07. 亡者の女王 /その②
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亡者の女王はファルハルドたちをゆったりと見回し、誰を狙うかを定めた。一瞬で距離を詰め、カルスタンに襲いかかる。
カルスタンでは全く追いつけないほどに速さが違う。
しかし。カルスタンは自らに向けて振るわれる剣の側面に戦鎚を当て、軌道をずらした。
ファルハルドが黒犬兵団副団長アレクシオスとの戦いで写し取った技法。それをこの五年の間に何度も行った手合わせでカルスタンも学んでいた。
ファルハルドの技法はアレクシオスには及ばず、カルスタンはファルハルドに及ばない。
それでも、速さでは一歩劣るアレクシオスがファルハルドの剣を逸らしてみせたように、カルスタンはその技術と戦闘経験で亡者の女王の剣を逸らしてみせた。
何度も逸らすことはできない。だが、一度逸らしさえできれば、仲間たちの支援が間に合う。
ペールが守りの光壁を顕現し、カルスタンと亡者の女王を分断する。ジャンダルが魔力の小球を放ち、飛礫を打つ。亡者の女王は全てを避けた。そこにファルハルドが斬り込み、斬り結ぶ。
ファルハルドは全力。魔法剣術で剣に魔力をまとわせている。
その剣を受けても、亡者の女王の剣が欠けることはない。魔力をまとわせている様子はない。ならば、相当な業物か、あるいは特殊ななにかなのか。ファルハルドが武器破壊を狙うも、上手くはいかない。
ファルハルドはひたすらに、懸命に剣を振る。亡者の女王の意識がファルハルドに向いた隙を狙い、カルスタンは踏み込み戦鎚を叩き込んだ。
だがその程度のことは、当然亡者の女王は把握し対応する。ファルハルドの剣を受けながら、カルスタンの戦鎚を軽く往なした。
それはカルスタンにとって想定内。カルスタンが狙ったのは、ファルハルドとカルスタンが攻めかかることでアリマたちが攻める隙を作ること。
アリマが生み出した火の矢が亡者の女王の肩に浅く刺さり、肉を焼く。ジャンダルが放った魔力の小球が顔に当たり、わずかに体勢を崩し、そこをペールが不可視の拳で撃つ。
亡者の女王の体勢が大きく崩れる。ファルハルドとカルスタンが両側から同時に攻めかかる。亡者の女王は倒れかけた姿勢から、無造作に剣を振り回した。
ファルハルドの剣は弾かれた。カルスタンの戦鎚と亡者の女王の剣はまともにぶつかり合い、カルスタンは力負けし、肘上を浅く斬られた。
途端に、カルスタンの身体から力が抜ける。その場に崩れる。追撃が襲い来る。間一髪、ペールが守りの光壁を展開し、防いだ。
ファルハルドは攻め立てる。攻めることで亡者の女王を引きつけ、ペールがカルスタンを回復させる時間を稼ぐために。
掠り傷一つで頑健なカルスタンが倒れたなら、それは相当な猛毒。解毒が遅れればそれだけで命に関わる。
ペールは手を合わせ、解毒の祈りを祈る。しかし、なぜかカルスタンは回復しない。
ファルハルドは亡者の女王と斬り結びながら、意識の隅でカルスタンの様子も捉えている。なにが起こっているのか。気に掛かるが、思考を深める余裕はない。
細かな移動を繰り返し、ファルハルドは亡者の女王の剣を避ける。
もし、今ここでファルハルドまでが斬られ、毒をくらいでもすれば完全に場が崩壊する。毒に対して強い耐性を持つイシュフールの特性を持つとはいえ、この亡者の女王の毒は得体が知れない。掠り傷一つ負う訳にはいかない。
ファルハルドは攻め、ジャンダルとアリマも攻めるが、亡者の女王にはまだ余裕がある。その楽しげな笑顔は張りついたまま消えることがない。
ファルハルドが繰り出した斬撃は剣で受け止められ、その亡者の女王の押し返す力に負け、ファルハルドはわずかに蹌踉めいた。
亡者の女王は振りかぶり、身を乗り出す。その動きが雑になった一瞬を狙い、ジャンダルが亡者の女王の足首を魔力の糸で括った。一気に足首を切断する。亡者の女王の体勢が崩れた。
アリマはこの機を逃さない。集中し、これまでよりも強い言葉を紡ぐ。
「真理の扉をいざ開かん。我が一なる意志に従いて、無形の刃は断ち切らん」
初めて亡者の女王の顔から笑みが消えた。ファルハルドは素早く下がる。巨大な風の刃が放たれた。
亡者の女王は長剣を構えた。集中し、何事かを呟きながら剣で風の刃を受ける。
その瞬間、剣と触れた風の刃の中心部分が薄まった。弱まった風の刃では亡者の女王の魔法耐性を破れない。風の刃の両端部分が亡者の女王の手脚に深い傷を付けるが、それもすぐに再生された。切断した足首も同時に再生する。
ファルハルドとアリマは同時に気付いた。ファルハルドは剣を撃ち合わせていた時に感じていた微かな違和感から。アリマはその魔術に対する知識を基に。
亡者の女王の能力か、剣の特性かまではわからない。どちらであったとしても同じこと。亡者の女王はその剣で触れた対象から魔力を吸い取ることができるのだ。
掠り傷を負わされたカルスタンから急に力が抜けたことも、ペールの解毒の祈りが効果を持たないこともこれで説明がつく。
ファルハルドが感じていた違和感とは撃ち合う度に魔法剣術が抜ける感覚があったこと。ファルハルドは伝える。
「ペール。カルスタンは体内魔力が減少している」
この一言で、ジャンダルも、そして亡者の女王も理解した。
ファルハルドたちは攻めあぐねる。亡者の女王は今までとは異なる笑顔を浮かべた。
「ほほっ、見事。よくぞ気付いた。生きて気付くことができた者は初めてじゃ。さあ、どうする挑戦者。どのような挑戦を見せてくれる? ほほほっ」
ファルハルドは精神を集中させ、研ぎ澄ます。己より素早い敵との、掠り傷一つ負う訳にはいかない戦い。困難な戦いではあっても、未体験ではない。
活路を求め、ファルハルドは前に出る。剣を振る。魔法剣術は使用しない。魔力を奪わせないために。ただ当たり前の剣技を尽くす。
今、ファルハルドが手にする小剣はオーリン親方の工房で打ってもらった逸品。
以前、モズデフが傭兵派遣されるファルハルドのために鍛えた技術を取り入れ、打ったもの。モズデフは半ば忘我の境地で鍛えていたため、どうやって鍛えたのか詳細までは覚えていなかった。
思い出せる限りの方法を思い出し、その技術を参考にしオーリン親方が打った剣は、モズデフがファルハルドのために鍛えた剣に遠く及ばなかった。オーリン親方はずっと工夫を続け、やっとあと一歩に迫るものが打てるようになったのがつい最近。
それが今、ファルハルドが使用している剣だ。地金の粘りや冴えはまだ少し足りないが、長さや太さ、重さや重心位置など全てをファルハルドに最適化して造ってある。
ファルハルドはこの剣を信じる。オーリン親方を信じる。魔法剣術を使用せずとも、亡者の女王の強力で振るわれる剣を受けられると。
撃ち合わされる剣と剣。ファルハルドの剣は刃が欠けることもなく、亡者の女王の剣を受け止めた。
ファルハルドは受け、躱し、そして攻める。亡者の女王は受け、振り回し、そして攻める。
亡者の女王は速く、力強い。ファルハルドをして、全てに対応することはできない。反応が遅れ、ファルハルドの肩口に刃が迫る。
ファルハルドで間に合わない分は仲間が補う。
ジャンダルが飛礫を放つ。一つを捉えやすい打ち方で顔へ、続けてもう一つを打つ瞬間を悟らせずに剣持つ手首を狙って。
顔を狙う飛礫は余裕で避けられるが、手首を狙った飛礫は当たり、ファルハルドに迫る剣を逸らせた。
「ほほっ、やりおるのう。これほどの飛礫打ちの技は初めて見るわ。愉快、愉快。さあ、他になにを持つ。もっと見せるが良い」
ジャンダルが援護し、ファルハルドは果敢に攻める。
一方、ペールとアリマはカルスタンを回復させるべく動いている。
ペールは亡者の女王がこちらに襲いかかってきた時に備え、警戒態勢を取っている。
アリマは腰の道具入れから小袋を取り出し、中に入っている錠剤をカルスタンに服用させた。
それは魔力を補い、魔力枯渇状態から回復させるための錠剤。
フーシュマンドは、五年前のカルドバン村の戦いで根源の魔力までも使い果たそうとしたファルハルドがフーシュマンドに渡されていた腕輪を分解し、魔力を吸収した現象に興味を覚えた。
弟子のザイードやジャンダル、魔導具組合、調薬組合を巻き込み、開発し始めたのがこの魔力回復薬。
まだまだ試作段階のため効果はばらつきが大きく作製費用も高くつくが、万が一の事態に備え、アリマはその試作品を携帯していた。
カルスタンは錠剤を舌下に含み、効果が現れるのを待つ。
視線の先で繰り広げられるファルハルドたちと亡者の女王の戦いを、じりじりとした思いで見詰めながら。




