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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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05. 八層目の謎 /その③



 ─ 4 ──────


 その扉を前にし、ファルハルドは再び仲間たちを見回した。緊張感はある。おびえはない。ファルハルドは告げる。


「行くぞ」


 不用意に開きはしない。慎重に少しだけ扉を開く。妖しい気配は強まる。しばし待つ。動きはない。一気に扉を押し開いた。



 扉の先にある空間、中心の間が見て取れる。部屋の広さはほぼ休息所と同じ。明るさも、中央にだけぽつりと物があるのも同じ。


 違うのは中央にある物。それは玉座のようにも見える、一段高くに据えられた重厚な座具。その座具が玉座のように見えるのは、そこに腰掛ける存在のためだろう。圧倒的な存在感を放つ者がそこに座っている。


 その存在はファルハルドたちを眺め、妖しく笑い口を開く。


「これは久方ぶりの訪問者じゃのう。さて、いつ以来になるか。なかなか良い顔付きをしておる。

 如何いかがした。そんな場所で、立ち尽くしていても始まるまい。はよう入るが良い。


 なんじらは迷宮の深奥を目指す挑戦者であろう。どうじゃ、先に進めなんだろう。ふふっ、わらわの力であるぞよ。

 これより先には、妾を倒さねば進めぬ。さあ、挑戦者たちよ。見事、妾を討ち果してみせよ」


 どこか現実離れした声。


 ファルハルドたちは衝撃を受けた。濃密な妖気からも、全く血の気のないその青白い肌からも、部屋の主が闇の怪物であることは間違いない。

 なのに、その存在は話しかけてきた。すべらかに、一切の淀みなく。


 階層から考えても、この存在は『呪われし亡者』の一体。詳しい種類はわからない。敢えて呼ぶのなら、『亡者の女王』か。おそらくは死んだ人間の亡骸が闇の怪物に変じたもの。人であった頃の思考や理性を残している。

 いや、それはない。どれほど人と同じに見えても、相手は闇の怪物。人とは根本的に異なる存在。その思考が同じである筈がない。


「どうした、はよう入らぬか」


 亡者の女王はうながしてくる。ファルハルドは油断のない鋭い目を向け、そして、そっと扉を閉めた。


 閉められた扉の隙間から、亡者の女王の笑い声が漏れ聞こえてくる。


「ほほっ、笑わせおる。挑戦をせぬ挑戦者とはな、実に笑わせおるわ。ほほほほほっ」


 ファルハルドたちは警戒を緩めず、扉から数歩下がり、急な襲撃に備える。扉の向こうからの笑い声が止んだ。しばし待つ。動きは見られない。ファルハルドたちは身構えたまま、隠された通路の入口まで戻った。




 一旦開けた壁を元に戻し、戻した壁面にナイフで警告を刻む。「最奥、不祥の敵あり」と。


 ここは神々の試練場、パサルナーン迷宮。壁に刻んだ文字がいつまで残るかはわからない。目にした人間がどう判断するのかわからない。それでも、もしラーナたちが見た時に、少しでも役に立つようにと情報を残した。


 ファルハルドたちは休息所に引き返し、地上へと戻った。




 ─ 5 ──────


 八層目中心の部屋にいた怪物は常識に反した存在だった。なにも知ることなく挑んで良い相手ではない。


 ファルハルドたちは手分けし、情報を得るために動く。


 カルスタンは酒場に行き、他の挑戦者たちから話を聞く。ペールは神殿に行き、文献をあさり、他の神官たちにも話を尋ねる。ジャンダルは白華館に行き、セレスティンに広くお客たちから話を集めてくれるように依頼する。


 そして、ファルハルドはアリマと連れ立っている。魔術院におもむき、フーシュマンド教導に訊いてみるつもりなのだ。


 フーシュマンドは今も変わらず矍鑠かくしゃくとしており、頭の働きも全く鈍っていない。ただ、三年前からは調査に出掛ける回数を減らし、魔術院に滞在していることが多くなっている。


 一つには人生の終わりを見据え、研究の取りまとめを始めたから。もう一つは挑戦者となった弟子たちを気に掛けてのことだ。


 研究の取りまとめに忙しいフーシュマンドの邪魔をするのは心苦しいが、フーシュマンドはいつもファルハルドを歓迎してくれる。

 伝えられている情報も少ない迷宮深層の話は、フーシュマンドにとっても興味をそそられる話題であるからだ。もちろん弟子の動向を確かめることも理由である。


 アリマは文献を調べに書庫に向かい、フーシュマンドにはファルハルドから説明を行う。


「人語を話す闇の怪物とは……、これはたいへん興味深い」


 ファルハルドの話を聞き、フーシュマンドは考え込んでいる。


「パサルナーン迷宮深層に関して最も詳細でまとまった記録として残されているものは、神聖王であるベリサリウス王の『ベリサリウス王行状記』です。

 しかし、その中にも人語を話す闇の怪物についての記載はありません。そういえば、九層目に転移できないという記載もありませんでしたね。ふーむ、これはどう考えるべきか。興味深い」


 『ベリサリウス王行状記』なら、ファルハルドも読んだことがある。劇を見、気に入ったアレクシオスに強請ねだられ、貸本屋で借りてきて読み聞かせたのだ。


 ただ、その時に読んだ本はファルハルドでも読めるような子供向けの内容だった。取り立てて迷宮攻略に役に立つことは書かれていなかったが、その理由は子供向けだったことだけではないようだ。


「たとえば、『呪われし亡者』のうち、上位の怪物たちの特徴がまとめられた資料はありませんか」


「いくつかあります。ただ、記されている内容はすでに皆さんがご存知のことばかりです。それ以外となると、多くの資料から断片的な情報を探すことになりますが……、お急ぎなのですよね。多くの資料の中から探し出すとなると、どうしても多くの時間が必要となります」

「そう、ですか……」


 アリマと一緒に潜ることになった時に、一度『呪われし亡者』についてわかることはないか尋ねていた。その時に教えられた以上の情報はないだろうと考えつつ行った質問だったが、やはりないという答えに気落ちする。


「あと、あるとすれば神殿でしょうか」

「そうですな。戦神、あるいは清浄の神に仕える者たちなら『呪われし亡者』との戦いの経験は豊富でしょうからな」


 その後、少し迷宮内でのアリマの様子を話し、魔術院を辞去したファルハルドは耳にすることになる。ラーナたちが壊滅したという連絡を。





 その噂はあっという間に、挑戦者たちの間を駆け巡った。地上に帰還したラーナともう一人の神官が重体、帰ってきたのはその二人だけだという噂が。


 ファルハルドたちは日の暮れた街を通り抜け、中央大神殿へと駆けつける。中央大神殿には多くの挑戦者たちが詰めかけていた。それも五層目以上に潜る者たちばかりが。


 ただ、会うことはできなかった。今は医療神に仕える神官たちによって『甦生の祈り』による治療を受け、それでも予断を許さない状態であるために。


 仕方がないと、一先ずは挑戦者たちは帰って行った。ファルハルドたちは残った。ラーナたちを心配し。なによりカルスタンを思って。


 苦難に遭っても溌剌とし、力強さを失うことのないカルスタンが、今は見る影もなく生気をなくしている。


 カルスタンはずっと床にひざまずき、一心不乱に医療神の像に祈っている。


 中央大神殿に併設された建物には、家族友人が治療を受けている間、待ってごすための控えの間がある。

 だが、神官たちの誰も言い出せない。カルスタンの懸命に神へ救いを祈る姿に。用意された場所に移動しましょうなどとは。


 ファルハルドたちはカルスタンに付き合う。ただ、一旦この場をペールとジャンダルに任せ、ファルハルドは一度中央大神殿を離れた。ナイイェルとアレクシオスにしばらく戻らないと話をするために。


 ナイイェルは手軽に食べられる物や飲物を持たせたが、とてもではないが誰も口にする気にはなれなかった。




 そして、朝になり完全に日が昇った頃。


 一晩中、祈り続けるカルスタンに医療神に仕える神官が歩み寄る。


 カルスタンは期待と不安が入り交じり、問おうとするが言葉が出ない。すがるような目で、じっと神官を見詰める。

 神官は微笑み、告げた。お二人の命は助かりました、と。

 次話、「亡者の女王」に続く。



 来週は更新お休みします。次回更新は7月20日予定です。

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