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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第三章:巡る因果に決着を

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02. 時世時節 /その②



 ─ 2 ──────


「今日はありがとな」


 バーバクは店を閉め、片手で器用に料理を運ぶ。頭に巻いていた手拭いを外してファルハルドとナイイェル、もう一人の店員がいる卓に着いた。


 五年前のカルドバン村の戦いでの負傷で迷宮挑戦者を引退したバーバクは、身の振り方をどうするか妻であるレーヴァと何度も話し合った。なんと言ってもバーバクは戦士としての生き方しか知らないのだから。


 しばらくあちらこちらに出掛けていたが、そのうちカルドバン村のニユーシャーのところや白華館に通い、料理を教えてもらい始めた。


 そんな生活を一年ほど続け、セレスティンの口利きでこの南区に小さな食事処を開く。裏通りにあり、狭く薄汚れた店だが、開店してすぐに大勢の客が詰めかける繁盛店となった。


 出される品は大味の煮込みや焼き物ばかりだが、味が濃く手早く掻き込める料理はこの南区に多い職人たちの需要に合っていた。


 なにより白華館での年季が明けた見目麗しい元娼婦たちが店員として働くことが、他の店とは異なるこの店の大きな売りとなったのだ。


 それはセレスティンにとっても都合の良い話だった。娼館での暮らししか知らない元娼婦たちが一般の暮らしに馴染む場として使えたからだ。店の常連客に見初められ、一緒になる者も出てきて、働く者、お客、双方にとって有益な店となっている。


 ファルハルドたちも時々店を手伝っている。ファルハルドやカルスタンは買い出しを、ジャンダルは買い出し以外に調理の手伝いをすることもある。ナイイェルは最近では体調を崩す日も多くなっているが、体調が良く、かつ店の忙しい日には店員として働いている。


 元白華館の頂点に立つ最高級娼婦であり、さらには思い合う相手と一緒となったナイイェルは、店で働く元娼婦の女性たちにとって憧れの存在だ。たまにでも働いてくれると店で働く女性たちのやる気が上がり助かると、バーバクはナイイェルの手伝いを最も喜んでいる。



「バーバク」


 裏口から大きなお腹を抱えたレーヴァが、幼い女の子と男の子と手を繋いで入ってきた。


 女の子はバーバクとレーヴァの娘のヴィーダ、男の子はファルハルドとナイイェルの息子のアレクシオスだ。


 ヴィーダはバーバクの祖母の名から、アレクシオスはファルハルドが理想と憧れる傭兵団副団長から名前を貰った。


 ヴィーダとアレクシオスは同い年。人は産まれた時が一歳、それからは年が改まるごとに一つ年齢を重ねる。同じ年に産まれた者は産まれ月は関係なく、同い年となる。二人は今、五歳だ。


 バーバクたちにはよくアレクシオスを預かってもらっているため、ヴィーダとアレクシオスは大の仲良しだ。ヴィーダはアレクシオスよりも二月早く生まれ、さらには他の同い年の子と比べ少し身体の大きいせいか、よくアレクシオスを振り回している。



 レーヴァと子供たちが席に着いたのを見て、ジャンダルが焼いた羊肉を薄切りにしてたれを掛けたものを大皿に盛って運んできた。


「じゃあ、皆食べようか」 


 ファルハルドとジャンダルは農耕神ユーン・エル・ティシュタルに、ナイイェルとアレクシオスは精霊に、バーバクとレーヴァ、ヴィーダは厨房の神(メルシュ・エル・セダ)に、もう一人の店員は医療神メルギル・エル・モサーラカトに祈りを捧げてから、それぞれが料理を取り分け始めた。


 バーバクたちは店を閉めたあとで、家族と店員が揃って卓を囲んでいる。手伝いをした日にはこうしてファルハルドたちも同席して、共に食事を摂っている。

 もっとも、手伝いするかどうかに関係なく、店を訪ねて共に食事を摂る機会は多いのだが。


「レーヴァ、だいぶお腹が大きくなってるね。産まれるの来月だっけ」


 ジャンダルの問いかけに、レーヴァとバーバクはちょっと照れたように、ヴィーダはとても嬉しそうに笑う。


「そうね。来月の終わり頃か、再来月の頭くらいか、その頃ね」


 レーヴァは自分のお腹をさすって答えた。ヴィーダは全身を揺らし、アレクシオスに話す。


「おとうとかな、いもうとかな。んふふっ、わたしおねえちゃん」


 大人たちは微笑ましく聞いた。ヴィーダは母親のレーヴァから妊娠を告げられてから、何百回となく同じことを言い続けている。それを聞かされたアレクシオスの返答も毎度同じだ。


「ぼく、おにいちゃん」

「あっくんは違うよ」

「なんでー、ぼくおにいちゃんだもん」


 二人は毎度同じ言い合いを繰り返している。しばらくそのまま眺め、ある程度言い合いが続いたところでバーバクとファルハルドが二人を止めた。


 バーバクは大きな手でヴィーダの頭を撫でて、アレクシオスに話す。


「そうだよな、お兄ちゃんだよな」


 ファルハルドは優しくアレクシオスの頭を撫でて、ヴィーダに言う。


「弟か、妹か。どっちなんだろうな」


 バーバクたちがこれを言えば、毎回二人は言い合いを止める。


「うん、ぼくおにいちゃん」

「どっちもがいい」


 二人の答えも毎回同じだ。繰り返される同じ遣り取りが心地よい。




 食事を終えれば、ファルハルドたちは西区の拠点に帰り、バーバクたちは上の階に帰る。


 店のある建物はこの街によくある四階建ての建物だ。一階が店舗、二階以上が住居となっている。バーバク一家が二階で暮らし、三階、四階は店で働く者や、元店で働いていて新しい家がまだ見つからない者たちが暮らしている。


 ファルハルドとナイイェルはアレクシオスと手を繋ぎ、日の暮れた街をのんびりと歩く。




 ─ 3 ──────


 拠点ではカルスタンとペールが酒を片手に談笑していた。


「かるー、ぺるー」


 アレクシオスはとたとた走り寄り、二人に抱きついた。


「あははっ。アレクシオス、良い子にしてたか」

「ふむ、ご機嫌であるな」


 カルスタンとペールはアレクシオスの頭を撫で、アレクシオスは満面の笑みを見せる。


「さあさ、アレクはもうお眠でしょ。歯を磨いて寝なさい」

「はーい、ははうえ」


 ナイイェルがうながし、アレクシオスは寝室に向かった。ファルハルドとジャンダルはカルスタンたちと共に卓を囲む。


「バーバクのとこは変わりなくか」

「そうだな」


 ファルハルドとジャンダルの茶を用意すれば、ナイイェルはあとはご自由にと先に休んだ。

 その姿を見送り、カルスタンはぽつりとつぶやいた。


「しんどそうだな」

「そうであるな。医療神に仕える神官の祈りでもどうにもならぬしな」


 ナイイェルはアレクシオスを産んでから体調を崩すことが多くなっていた。明確にどこが悪いというのではない。だが、身体が弱り、夜には寝込む日が少しずつ増えている。


「先に進まないとね」


 ジャンダルの言葉に皆が頷く。しかし。


「なにかわかったか」


 ファルハルドはペールに尋ねた。



 ファルハルドたちは現在、巨人たちの階層の先、亡者がうごめく八層目での挑戦を行っている。


 累増する屍、百骸の騎兵、影の幽鬼。手強い怪物たちが巣食っているが、それ以前に瘴気渦巻く七層目、八層目は足を踏み入れるだけで危険を伴う。これらの階層を進んでいくためには、清浄の神セルモタイ・エル・モサーラカトに仕える神官たちが作る『セルメの浄水』の使用が必須となる。


 ファルハルドたちは八層目での戦いを充分にこなし、いよいよ九層目に進もうとした。しかし、なぜかどうやっても九層目に転移することができなかった。


 それが半年前の話。それ以来、転移しようとする休息所を変えてみたり、八層目にある十箇所の休息所を全て一度にまとめて回ってから転移しようとしてみたりと、いろいろと試してみたが、やはり九層目への転移はできなかった。


 このままではらちが明かないと、魔術院のフーシュマンド教導にも相談し調べて貰っているが、今にいたるもなんの回答も得られていない。


 ペールには神殿になにか記録が残っていないか調べてもらっていた。こちらも今まで手懸かりは見つかっていない。今日も神殿で調べてくれたその結果がどうだったかを尋ねたのだ。今日もまだなにも見つからなかったという答えを予想しながら。だが。


「手懸かりとまでは言えぬかも知れぬが……」


 ペールは懐から一枚の木札を取り出し、卓の中央に置いた。ファルハルドとジャンダルは身を乗り出し、それを見る。


「二百年ほど前の挑戦者の聞き書きを調べていて見つけたものである」


 ファルハルドは考え込む。これはいったいどういう意味か。


「うーん、これは……。ていうことは、さあ」


 ジャンダルが思いつきを口にし、皆もそれを聞き意見を述べていく。

 いつしか夜は深まっていた。

 次話、「八層目の謎」に続く。

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