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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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08. 亡者の女王 /その③



 ─ 3 ──────


 ファルハルドは急速に消耗していく。未だ傷は負っていない。しかし、力でも素早さでもかなわない相手との戦いは消耗が激しい。長時間の状態維持は不可能。


 汗が目に入り、視界をさまたげる。ファルハルドの反応が遅れた。


 襲いかかる亡者の女王。ジャンダルが飛礫つぶてを打ち妨害を試みるが、これまでの繰り返しでその対応は読まれていた。亡者の女王はほんのわずかな動作でジャンダルの飛礫をかわす。


 攻撃に遅れはない。刃がファルハルドに迫る。


 うなる音を立て、鋼の塊が差し込まれた。亡者の女王の胴を強打する。亡者の女王の立ち位置がずれるほどに強烈な一撃。さしもの亡者の女王も一瞬、表情を歪めた。


 それはカルスタンによる打撃。体内魔力を回復させたカルスタンはペールから鉄球鎖棍棒を借り受け、ファルハルドと亡者の女王の間に割って入った。カルスタンは攻撃を繰り出す。躊躇ためらいはない。怖れもない。


 亡者の女王は速く、力強い。カルスタンではそのどちらでもかなわない。しかし、カルスタンは亡者の女王の攻撃を潰し、打撃を当てる。



 ファルハルドは下がり、息を整えながら見ている。その目に焼き付ける、カルスタンの戦いぶりを。速さでも力でも劣るカルスタンがなぜ、亡者の女王の攻撃をことごとく潰せるのか。


 カルスタンはファルハルドと亡者の女王の戦いを見ることで、亡者の女王の癖を把握した。積み重ねた戦闘経験を基に亡者の女王が狙う箇所を読み、その経路を妨害することで攻撃を潰し、さらには亡者の女王が避ける先を予想し一足早く打つ。


 簡単ではない。わずかな気の緩みも許されない。しかし、身体能力頼みで技術を磨くことを怠った相手であれば、カルスタンには不可能ではない。


 ファルハルドは驚嘆する。ファルハルドは身軽さや瞬間的な敏捷性を頼りに戦いを組み立ててきた。だからこそ、よくわかる。カルスタンの戦い方の巧みさが。亡者の女王にとってのやりにくさが。


 そして、学び取る。今までにも敵の攻撃の出鼻をくじくことや、打点をずらすことはやってきた。カルスタンの行っていることは、それをより深く、高精度に、徹底して行うこと。学び、身に付けんとファルハルドはカルスタンの戦い方を目に焼きつける。


 ただ、いつまでも同じ状態は続かない。



「ほほほっ、なかなかやりおるわ」


 カルスタンの攻撃をくらっていながら、亡者の女王にはまだ余裕がある。


 カルスタンは亡者の女王の剣と撃ち合わせた際の魔力の吸い取られを避けるため、自分の魔法武器ではなくペールに借り受けた鉄球鎖棍棒で戦っている。魔力を奪われれば自身は弱り、敵は強まるからだ。


 だから、これは必要なこと。ただし、攻撃の効きは極めて悪い。


 通常、上位の亡者には魔力による攻撃でなければ通用しない。上位の亡者の中でも最高位に位置するであろう亡者の女王に、魔力を帯びない攻撃でわずかなりとも通じているだけ幸いではある。


 だが、『むさぼる無機物』や『けがれた獣人』相手であれば一撃で倒せるほどの打撃を与えても、亡者の女王にこたえた様子は全くない。

 いったい、どれほどの攻撃を加えれば倒せるというのか。未だ答えは見えない。


 亡者の女王もただやられる訳ではない。少しずつ慣れ始めている。カルスタンがその攻撃を潰しきれず身をかすめられ、反撃で繰り出した打撃が避けられ身体が流れたところを狙われる。


 ファルハルドやジャンダルが反応するより早く、ペールが守りの光壁を顕現した。光壁は亡者の女王の長剣を防ぎ、弾き返す。


 疲労からある程度回復したファルハルドも攻撃に加わる。可能な限り亡者の女王の攻撃を潰すことを狙いながら。全ては潰せない。しかし、カルスタンも攻め、ジャンダルも攻めている。ファルハルドたちは充分に対応する。


 亡者の女王は攻め方を変えた。たとえ狙いを潰されようとも、構わずそのまま強引に攻める。高い身体能力を持つ者の強引な攻め。中途半端に上手い攻撃よりも遙かに対処が難しい。


 ファルハルドはなんとか躱し斬られることは避けたが、体勢を大きく崩された。カルスタンも亡者の女王の剣を盾で受け、斬られることはまぬがれたが、体勢を崩され床に転がされた。


 ジャンダルの飛礫は当たるが、まるで気に掛けない。亡者の女王は転がるカルスタンに剣を振り下ろした。



 ペールが光壁を顕現し、受け止める。亡者の女王はなにかを試すかのように繰り返し剣を振るう。五度、六度。ペールの光壁は破れない。七度、八度。わずかにきしむ。九度、十度と斬撃を加えられ、光壁にはひびが入る。


 さらなる斬撃が加えられる前にファルハルドが立ち直り、斬りかかる。ファルハルドの剣を受け止め、亡者の女王の攻撃は中断した。カルスタンも立ち上がり、三度みたび攻める。


 少し距離を置き、この一連の攻防を見ていたアリマは気付く。


「――み、皆。ペールの光壁は薄くなっていない」


 不安定な震える声で伝えられた情報。皆は一瞬でその意味に気付く。亡者の女王はアリマを見詰め、笑みを深める。


「やりおる」


 そう、頑健なカルスタンが掠り傷で立てなくなり、撃ち合わせるだけでファルハルドの魔法剣術が抜けそうになるほどの亡者の女王による魔力の吸収。それが行われていれば、如何いかにペールの光壁であっても十度もの斬撃に耐えることはできない。


 そこから予測できるのは、闇の怪物である亡者の女王は光の神々の恵みたる法術として使用される魔力は吸収できないということ。


 ペールは即座に祈る。


「我は闇を討ち滅ぼす者なり。荒々しき戦神ナスラ・エル・アータルにこいねがう。不可視の拳で我が目前の、悪しきものを撃ち給え」


 放たれる不可視の拳。亡者の女王の身体を大きく揺らす。やはり、魔力の吸収はされていない。ただし、強い魔法抵抗性を持つ亡者の女王相手にはあまり効かない。決定打とするには弱い。それでもこれは勝利のための充分な足掛かりとなる。



 ファルハルドたちは勢いづく。必ずや今日、この亡者の女王を倒さんと。


 九層目に挑まんとするも転移できなかった日からはや一年。ハーミが勝手な見立てと言いながらもナイイェルに残された寿命が十年と予想してから八年近くが経過している。

 これ以上、八層目で足踏みを続ける気はファルハルドにも、仲間たちにもない。


 そして、ラーナたちを壊滅に追い込んだ敵を放置する気もない。


 迷宮挑戦者は生きるも死ぬも自分次第。自らに起こったことは自らの責任。敵討ちを誓う義理などない。


 それでも、自分たちだけを頼りに生きる迷宮挑戦者の生き方を真に理解できるのは同じ迷宮挑戦者だけ。

 その寄る辺なき頼りなさを、明日をも知れぬ心細さを、命の遣り取りを繰り返す虚しさを、己が生き様を己で選べる自由さを、倒せぬ敵を倒せた喜びを、目指す先へと一つ一つ近づいていく高鳴りを知る者は同じ迷宮挑戦者だけ。


 だからこそそれが為せることであるのなら、かたきは取る。それが迷宮挑戦者にとっての当たり前。特にカルスタンには個人的な思いも積み重なっている。



 カルスタンが胴を狙う。亡者の女王は余裕で避けるが、その避ける先を読んでいたファルハルドが刺突を狙う。亡者の女王は剣で払った。


 そこに放たれるペールの不可視の拳。亡者の女王は耐えるために身構えた。その意識のはざまを狙い、ジャンダルが足首をくくり切断した。


 いかに力があろうとも、踏ん張ることができねば、打撃に耐えることなどできない。


 だが。亡者の女王は同時に迫るカルスタンの攻撃や少し遅れて迫るファルハルドの攻撃を無視し、剣を構え何事かをつぶやいた。


 不可視の拳とカルスタンの打撃が、少し遅れてファルハルドの斬撃が達する。


 不可視の拳は薄らいだ。カルスタンとファルハルドの攻撃が亡者の女王に傷を与えるが、傷は切断した足首と共に再生された。


 ファルハルドたちの読みは一手(あやま)っていた。


 そのままであれば亡者の女王は法術として使用される魔力は吸収できない。それは間違いない。

 しかし何事かを、おそらくは魔法の使い手が行うのと同様に文言を唱えることで力を強化すれば、亡者の女王は法術ですら吸収できるのだ。


「さて、如何いかがする?」


 亡者の女王の問いかけが終わるのを待たなかった。ファルハルドは斬りかかり、亡者の女王の脇腹を斬る。


「ほほほっ、見事。それでこそ挑戦者よ」


 ファルハルドたちは折れない。より一層闘志を燃やし、攻めかかる。

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