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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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06. 亡者の女王 /その①



 ─ 1 ──────


 ファルハルドたちが亡者の女王の前から逃げ出し、ラーナたちが重傷を負った日から十七日後。


 ファルハルドたちは再び『隠された通路』へと足を踏み入れる。

 進む。その胸に覚悟と決意を宿して。



 ラーナたちは重傷を負った日の二日後に目を覚ました。ただ、目を覚ましはしたが話せる状態ではなかった。刻みつけられた恐怖と怒り、なにより仲間を失った悲しみと後悔が胸中に渦巻き、精神的にもろく不安定な状態であったから。


 カルスタンはラーナに付き添った。ラーナの仲間の神官、アシュカーンはファルハルドたちが代わる代わる世話をした。


 ラーナの気持ちが落ち着き話ができるようになるのには、さらに四日を要した。アシュカーンに関しては二日ほどで精神的に持ち直した。


 ファルハルドたちはなにがあったのかを尋ねた。ラーナたちにとっては思い出すのも苦痛な出来事だろう。話したくないと言うのなら、無理に聞き出す気はなかった。


 それでもこれは必要なこと。


 ファルハルドたちにとっては、同じ八層目で戦う者が壊滅した理由を知り、同じ轍を踏まないために。

 ラーナたちにとっては、自分たちに起こったことを受け止め克服するために。


 どちらにとっても迷宮挑戦者を続けるのであれば、先へと進むための糧としなければならない出来事なのだから。


 ラーナたちは語って聞かせた。ときに言葉に詰まり、ときに情緒不安定になりながらも。ラーナたちを壊滅に追い込んだ出来事、それはやはりあの亡者の女王との戦いだった。



 ラーナたちはファルハルドたちが立ち去ったあと、隠された通路に辿り着いた。当然、壁に残した警告は目にしていた。


 戦いに身を置く人間は常に矛盾した要素を併せ持つ。慎重さと大胆さ、臆病さと豪胆さ。どちらを欠いても、生き残ることはできない。

 この時は大胆さや豪胆さがまさり、ラーナたちはファルハルドたちの警告をより一層気持ちを駆り立てる燃料として受け止めた。


 しかし、亡者の女王はラーナたちの想像を超える存在だった。手も足も出ず、圧倒される。ラーナとアシュカーンが逃げ出せたのは、実力ではない。亡者の女王の気まぐれによる。


 亡者の女王はわらって見ていた。ラーナとアシュカーンを殺すことなど造作もなかったのに、だ。




 そして、ファルハルドたちは辿り着く。通路の最奥、亡者の女王が待ち構える部屋の扉の前に。


 ファルハルドは扉に手を掛ける。仲間たちは備える。アリマはゆっくりと丁寧に呪文を唱え始める。はっきりと言葉一つ一つを粒立てて、その文言に力を籠めて。


我が一なる意志に(ウェリン・ドゥリン・)従いて(ミロゥダル)舞い乱れる無形の刃よダル・ヌィ・ダ・トゥリ・吹き荒れよマキ・フェ・ツ・シ・ディ・ガル


 アリマの詠唱に合わせ、ファルハルドは扉を開いた。中を確かめることなく、生じた無数の力強い風の刃を部屋の中に叩き込む。ファルハルドたちは風の刃を追いかけ、室内に跳び込んだ。


「ほほほっ、やるではないかえ」


 亡者の女王は平然と笑っている。大きく広がった風の刃は部屋の中央にある玉座を切り刻み、亡者の女王の肌にも少なくない数の傷を付けている。

 しかしその傷はあまりに浅く、さらには見る間に、その上、衣服の破れまでもが同時に修復されていく。


 ファルハルドたちに驚きはない。現状はラーナたちの話から予想した範囲内。


 ラーナたちから聞いた亡者の女王の特徴。一つ、高い身体能力を持ち、剣を以て戦う。二つ、巨人に匹敵する高い魔法抵抗性を持つ。三つ、再生能力を持つものが多い亡者の中でも、上位となる再生能力を持っている。


 ラーナたちが戦いの中で把握した特徴は以上。ただ、おそらくはそれ以外にもなにかを持っている。

 魔術院で調べても、神殿で調べても、この亡者の女王の情報はついぞ見つからなかった。それだけの謎の存在がその程度である筈がない。



 亡者の女王はゆらりと、手に持っている柄頭に宝石のめられた長剣を抜き、華やかな装飾の施された鞘は部屋の隅に投げ捨てた。


「ほーう、其方そなたらは確か……。いや、其方は……。ほほほほほっ、まあ良い。さあ、わらわを楽しませてみせよ、挑戦者たち」


 亡者の女王は斬りかかるファルハルドの剣を剣で受け、カルスタンの戦鎚せんついを素手で受け止める。


 ファルハルドは次々と狙う箇所を変え、途切れることなく斬撃を繰り出し続ける。亡者の女王はその全てを受けてみせる。カルスタンは戦鎚に力を籠めるが、ぴくりとも動かない。


 ファルハルドはこの短い攻防で理解する。この敵の剣技はまるでお話にならない。単に振り回すだけの棒振り剣術。

 だが、その身体能力の高さは技術のつたなさを補って余りある。


 華奢で、人であるなら病んでいるようにも見える見た目でありながら、小型の巨人に匹敵する力とファルハルドを上回る素早さ。まさしく理外の存在。剣を撃ち合わせる度に微かな違和感も覚える。


 ただ、闇の怪物らしさも見て取れる。魔力をまとうカルスタンの魔法武器を掴んでいる手はじりじりと灼けている。それで力が緩む訳ではないが、魔力と触れている箇所では再生能力も低下するようだ。


 そこにペールが不可視の拳を放つ。亡者の女王の身体は揺さぶられ、カルスタンの戦鎚を掴む手は外れた。カルスタンは素早く下がる。ファルハルドは連撃を繰り出す。亡者の女王は剣を操りつつ、空いた左手でファルハルドを狙い手刀を放たんとする。


 ジャンダルとアリマがさまたげる。ジャンダルはその右手の義手の甲に埋め込まれた透明な石から魔力を出した。


「延びろ」


 甲部分にある透明の石から糸状となった魔力を延ばし、亡者の女王の左手をくくる。


 ジャンダルの右手の義手は当然ただの義手ではない。

 形こそ義手だが、機能としては魔術師の使う杖と同じもの。五年前、カルドバン村の戦いで手に入れた悪神の祭司長が使っていた錫杖を造り替えたものだ。


 ジャンダルは魔術師ではない。学んでいなければ、真理と呼ぶものを理解している訳でもない。よって、魔術師の使う様々な魔術を使うことはできない。


 ただ、追い詰められた状況で達した境地なのか、それとも『器用さ優れるエルメスタ』の特性なのか、杖などの補助器具を使えば人よりも豊富なその体内魔力を打ち出すことはできた。


 この五年間で魔力を放つその技を磨き、魔力を飛礫つぶてのように放つ以外に、鎖のように長く引き出し、打ち、くくり、引っ掛けることができるようになっていた。細い糸のような形に伸ばすことは、そこからさらに一歩深化させたもの。


 六層目の巨人相手の戦いでは、糸状に延ばした魔力で巨人の腕や脚、さらには首をくくり、切断した。亡者の女王の魔法抵抗性が巨人と同程度であるならば、ジャンダルの魔力の糸で手脚を切断するのも不可能ではない。


 結果は。


 ジャンダルが魔力の糸で亡者の女王の左手をくくったと見えた瞬間、亡者の女王は一瞬で手を退き、魔力の糸をかわした。


 アリマは唱え、ファルハルドは素早く下がる。


我が一なる意志に(ウェリン・ドゥリン・)従いて(ミロゥダル)風の渦よ(フォオテ・ウィ・リ・)掻き乱せ(タルウィ・ダン)


 極小。掌より少し大きい程度の竜巻状の風の刃を生み出し、亡者の女王の顔面を狙い放った。


 亡者の女王は躱した。だが、わずかに躱しきれず、亡者の女王の肌を傷付けた。


 亡者の女王は大きく壁際まで下がり、ファルハルドたちと距離を取った。傷口から血が流れることはない。

 ただ、亡者の女王は確かめるように自分の傷に指をわせた。


「ほほほっ、見事じゃ。なかなかやりおるわ。楽しいのう。愉快だのう。これだけ高鳴るのはいつ以来かのう。さあ、挑戦者たち、気を張るが良い。もっともっと、楽しもうぞ」


 亡者の女王から漂う妖気が濃さを増す。ファルハルドたちは深く息を吸う。気を張り気を静め、次へと備える。

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