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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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137. 安らぎの場所 /その①



 ─ 1 ──────


 モサーラカトの月の初め、カルドバン村の復興も一段落し、ファルハルドたちは村に残っていた挑戦者たちと共にパサルナーンの街へと帰ってきた。


 この一団に、ファイサル神官やフーシュマンド教導たちの姿は見られない。ファイサルもフーシュマンドももうしばらくカルドバン村に留まるためだ。


 ファイサルは正式にカルドバン村に赴任する神官がやって来るまで、一人残って在村神官の役目を肩代わりする。

 フーシュマンドたちは村人たちへの聞き取り調査を続けている。なにやら興味深い知見が得られたとかでとても喜んでいた。


 ファルハルドとジャンダルは街に入ったところで、他の挑戦者たちに声を掛け別れた。二人は北区にある保安隊の本部へと向かう。

 ファルハルドは苦役刑を勤め上げた手続きと帰還途中で抜け出した詫び、パサルナーンで暮らす許可を得るために本部に行き、ジャンダルは面倒になると予想される手続きを手伝うためにファルハルドに付き添ったのだ。


 ただ実際には、手続きは拍子抜けするほど順調に進んだ。なぜだか顔を合わせる誰も彼もが、ファルハルドへの対応が温かいのだ。ファルハルドにとっては気味が悪く、どうにもこうにも居心地が悪い。もう一つの用事を済ませ、さっさと本部から退散しようと考える。


 のだが、上手くいかない。


 もう一つの用事とは、傭兵派遣先からの帰還途中に荷馬車に載せたまま置いていった蜂蜜漬けとフーシュマンド教導に渡すための木札、わずかな私物の受け取りだ。それらの荷物を受け取りに向かった先にいた担当者が監督者であったカリムだった。


 カリムはファルハルドを見掛ければ、唇をぎゅっと引き結んだ。保安隊隊員として相応しくないことを言わぬようにと。しかし、その瞳は涙をたたえ感情を抑えることができていない。

 カリムはファルハルドの肩を掴み、一人何度も頷く。


「よく、よく、村を守ったな」


 絞り出した声に万感の思いが籠められている。


 別段自分の手柄という訳ではない。大勢の犠牲者も出ている。そもそも勝手に抜け出して、勝手に行ったこと。自分が褒められ、感謝されるようなことはなにもない。


 ファルハルドはそう思うが、そんなことを口にするのは野暮だろう。カリムもそんなことはわかった上で言っているのだから。ファルハルドはただ一言、「ああ」とだけ応えた。


 カリムはカルドバン村での戦いの様子を尋ねてきた。少なからず迷惑を掛けているカリムの問いかけを無視する訳にもいかず、語って聞かせることになった。

 幸い今ここにはジャンダルが共にいる。説明はジャンダルに任せ、ファルハルドはところどころを補足するにとどめた。


 のは、良かったのだが、ジャンダルの無駄に巧みな語り口を聞きつけ、本部内にいる手のいている保安隊隊員たちが次々に集まって来る。


 一通り話が終わり、さあこれでようやく解放されるとファルハルドがほっとしたところで、途中から話を聞き始めた隊員がもう一度最初から説明をと要求してきた。


 なにを面倒なとファルハルドは断ろうとするが、ファルハルドが応える前にジャンダルがのりのりで再び話し始めた。

 もはや話を止める切っ掛けすら掴めない。ファルハルドは諦め、皆が満足するまで壁際で無の心境になってやり過ごした。




 ─ 2 ──────


 散々時間を取られたが、無事に荷物を受け取りファルハルドとジャンダルは西区にある拠点へと帰ってきた。


 拠点では先に帰ってきているカルスタンとペール、そしてバーバクとその妻であるレーヴァがファルハルドたちを出迎えた。


 ファルハルドとレーヴァは初対面ではない。まだレーヴァが娼婦の『ラサー』として白華館で働いていた時にバーバクの馴染みの相手として顔を合わせていた。


 ファルハルドはレーヴァと目が合った瞬間、夫であるバーバクが左腕を失い、左脚を引き摺るようになったのは自分のせいだと謝罪しかけた。


 しかし、踏みとどまる。バーバクなら言うだろう。ファルハルドのせいで怪我を負ったのではない。自分の意思で、自らの責任で戦い、負傷したのだと。それは自分の問題であり、ファルハルドが謝罪するような事ではないと。

 万が一、謝罪してしまえば、それはバーバクの意思と戦士としての覚悟を軽んずることになる。レーヴァもバーバクの矜持を理解している。


 だから、ファルハルドは踏みとどまった。言うべき言葉は別にある。ファルハルドは皆を見回し、話すべき言葉を話す。


「やっと帰ってこられた。皆の助けがなければ、こうして生きて帰ってくることは不可能だった。ありがとう」


 皆は満足そうに笑う。昔のファルハルドなら、ここで謝罪してしまっていたのに、この二年間で随分成長したものだと満足した。それはお客としてのファルハルドしか知らないレーヴァも同じだった。


「相変わらず律儀な人なんだねえ」


 皆は笑い、ファルハルドも苦笑する。


「んー、まあ、だから、懸崖の華を手にできたのかぁ。ねえ」


 レーヴァは奥の扉に呼びかけた。そっと扉が開かれる。


 ファルハルドは息を呑む。扉を開き姿を見せた人物、それはレイラだった。




 ─ 3 ──────


 ファルハルドからは言葉が出ない。レイラも話さない。他の者たちも微笑ましげに眺めるだけで、なにも言おうとはしない。


 沈黙が続き、やっとファルハルドはなにかを話しかけようとした。

 ただ、

「あっ……」


 ファルハルドとレイラ、二人の言葉が重なる。二人は言葉に詰まりうつむいた。


 その姿を見て、レーヴァはにまにま笑う。


「まったく、なんなんだろうねえ。もう、いい大人が急に子供に戻ったんですか、って。見てるこっちが恥ずかしくなるんですけど、ねえ」


 バーバク、ジャンダル、カルスタン、ペールの男性陣は、ほら、しっかりしろとしきりにファルハルドをけしかけている。


 ただ、ファルハルドもレイラも周りの様子は目に入っておらず、耳にも入っていない。互いだけを意識する。

 ファルハルドがおずおずと話しかける。


「元気そうで良かった」

「ええ。そっちも元気そうで良かった」

「ああ」


 ファルハルドがぎこちないのは今更の話。しかし、レイラも以前の凜と張った賢さと強さは何処に行ったのか、影も形も見当たらない。


「そういえば」


 ファルハルドはいかにも頑張って話題を探し、やっと思いつきましたといった様子で急に大きな声を上げた。


「パサルナーンから所払いされたのではなかったか。ここにいて大丈夫なのか」

「ええ、大丈夫よ」


 レイラは少し悪戯っぽく笑った。


「所払いになったのは娼婦のレイラ。ここにいるのはただの街娘のナイイェルだから」


 ファルハルドは理解が追いつかない。どこからどうみてもレイラなのだが、実はそっくりの別人なのか。いや、そんな筈がない。ない、よな。違うのか。いや、しかし。ファルハルドは混乱する。


 なぜこんな単純な話が理解できないのかとレーヴァは呆れ、大きな溜息と共に噛んで含めるように説明してくれた。


 レーヴァが娼婦として働いている間は『ラサー』という名を使っていたように、ナイイェルもまた娼婦として働いている間だけ『レイラ』と名乗り、娼婦を辞めた今は元の名に戻っている。

 そして、所払いの沙汰はあくまで白華館で働く『娼婦のレイラ』に対して下されたもの。『街娘のナイイェル』に適用されることはない。


 ファルハルド以外の者にとっては自明の話だった。


「そうなのか」


 説明されてもファルハルドは半わかりのまま。あまりよくわかってなさそうだった。取り敢えずファルハルドにとってはレイラがここにいても咎められることはない、それさえわかれば充分だった。


「今は」


 ファルハルドは続けて少し心配そうに口を開く。


「どうしているんだ」


 ナイイェルは微笑むだけで答えない。しばし経ち、その口から出たのは別の言葉。


「今日、あなたに会いに来たのは自分の口から伝えるためよ。ファルハルド、私は故郷に帰ります。だから」


 誰も予想しなかった言葉が告げられる。


「もう会うことはないわ。さようなら」

 次回更新は明日です。

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