な顔になり、ファルハルドとジャンダルに手を合わせて感謝した。自分のせいで襲われたと知っているファルハルドとしては、複雑な気持ちで二人の感謝の言葉を受け止めた。


 神官たちに助けられたことを伝えると明日、農耕神の礼拝所で感謝の祈りを捧げようと話し合う。



 一通りジャンダルからの説明が終わったあと、伯母がおずおずとエルナーズに尋ねた。


「それでヤースは、お前の両親はどうしたんだい」


 ジャンダルの説明でも、集落で助かったのはエルナーズたちだけと伝えていた。それでも肉親の安否を確かめずにはいられない。

 エルナーズはしばしの沈黙の後、口を開き一言、「殺された」とだけ答えた。


 伯母は顔を覆い泣き始め、伯父は天井を睨み、歯を食い縛っている。伯母の泣き声だけが店内を静かに満たす。伯父が大きく息を吸い、頭を下げた。


「お二人がいなけりゃ、エルナーズも助からなかった。ありがとうございます。お前たちだけでも助かって本当に、本当によかった」


 伯母も言葉にはならないが、ファルハルドたちに何度も頭を下げた。




 伯母の気持ちが落ち着いた時、最初に尋ねたのはエルナーズの身の振り方だった。


「それで、エルナーズ。お前はこれから、いったいどうするんだい。そちらのお二人に付いて行くのかい。

 よかったらどうだい。私たちと一緒に暮らさないかい。隣にはお前が小さい頃暮らした家もそのままにしてあるんだよ」 

「はい。よろしくお願いします」


 伯母からの確かな愛情が伝わり、エルナーズは涙を流しながら頷いた。ファルハルドたちもほっと息を吐く。


「あの伯母さん、伯父さん」

「うん、なんだい」

「あの、あの、ジーラとモラードも私と同じで家族がいないんです。それで、あの、もし、もしよかったら一緒に置いてもらう訳にはいかないでしょうか」


 伯母は大きく口を開き、豪快に笑う。


「いいに決まってるじゃないかい。ねえ、あんた」

「たりめえよ。うちにゃあ、子供もいねえしな。よかったら、あれだ。その、まあ、なんだ。俺のことはニユーシャーさんじゃなくて、お、お父さん、って呼んでくれてもいいんだぜ」


 ニユーシャーはちょっと照れながら、鼻の穴を広げて提案する。この発言に伯母も黙っていない。


「ちょっとあんた、ずるいじゃないか。なら、あたしのことはラーメシュさんじゃなくて、お母さんと呼んでおくれでないかい」


 ラーメシュも負けずになんだか図々しいことを言い出した。この提案にジーラとモラードはもじもじとして、返事ができない。

 見兼ねたエルナーズが横から口を挟む。


「あの、置いてもらえるのは嬉しいんですけど、急にお父さん、お母さんと呼べと言われても、二人も戸惑うと思うんですけど」

「うん、二人とも親を亡くしたばかりだしさ、そこはねぇ。急には無理でしょ」


 ジャンダルも助け舟を出し、ラーメシュたちはしょんぼり項垂うなだれる。


「済まねえ」

「申し訳ないねぇ。つい浮かれちまって」


 ラーメシュ夫婦が項垂れ、ファルハルドたちが苦笑いを浮かべるなか、ジーラが蚊の鳴くような声を絞り出した。


「…………」

「え、なんだい。もう一回、言ってみてくれないかい」


 ジーラが決意を固めた顔ではっきりと口に出す。


「おとうさん、おかあさん」


 ラーメシュたちは自分の耳が信じられず、目を見開き声も出せない。ジーラが一生懸命繰り返し、モラードもあとに続く。


「おとうさん、おかあさん」

「父ちゃん、母ちゃん」


「あ、あんた」

「おう」


 二人はがばっと立ち上がり、互いの手を強く取り合った。


「お前、聞いたか。俺たちのことをお父さん、お母さんって……」

「ああ、あたしも聞いたよ。父ちゃん、母ちゃんって……」


「わははははははははっ。聞いたか、お前。お父さん、お母さんだぞ。いいか、先に言ったのはお父さんだからな。お父さんが先だからな」

「なに言ってんだい。小さい男だね。こんなめでたい日に、なにつまんないこと言ってんだい」

「そうだな。確かに俺は世界一の果報者だよな。なんせ父ちゃんのほうが先だったからな。わははははっ」


 ラーメシュたちは満面の笑顔で手を取り合いながら睨み合うという、世にも器用なことをしている。二人はしばらく睨み合いを続け、ふっとエルナーズに顔を向けた。


「エルナーズもあれだ。よかったら俺のことを」

「そこは伯父さんで」


 エルナーズはきっぱり無表情で言いきった。ニユーシャーは肩を落としたが、無理強いすることはなかった。




 日暮れが近づき、店を開く前に皆で卓を囲み食事を摂った。料理は手が込んだものではなかったが、量は多く味はよい。なによりその日はなんの不安もない幸せな食事だった。


 ニユーシャーが取って置きの葡萄酒シャラベを出し、ファルハルドたちに勧めたが、ファルハルドは怪我を理由に断った。ニユーシャーはがっかりした表情をしたが、ジャンダルが杯を受けると一転して満面の笑顔になる。


 加える香草サブズィー香辛料アドヴィーエジャートを選び抜き、割るためのアーブにもこだわりがあるらしい。

 ファルハルドにはさっぱりわからないが、ジャンダルも話を合わせているだけでわかっていない。それでもニユーシャーはご機嫌だ。


 隣の家を暮らせるように整えるのは明日に回し、今日は店の二階の部屋に泊まった。ラーメシュ夫婦は一階の奥で暮らしており、二階は普段は客間として使い、たまに宿泊客がある際に宿として使用している部屋になる。


 ファルハルドたちで一部屋、エルナーズたちで一部屋を使わせてもらった。

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[良い点] 登場人物達の造形、感情表現に心を打たれました。突然降りかかった悲劇によって家族を奪われ、泣き叫び、外界への反応が鈍化する子供達が、心ある周囲の優しさによってゆっくりと癒されていく様が涙腺を…
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